No.3 「ハーバードロースクール」を読んで

(スコット・タロー、ハヤカワ文庫 ¥640)

小宮毅 記


  「推定無罪」「立証責任」「有罪答弁」などの著者が1977年に発表していた原著「ONE L」の翻訳と聞けば、アメリカ映画好きの人は、著者の姓が「タロー」とされているのを訝るかもしれない。"Turow"が「タロー」では格好がつかないと思ってか、「トゥロー」と記されている場合もあるからだ。

 さて、世に名高いハーヴァード大学のロー・スクールである。少し前なら大学の名前だけが目立ったが、今ではロー・スクールというコトバもかなり目立つようになった。著者がその一年生として過ごした一年間を描いている。20年以上も前のはなしであるから、古い部分ももちろんある。しかし、かの国の基本的な考え方をかいま見る分には何ら問題ない。

 さて、一年生とはいえ18歳ではない。ロー・スクールとは日本でいえば大学院である。一年を通じてアルバイトに時間を取られることもなく、サークルなどの法律に関係しない課外活動が生活の中心になることもない。

 法律家は専門家である。一種の職人であり、一人前になるためにはそのための訓練が必要である。身体が覚える職人ではなく、特有な発想や事務処理という意味を含めて「職人」である以上、本来、圧倒的なプレッシャーのもとに一定の作業をこなす「訓練」が必要だ。ロー・スクールとはその訓練場の別名である。

 では、著者が描いているその訓練場のありさまはどうか。

 厖大な作業をこなす圧倒的なプレッシャー(負担感)。それも、友人との競争の中でそれを成し遂げなければならないという負担感。そして、結果としての不安定な精神状態。だからこそ輝く友情。

 ほとんどスポ―ツ根性モノである。決して明るい本ではない。学生達は、この時期を切り抜けること、できるだけうまくやり遂げること、そして、成果をあげることで懸命になっているのである。そこにはそれに伴う歓びがある。

 この本を読むことで、自分が法律家を目指すことができるのかどうか、その心構えがあるのかどうか、をある程度推し量ることができるだろう。しかも、ロー・スクールを卒業し、資格試験に合格し、めでたく法律家になったあとで、本当の競争が始まる。本当に勉強しつづけているかどうかが問われることになる。キチンと勉強していない法律家は誰の役にも立たない世の中になってゆくかもしれないのだ。

 日本では、競争が厳然として行われているにもかかわらず、皆それが存在しないかのように振舞う傾向がある。競争が公然と行われそうになると、「負け組」になるのを恐れて競争そのものを回避しようとする。あるいは、競争を推進しようとする人々も、自分が「勝ち組」になることを見越している限りで推奨する。

 競争はつらい。アメリカ合衆国でさえ理想的な状態で競争が行われているとは到底言えないし、競争に全面的に賛成する人ばかりとは言えない。しかし昨今のロー・スクール問題は、日本の社会をより競争重視の状態に移行させようという基本的な方向転換がおおもとにあると理解する必要があるだろう。単なる司法試験の改革の問題ではないし、ましてや大学法学部の生き残り問題でもない(実はどちらの問題でもある点が悲しいともいえる)。

  大学が単なる学校であると思っている人にこそ味わってもらいたい。