No.30 モンペリエだより(3) 〜黒田正明先生の在外便り その三〜

 

黒田正明 記 

 こちらの研究所(Laboratoire de Physique Mathematique、略称LPM)についた4月頃は、毎週のように会議がひらかれて、研究所の人達は大議論をしていた。会議は3−4時間にわたることもあり、会議の後は、廊下のあちこちで2〜3人ずつ集まって更に議論したりグチを言い合っていた。お客さんの私は会議に出る資格がないので無駄な時間をとられずにすんだが、昼食の時もこの話ばかりしているので、フランス語も分からないし、詳しい事情も分からない私はうんざりしてしまった。会議のテーマは「GAM(Groupe d’ Astroparticules de Montpellier)とLPMを統合すべきかどうか」ということであった。

 LPMはBatiment 13の1階(日本式には2階)の東半分と西半分の1部を占めており、西半分の残りの部分にGAMが居を構えている。共に大学に附属したCNRS(Centre national de la recherche scientifique)の研究所であり、特にGAMは小さいながらも実験グループと理論グループからなりたち、CNRSの巨大実験グループIN2P3に属している。ピレネーの山腹で太陽からくる宇宙線によるγ線バーストの観測や、アルメニアの3,000mの山頂で宇宙からやってくる遠方銀河起源のγ線を観測している。GAMのセミナーでは、高橋さんが時々出張している、ハワイにある「すばる」の観測結果も話に出てくる。GAMは数年前にできたばかりの若い研究グループであるが、他の大学にいたCNRSの人が移ってきて急速に大きくなっているようである。といっても目下15人ぐらいであり、20人弱のLPMよりは小さい(モンペリエ大学にはGRAAL[Groupe de recherche en astronomie et astrophysique du Languedoc]という天体物理学の研究グループもあるが、CNRSに属していないせいか、GAMやLPMとはあまり交流がないようである)。

 CNRSは年間予算22億ユーロ(3千億円)、2万6千人の研究者・職員を擁するフランスの国立研究機関である。CNRSでは研究所組織の改組が進行中で、特に経費削減のために、GAMやLPMのような規模の小さなグループの独立は認めない方針が打ち出されてきた。GAMはマルセーユの天体物理学のグループに、LPMはモンペリエの物性研究グループに吸収される恐れが生じてきたのである。
 これにLPM、GAM固有のもっと小さな問題が絡みあってLPMとGAMの統合案が突然浮上してきたそうである。設立されてまだ日も浅く人数の少ないGAMはいち早くこの統合案にゴーサインを出したが、GAMのテーマである宇宙論、素粒子論とは無関係の物理数学者が過半数を占るLPMの方は、喧々諤々の大議論が続き、6月についに投票で決着をつけることになった。
 投票結果は12対4であっさり統合が決まってしまったので賛成派も懐疑派も唖然としたということである。
 統一後の名称もひともめしたが、Laboratoire de physique theorique et astroparticules(略称LPTA)となることに決定した。統合は2005年1月1日に実現したのであるが、隣同士で楽しくやっていくのと一体化するのとは大違い。研究室の再分配、コンピュータシステムの統合等次々に現実的な問題が発生している。

  名称はすでに消滅してしまったのだが、実体はそのまま残ると思われるので、私の所属していた(る)LPMのメンバーを紹介しよう。フランス人7人、ロシア人4人、アルジェリア人、レバノン人、ドイツ人、アルゼンチン人、インド人、マダガスカル人各1人、その他である。4人もロシア人がいるのは偶然ではない。そのうち3人は10年ほど前にソ連の解体に伴って相次いでやってきた人である。ソ連が解体した時多くの科学者が海外に流出したが、フランスも例外ではなく、一流科学者を高給で釣り上げたアメリカに対抗するためもあって、当時のフランス政府は大学やCNRSにポストを増設して旧ソ連の科学者をうけいれた。従って彼らは着任当時すでに50歳台であり、もう数年で定年になる人が多い。
 ちなみに日本では民間企業から資金を募って基金をつくり、日本と旧ソ連の科学者の共同研究をたちあげることで、旧ソ連から科学者が流出するのを防ごうとする別な道をとった。この件では今年度国際平和研究所の研究員をされている小沼通二さん(当時慶応義塾大学)が尽力された。
 LPMには上記の他にprofesseur-emeriteが4〜5人いる。名誉教授と訳されるが実態は全く異なる。彼らは研究室をもらい研究を続けることができるし、大学から出ていた個人固有の研究費はなくなるが、LPMの予算を使って出張することもできる。ドイツの場合professor emeritus はもっと恵まれていて、大学から研究費が出なくなる点はフランスと同じであるが、BMFTとかDFGといった国の研究補助金に応募して研究費を確保することができる。もっとも、金がかかりすぎるということで、ドイツではこの制度はそのうちなくなるそうである。
 ところで、LPMの20名弱のメンバーのうち大学に所属しているのは8人ほどで残りはCNRSに所属している。大学所属の研究者は年間約30週、週約5時間の講義の義務があり、更に時々質問にやってくる学生にも対応が必要になる。それに対し、CNRSの人は研究に専念できるし、先方が受け入れをOKというなら自由にCNRSの他研究所に所属を変えることができる。予算もCNRSの方が潤沢であるし、事務組織も全国規模でよりしっかりしている。この格差の影響は、1回あたり1.40ユーロの昼食代の違いといった些細なところに如実に現われる。第2大学の教職員食堂で食べるCNRSの人には一律1.40ユーロの割り引きがある。1回の食事代は、とる料理によりけりだが、5ユーロ強ぐらいなのでCNRS所属の人は大学所属の人より3割近く安く食べられることになる(私はCNRSに紹待してもらっているが、給料をもらっていないので割り引き用IDカードがもらえず、この恩恵に浴していない)。これは、隣のCNRSキャンパスにある食堂があまり大きくないので、大学に研究室を持っているCNRSの研究者に大学の食堂を使うことを促すための方策である。もちろん、差額はCNRSが大学の食堂(民間の業者が入っている)に支払っている。この1.4ユーロの違いが、研究者仲間にある種の緊張関係をひきおこす。大学教員はCNRSの人と一緒に食堂に行きたがらないし、一方が3ユーロ台で食べている同じ料理に5ユーロ以上払うなんてやってられないと家に帰って食べる人も多いのだ。

  大学は財源不足のため、いったん壊れたものはそのままになっている。私の研究室のあるbatiment 13の東半分の北面の部屋には、今冬は暖房が入らない。11月の暖房試運転の日に故障したそうで、その日1日しか暖房が入らなかった。私は今、電気ストーブに手をかざしながら、この文章を書いている。トイレも便座が壊れたらそれっきり。Paule Valery大学では実質男女共用のトイレになってしまった女性トイレもある。2003年の猛暑以来エアコンを入れる研究室が増えて、各研究室、各建物とも配電施設が需要電力に対応できなくなってしまい、応急的に別な部屋の空いているコンセントからコードをひいているしまつである。これらの事情が、LPTAをたちあげる動機の一つになっている。修理してもらうより(というより修理の可能性がないなら)新しい施設を要求する方が得策だというわけである。LPTAがロジスティック、ハードの両面とも充実した研究所になってほしいと願っている。

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