No.32 モンペリエだより(4) 〜黒田正明先生の在外便り その四〜

 

黒田正明 記 

 モンペリエには2000年7月に路面電車が開通した。大学の研究所まではこの市電で通うのであるが、大学前の停留所の2つ先にoccitanieという停留所がある。このへんは15年前は何もないところだったと記憶しているが、今は新興住宅地で巨大なアパート群が林立し、大ショッピングセンターもある。occitan(オック語)というのは、この地方でしゃべられている地方語であり、聞いた感じはスペイン語とフランス語の混合である。オクシタンは方言ではなく、西のブルトン語、隣のプロバンス語、北東のアルザス語、コルシカ島で使われているコルシカ語などと共にフランス語に征服された言語である。少し以前までは、フランス国民はフランス語を使わなければならないというフランス革命以来の精神のもとに、これらの地方語はひどい制限と差別を受けたらしいが、最近はひとつの文化としての地位を保証されてきたようである。テレビのTF3(国営)でも土曜日の19時〜20時の地方ニュースの時間に、10分間オクシタンでニュース(主に文化ニュース)を流す。フランス語のサブタイトルがつく。そもそも、Montpellierが所属している地方名Languedocとはオック語を喋る地方といった意味あいである。子供のかよっている小学校では、CM1[日本の3年生後半]から英語教育が始まるが、外国語として英語、スペイン語、オクシタン語を選べるようになるらしい。

 フランス人のフランス語に対する思い入れは並大抵ではない。フランス語の純粋性を保つために外来語の混入を法律で制限している(ordinateurは成功例、week-endは失敗例)。小学校で一番時間をさいているのは国語と数学で、それぞれ全体の1/3ちかくの時間をかけている。私事にわたって申し訳ないが、うちの子供たちが通っている小学校では、うちの子を含めた3人の外国人の子供のために、新学年度(9月)から特別に先生をあてて、他の生徒とは別のプログラムでフランス語を教育してくれている。

 外国語というと、法学部の先生からしばしば「自然科学はいいですね。言葉ができなくても数式でやっていけますからね」と言われるが、なかなかそういかないのが現実である。物理、化学といった物質を対象とする学問の場合は特にそうであるが、抽象的な数学でも言葉の文化をぬきにはできない場合がある。
  「5+5+5=5×3か、それとも5+5+5=3×5であろうか」
 数学者に聞くと「実数体上の掛算は可換だから、どちらでも同じだ」という返事が返ってくるだろう。それでは、「5mの棒を3本つなぐと何mの棒ができるか」という問題の場合は、「5m+5m+5m=5m×3」だろうか。それとも「5m+5m+5m=3×5m」だろうか。またはどちらでもよいのだろうか。日本では前者が正しく、後者は誤りとされる。しかし、これは万国共通ではないようである。フランスでは「5+5+5=3×5」と書いて当然ながら”trois fois cinq“と読むらしい。らしいと書いたのは、子供の教科書には「5+5+5=5×3で、これは3×5でもある」と書いてあるからだ。この件を大学の同僚に聞いてみたら、全員「5+5+5=3×5」と読むとおりに書くと答えてきた。子供の教科書を見せたら「絶対におかしい。教科書には結構誤りがあるんだぞ」といいだす。ドイツ人も5+5+5は”drei mal fuenf”で5+5+5=3×5と書くと言っていた。さて、正解はどれであろう。

