No.34 モンペリエだより 〜蛯原健介先生の在外便り その一〜

 

蛯原健介 記 

 昨年度の特別研究で約1年間当地に滞在された黒田先生に続いて、JCのページに在外便りを書かせていただくことになった。これまで毎年1〜2回程度、南仏出張の機会があったが、長期滞在ははじめての経験である。今回の在外研究にさいして、黒田先生のほか、2003年度に在外でパリに滞在された今尾先生からも貴重なアドバイスをいただくことができた。両先生をはじめ在外研究の機会を与えていただいた法学部の先生方にあらためて感謝申し上げたい。

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 出発までに、どうしてモンペリエ(現地では「モンプリエ」と発音することがほとんど)への留学を決意したのか、という質問を受けることが少なくなかった。日本の公法研究者が留学先に選ぶのは、たいていパリの大学、とくに第2大学である。地方都市では、エクス、ストラスブールといったところであろうか。北大法学部とポワチエ大学との交流も盛んである。これに対して、在外研究でモンペリエへ留学する日本人研究者はきわめて稀である。とはいえ、ここの法学部は、13世紀以来の伝統があり、世界的に活躍している著名なスタッフが多数所属している。私の受け入れ機関であるCERCOP(比較憲法・比較政治研究所)の所長であるドミニク・ルソー教授は、フランスでもっとも有名な公法学者のひとりであり、司法官高等評議会のメンバーでもある。また、フレデリック・スードル教授は、フランスを代表する国際人権法の研究者である。もちろん、有名な教授の下に、多数の優秀な若手研究者や院生が集まっていることはいうまでもない。ちなみに、昨年夏の法科研スタッフ・セミナーで来日したリヨン第2大学のクリストフ・シャブロ助教授もルソ−教授の指導の下で博士論文を執筆したとのことである。なお、このモンペリエ第1大学法学部を紹介していただいたのは、東北大学の山元一教授であった。
 語学力に自信がないにもかかわらず、あえてモンペリエを留学先に選んだのは、上記以外にもいくつか理由がある。明治学院に勤務している以上、おそらく退職時まで首都圏での生活を強いられることになるはずである。これは、私のように九州の田舎で生まれ育った者としては、かならずしも幸せなことではない。そこで、せめて在外研究や特別研究の間だけは、首都圏から遠く離れた地方都市で暮らしてみたい、と考えていたのである。また、その他の中都市と比較して、モンペリエ在住の日本人がきわめて少ないことも、逆に語学力の向上につながる点でメリットになりそうである。かの『地球の歩き方』にも一応掲載されてはいるが、わざわざこの街までやってくる日本人観光客は少ない。
 さらに、治安の良くない所もあるとはいえパリに比べれば安心して生活できること、温暖な気候、南仏の海と太陽、開放的で美しい町並み、安くて美味しい葡萄酒、近くの漁港で水揚げされた新鮮な魚介類(アンコウ、黒鯛、ヒラメ、イカ、牡蠣、ウニ・・・)が容易に手に入ること等々、日常生活にかかわる事項も大いに考慮した。最終的に、ルソー教授の秘書であるアバシさんに在外研究受け入れ願いのFAXとメールを送信したのは、昨年5月の定例教授会直後であったと記憶している。在外研究の準備に関する体験談、とくにビザや滞在許可証の取得方法に関しては、別の機会に書くことにしたい。

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 さて、こちらでの最近の話題といえば、ジャン・ポールUやモナコのレニエ3世の葬儀、教育制度改悪に対する高校生たちの抗議行動、救急医や漁師のスト等々があるが、なかでも重要なのは5月29日に実施される欧州憲法条約(Traite etablissant une Constitution pour l'Europe)の批准をめぐる国民投票である。当初、フランスでは、条約批准に賛成する意見も多くみられたが、やがて、この条約はフランスがこれまで歩んできた道とは全く異質の「ウルトラ・リベラリズム」をめざすものである、として「ヨーロッパ・リベラル」に対する反対の声が強まるにいたった。とりわけEUの推進する経済領域の自由化がフランスにおける公役務(services publics)の伝統に矛盾することが懸念されている。国営テレビ局フランス2で報道された世論調査の結果によれば、2005年4月14日現在、欧州憲法条約の批准に賛成する者は45%、反対は55%と過半数を超えており、さらに反対意見は増加する傾向にある。
 条約批准に対する批判が激しさを増すなか、フランス政府は危機感を募らせている。コレージュおよびリセの教員に配布される定期刊行物Textes et documents pour la classeに、条約批准反対派として知られるドミニク・ルソー教授と批准賛成派の政治学者との討論が掲載されることになっていたが、ルソー教授の意見が国民教育省によって削除されるという事件も起こった。反対意見が教師たちに影響を与え、さらには教育の現場を通じて、親にまで影響を与えることを政府はおそれたようである。
(2005年4月15日)

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