No.33 モンペリエだより(5) 〜黒田正明先生の在外便り 番外編〜

 

黒田正明 記 

 前回で在外だよりは終りにするつもりだったが、フランス滞在を3月末まで延長することが認められたので、モンペリエの話題や去年のフランスの主な出来事を振り返って脈絡のないことをいくつか書き並べることにした。

 モンペリエから北西に60kmほど行ったところにMillauという人口22000人ほどの小さな町がある。誰も知らなかった南仏のこの町が昨年来一躍有名になったのは、この谷あいの町に町をまたぐようにして長さ2460mの橋、viaduc de Millauができたからである。今まで南仏からClermont-Ferrand方面に行く時は、つづら折の坂道を300mほど谷底までおりて、Millauの町でTarn川を渡って、又300mほど山を登らなければならなかったのだが、この橋の開通によってMillauの町を通らずに行けるようになったのだ。橋に接続する高速道路A75もほぼ完成し、MontpellierからMassif Central、そしてパリ方面へ向うのがずいぶん楽になった。
 しかし、これだけで町が有名になるはずはない。実は、この橋は谷底から270mの上空にかかっており、橋を支える支柱の最先端の高さは340mあって、エッフェル塔より高い。フランス人はこの橋をエッフェル塔、TGV、アリアンヌロケット、エアバス等と同様にフランス技術の象徴とみなして誇りに思っているのだ(http://www.a75.comまたはhttp://www.viaducdemillaueiffage.comをみて下さい)。2004年6月、南北から延ばしてきた橋が中央でつながった時、地元紙は「水平方向のずれは何cm以内におさまったとか、「垂直方向のずれは何cmだった」と大々的に報じていた。
 ちょうどこの前後に、パリのCDG空港のターミナル2Eのコンコースの一部が崩落するという事故があったので、「Viaduc de MillauはEcole polytechniqueの実力だ」という友達を「その実力はCDGのターミナル2E程度だね」と言ってからかったものである。
 その後12月にシラク大統領が出席して橋の開通式が行なわれ、12月16日から一般に通行できるようになった(通行料、普通車、夏以外は4.90ユーロ)。モンペリエに来られる方は是非viaduc de Millauまで足をのばし、ついでにMillauのすぐ近くにあるチーズで有名な村Roquefortに寄られることをおすすめする。

 昨年はナポレオン戴冠200年記念の年であった。ルーブル美術館にあるダヴィデによる「ナポレオンの戴冠」が修復され、ナポレオン関係の本が多数、書店の店頭にならんだ。ナポレオンはVercingetrix、Charmagne、Jeanne d’Arc、de Gauleをこえるフランスの大英雄である。たしかに、ナポレオンはcode civil、フランス銀行の設立、行政司法の整備等に画期的な改革を行ったが、侵略者であることもまちがいないであろう。フランス人はナポレオンの負の側面には目をつぶっているようだ。
 昨年は(2005年2月まで)また、フランスにおける「中国の年」であった。フランス中で、中国展等、中国関係の催物が開催された。今フランスでは中国語を習うことがちょっとしたブームになっている。相対的に、フランスのマスコミに日本が登場することはずっと少なくなった。フジヤマ・ゲイシャといった時代を卒業して、フランス人にとって日本はあたり前の国になったので、特に注目されなくなったのかもしれないが、経済力、政治力、科学技術力、そのどれをみても斜陽の日本にフランス人が関心を示さなくなったからではないかと思えてしかたがない。
 ところで、今年はフランスにおける「ブラジルの年」である。今年は、ポルトガルに遅れること4年にしてフランス人がはじめてブラジルを探検してから501年目にあたるそうだ。ブラジルをフランスに紹介した本としては、Claude Levi-Straussの「Tristes Tropiques」(日本語訳、悲しき南回帰線)が特に有名である。この本は、文化、文明の発展を構造主義的立場から分析したもので、はじめの部分にブラジルに入植した日本人集団の記述がある。

 gourmetにとって残念な話。モンペリエには双子の兄弟Laurent PourcelとJacques Pourcelが開いている3つ星レストラン”Jardin des sens”がある。南仏の料理を世界に紹介し、そうでなくてもおくれた地方という目で見られているMidiの地位を高めるのに大いに貢献しているということで、当地の人はこのレストランを大変誇りにしている。日本にも出店しているはずである。
 ところが、この3月に発行の次のMichelin rougeではJardin des sensの星が1つ落ちて、2つ星になってしまうことが判明し、地元の人はがっかりしている。2〜3年で失なった星をとりかえせるだろうというのがもっぱらの噂である。
 ところで最近はどこのスーパーでもShii-takeを売っている。日本のものより色が薄く、形も少しちがう。Kakiは昔からフランスに出まわっていた。Satsuma(みかん)はClementineにおされ気味だ。

 昨年突然有名になった日本語はtsunamiであろう。raz de mareeというフランス語があるがtsunamiを使うことの方が多い。その他に、mangaもフランス語に定着している。BD(bande dessinee)とは趣きのことなったコミックとして若者の間ではやっている。

 南フランス的いいかげんさ。当地では、歩行者信号は車の流れをとめて道路を横断するためにあるという原則にたっており、車がこなければ赤信号でも横断する。車がこないのに信号がかわるのをずっと待っているのはくそまじめなドイツ人や日本人観光客である。
 何もかもが適当にいいかげんで、しかし、人々はそのいいかげんさをうまく利用してそれなりに楽しく暮していくというのが南仏流のやり方である。私のように他人のいいかげんさを許容する幅の狭い人間にとって腹のたつことがままあるが、しばらく暮していると、いいかげんさというのは人間社会に必要不可欠な“あそび”だということがわかってくる。ただ南仏ではこの“あそび”が大きすぎて、この“あそび”をうまく利用する術を知らないといらいらしてしまう。

 4月から蛯原さんが当地に滞在する。彼はフランス通なので、私のような子供じみた発見でなく、もっとフランスの本質を見ぬいた在外だよりを書いてくれるはずである。

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