No.36 モンペリエだより(号外) 〜蛯原健介先生の在外便り その三〜

 

蛯原健介 記 

 フランスは物価が高い。パリやエクサンプロヴァンスはもちろん、ここモンペリエも例外ではない。TVA(間接税)が低く抑えられている食料品は安いかもしれないが、日用雑貨や電化製品は日本に比べてかなり高いような気がする。外食が高いのも有名である。昼食でサラダを注文するとそれだけで千円以上する。このような国で生きていくためには、当然ある程度の賃金が保障されていなければならない。
  EUは、「物、人、サービス、資本」の自由移動を実現し、単一市場、そして単一通貨が誕生した。その結果、多くの企業が、より安い労働力を求めて、物価・賃金の高いフランスから東欧諸国などに移転し(デロカリザシオン)、また、国外から労働者がフランスに流入することになった。さらに国外から安価な製品が次々と入ってきて、フランスの国内産業は脅かされている。人びとは仕事を奪われ、失業率は10%に達している。これこそフランスにおける欧州統合・EU拡大の現実である。

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 欧州憲法条約の批准をめぐるレフェレンダム(国民投票)にあたり、保守与党のUMPとUDF、野党第一党の社会党と緑の党は賛成の立場、極右と極左が反対の立場をとった。各政党の支持者の割合を考えれば、レフェレンダムにかけても簡単に採択されそうであった。ところが、フランス国民は、大政党やマスコミの「OUI」キャンペーンにもかかわらず、あまりにも自由主義に偏った条約の性格を見逃すことがなかった。そして、レフェレンダムの結果はご存じのとおり、10%近い大差で条約は否決された。自由競争社会を前提とする「ヨーロッパ・リベラル」ではなく、より社会的な「ヨーロッパ・ソシアル」への道をフランス国民は望んでいるのである。
  モンペリエの友人たちと話しているかぎり、「リベラリスム」(自由主義経済)あるいは「キャピタリスム」(資本主義)ということばは、ネガティヴな文脈で語られることが多い。以前、かれらは、無秩序に開発された東京の町並みやネオン・巨大看板の写真をみて、「これこそキャピタリスムの現実だ」と感想を漏らしていた。かれらの先祖は2世紀以上前にブルジョワ革命を成し遂げ、資本主義経済社会を確立したはずであるが、また、かれらこそ資本主義、自由主義経済体制、そしてグローバリゼーションの弊害をよく理解しているのである。

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 フランスは人権宣言の母国といわれるが、死刑が廃止されたのは1980年代に入ってからだし、徴兵制もつい最近まで残っていた。しかし、今回の欧州憲法条約の否決を目の当たりにして、あらためて人権の精神と民主主義がしっかり根付いている国であることを実感せざるをえなかった。時の政府や支配者が国民の望まぬ方向に進みはじめると、人びとは直ちに抗議行動を起こして、政策の撤回を迫っていくということが、あの大革命以来、この国では繰り返されてきた。
  学部および法科大学院でEU法を担当する者として、このような歴史的な出来事を当地で見ることができたのは、幸運であった。以下に、若干の写真を掲載しておきたい。
(2005年5月30日)

 【写真1】エクス政治学院前の掲示板。各政党のポスターが貼られるはずであるが、PCFなどのNONのポスターが目立つ。ブッシュ・ド・ローヌ県では、反対61.80%、賛成38.19%。

エクス政治学院前の掲示板

 【写真2】投票前に各地で配られたチラシ類。、日本では政府批判のチラシを住宅等に配布して逮捕される事例(昨年の立川反戦ビラ事件や葛飾ビラ事件など。法学セミナー2004年8月号特集参照)が相次ぎ、政治的表現の自由に対する侵害が繰り返されているが、フランスではとうてい考えられない。私の受け入れ責任者であるドミニク・ルソー教授は、モンペリエにおける条約批准反対運動のリーダーであった(一番右のビラ)。

投票前に各地で配られたチラシ類

 【写真3】モンペリエの掲示板に貼られたポスター。左からUMP(賛成)、緑の党(賛成)、FN(反対)、PCF(反対)、UDF(賛成)、社会党(賛成)。

モンペリエの掲示板に貼られたポスター

 【写真4】モンペリエの投票所。エロー県では反対60.14%、賛成39.85%。

モンペリエの投票所

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