No.28 モンペリエだより(1) 〜黒田正明先生の在外便り その一〜

 

黒田正明 記

 2004年度は特別研究休暇をいただいたので、CNRSに紹介していただいて、モンペリエ大学に滞在している(CNRSと大学の関係は複雑であ るが、以前横浜茶話に書いたので、ここでは省略する)。フランスというとパリ、リヨン、マルセーユ、ストラースブール、ボルドーといった名前が挙げられるが、モンペリエはあ まりなじみがないようである。フランス本土は97の県と22の地方から成るが、モンペリエはHerault県の県庁所在地であ り、Languedoc-Roussillon地方の地方庁の所在地である。
 モンペリエはGolfe du Lionが地中海の一番奥まったところに位置した人口20万人ほどの都市であ る。近接の数個の村を取り込んで、人口30万人ほどのAgglomerationを形成しており、これが実質的なモンペリエであ る。
 Agglomeration Montpellierに加わるかどうかは政治的・経済的にむずかしい問題であ る。つい1ヶ月前には、地中海に沿った地域のPalavas-les-FlotsがAgglomerationから脱退すると県に申請して大騒ぎになっている。Agglomerationに属していれば、1.10ユーロの定額料金でバスや市電を使ってモンペリエの中心まで行けるし、Agglomeration内のさまざまな施設を安く、または無料で利用できる反面、税金の大半はモンペリエ中心地の再開発等に投入され、周辺地区にはあ まり還元されず、あきらかに持ち出しになってしまう。
 さて、モンペリエは、すでに1200年代初期には今の大学の前身である医学校の存在が記録に残っているといった古い町であ る。今でもフランスにおける医学、薬学等の中心地の一つになっている。ノストラダムスもここで勉強したらしい。モンペリエ大学は、第1、第2、第3、とわかれており、第1は法律、経済、医学、薬学といった伝統的実学の学部からなり、私の所属する第2には、理工学部があ る。文学部のある第3は近くの港町Sete に生まれたPaul ValeryにちなんでPaul Valery大学とよばれている。第1と第2には愛称はない。
 蛯原さんが来年度滞在することになっている第1の大部分と、大学本部は旧市街の中心地にあ るのに対し、第2と第3は旧市街から3kmほど北西に離れたところに広いキャンパスを持っている。男子学生が圧倒的に多く、機械室、実験室の建物が建ち並ぶ殺風景な第2とは対照的に、第3では女子学生が多く、昼休みには芝生でコーラスの練習などをしていて、ちょうど明治学院大学のような雰囲気である。
 モンペリエが大きく変ったのは、TGVがモンペリエまで延びて、3時間20分でパリまで行けるようになった数年ほど前からであ る。ビジネスマンにとってパリが日帰り地区となったのである。以前はTGVが専用軌道を走るOrangeあ たりまでは早いのに、Montpellierのすぐ近くまできてから、トロトロと旧軌道を走ってParis−Orange間と同じくらいの時間をかけてモンペリエに着いたものだった。
 さて、9月にChristinaの学位審査があった。7年前に、この研究所に滞在した時も、たまたまEricの学位審査にいあ わせた(私の滞在している研究所では数年に1人の割合でしか博士が誕生しないそうだ)。その時のことは、やはり横浜茶話に書いたので関心のあ る人は読んでいただきたい。今回の公開審査の部では、司会のSabatier教授がはじめに、「EUの規定では、doctorat Europeenを得るためには、EUに属するどこかの国の外国語で1/3(?)発表しなければならない」と宣言した。Christinaはルーマニア人で、ドイツ語も上手なのだが、前半をフランス語で説明して、diplome doctoral というフランスの博士号をとり、後半を英語で発表して、EUの博士号もあ わせて取得した。後日、フランスの学位記と、上部をEUのシンボルである星の環で飾られたEUの学位記を見せてもらった。もっとも、彼女の指導教官は、「EUのとりきめでは、フランスの学位は自動的にEU内で認知されるはずなので、わざわざEUの学位をとる必要はないと思うけれど」と言っていた。EUの規則と、加盟各国の法律との間に整合性のとれていない点は、まだ他にもいろいろあ るらしい。法学部の先生にこのへんのことを詳しく教えてほしいと思っている。

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