 フランスに滞在してまず覚える単語の一つはla greve(ストライキ)である。フランスでは、ストライキはいろいろな分野で日常的におこる現象である。そして、それがいつなのかはよくわからないが、ストライキがおこる時期はきまっているようだ。今回は運悪く、ドイツに出張中にこのスト週間”semaine sociale”にみまわれてしまった。先週がこのsemaine socialeで、火曜日は郵便局のスト、水曜日はSNCF(フランス国鉄)のスト、木曜日は学校の教員と一部の公務員のスト、と続いた。子供達の学校もストで休校となり、水曜、木曜と連休となった(南仏の小学校では、土曜日の午前中に授業があるかわり、水曜日は学校が休みになる)。私は水曜日早朝にドイツのビーレフェルトを出発し、ケルン、パリで列車を乗り換えて夕方モンペリエに戻ることになっていた。ケルン−パリ間のTHALYS、パリ−モンペリエ間のTGVは全席座席指定なので予約してあったが、SNCFのストでパリから先に行けなくなる恐れがでてきた。前日、インターネットで調べるとTGVの1/3は運転されるということだ。
  gare du nordについてみると、全ホームにTGVが詰っており、ホームには人かげもなくコンコースもお客はまばらで紺のジャンパーを着たSNCFの人ばかりが目に付く。案内で私のTGVは運転されるのかどうかを聞いたがすげない返事で、そこの階段を下りてRERでgare de Lyonに行って聞けと言う。しかし、この時何かピンとくるものがあって、つたないフランス語に切り換えてやりなおしたら、係のおねえさんが急に親切になって、書類をめくってgare de Lyonかsyndicatの電話番号を調べて、2〜3あちこち電話してくれた。そして「Il court」という返事が返ってきた時は本当に安心した。駅といえども現地語をしゃべることの重要性を身にしみて感じた瞬間である。しかしフランスでは“oui”と返事がきたからといって、それを率直に信じてはいけない。二重三重のチェックが必要であることは、1年弱の滞在で何度も経験してきたことである。
 早めにgare de Lyonに着いてみると、ここも、どの番線にもTGVがとまっていて、ホームには誰もいない。私の乗る予定のTGVは電光掲示板に出ているので確かに運転されるようであるが、どのホームからもTGVが出ていく気配はない。少し気をもんだが、ともかく無事予定のTGVで定刻にモンペリエに戻ることができた。TGVは立席は許されていないので、運転中止のTGVに予約を入れていた人はどうしたのだろうと気になった。翌日大学に行ったら、「パリからどうした? 今朝戻ったのか」と何度も聞かれた。「いやー、僕のTGVは動いたんだよ」と言うと「ラッキーな奴だな。確率1/3だからな」と言われた。実はパリではSNCFのストに関してRER(パリ高速鉄道網)でもう1つのハプニングにでくわしたのだが、ここに書くことは少し気がひけるので省略する。

 フランスではさまざまな分野で人員削減、予算カットが進行しており、ストライキが多い。その一方で、1ユーロ6.559フランというきりの悪い換算率はフランに換算するのをむずかしくするし、ユーロ表示の価格をほぼ一桁小さくしてしまうので、2002年のユーロ導入以来、便乗値上げで物価は2〜3割上ったといわれている。しかし国民はブツブツ不満を言うのみで全体としての反応はいまひとつ盛り上がらない。おしつけられたらいろいろやりくりしてがまんを重ねるというのが、フランス人の国民性かもしれない。がまんの限界までいくと、突然フランス革命のような大混乱がおこるのではないかという気がする。フランス人なら誰でも知っているように、物価はバカンスから戻ってくると上がっていることになっている。モンペリエのバス、電車も8月1日から1回券が1.20ユーロから(1回目の在外だよりで1.10ユーロと書いたのは、1回券と10回券の平均をとったもの。1回券を買う人はあまりいない)1.30ユーロに値上がりした。Paul Valery大学の学生食堂は9月の新学期から、学生でないものの料金が3.75ユーロから5.45ユーロという恐るべき値上りで、我々は少し足が遠のいてしまった。第2大学の教職員食堂でも、クリスマス休暇があけてみるとコーヒーが43セントから50セントになっていた。デフレで困っている日本が羨ましい限りである。

 4回にわたってフランスの田舎町のことを書いたが、少しは面白いと思ってもらえただろうか。在外だより(1)に、地中海海岸の町Palavas-les-Flotsがagglomerationから脱退することを県に申請して大騒ぎになっていると書いたが、12月30日の県の会議でこれが認められたのである。Montpellierの中心からPalavas-les-Flotsへ行くバス路線は2系統あったが、1月1日から17番は廃止、28番は途中のPerols止りとなった。1月2日の地元紙によると、PalavasからMontpellierの学校に通っている生徒の足をどう確保するかが新たな政治問題化している。
 最後になったが、手書きの原稿をワープロ入力してHPに載せてくれた渡辺香織さんに感謝する。日本にPCをおいてきたため、日本語入力ができないのだ。日本語を印刷するためにはpdfファイルに変換しなければならず、これがなかなかうまく行かなくてめんどうなことが沢山あった。まもなく日本に帰るが、1年ぶりの日本の生活を楽しみにしている。

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