フランスは人権宣言の母国として知られ、また、デモクラシーの先進国であるかのようにいわれてきた。たしかに、ストライキ権などの社会権は、現実として日本よりもはるかに保障されているし、死刑もすでに廃止されている。5月29日のレフェレンダムで欧州憲法条約が否決されたことは、民主主義が健全に機能している証拠と捉えることもできるだろう。しかし、今回、移民の子どもたちの暴動に対する政府の対応を見て、結局、それは幻想にすぎないのではないか、と思わざるをえない。
一連の暴動を通して、フランスが抱えている種々の社会的矛盾が明らかになった。死文化していたアルジェリア戦争時代の法律を適用して「夜間外出禁止令」の発令が県知事に認められたのに加え、パリなどの大都市でも集会が禁止され、「移民狩り」のごとく外国人の国外追放が宣言されるなど、次々と基本的人権が大幅に制約されていく事実を目にするのは、フランスで行政法を学んでいる者として衝撃的だった。未来がなく、放火することでしか自己の存在を認めてもらえないような移民の子どもたちを「権力」で抑えつけるのは簡単である。しかし、それでは全然問題の解決にはならない。
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さて、11月に入り、博士論文のsoutenance(口頭試問)のシーズンが始まった。先日、国際法を専攻しているフロランスの口頭試問に参加する機会があった。彼女の指導教授は、国際人権法の専門家として日本でも有名なフレデリック・スードル教授である。会場に入って驚いたのは、家族や友人の出席が多いこと。昨年、エクスのポール・セザンヌ大学で行われた口頭試問に参加したとき、親戚と思われる小さな子どもが会場内を走り回っていたのを思い出した。
法学の分野では、博士論文の審査員は合計5名で、かならず学外の教授が加わることになっている。今回は、私の受け入れ責任者であるドミニク・ルソー教授が主査をつとめ、学内者としてスードル教授とルヴィネ教授のほか、リモージュ大学やストラスブール大学の教授も審査に加わった。最初に、博士論文の内容について15分程度の報告時間を与えられた後、5名の審査員から各30〜40分程度のコメントや質問を受け、回答するという形式であった。フロランスの博士論文のタイトルは「民主主義社会のヨーロッパ・スタンダード」。審査員の多くが、論文を賞賛しつつも、その内容がきわめて難解であるという感想をもらしていた。合計3時間の審査の後、審議のため審査委員以外は一時退室を命じられた。
10分後に再び入室を認められ、結果が発表された。《 mention honorable 》 《 mention tres honorable 》 《 mention tres honorable avec les felicitations du jury 》という3段階(不合格はきわめて稀)であるが、彼女はめでたく最高の結果を得ることになり、大喜びであった。記念撮影をした後、今度は、法学部のレセプション・ルームに移動して、次々とシャンパーニュの栓が抜かれた。フロランスは、教員、家族、友人、同僚に囲まれ、祝福の言葉を浴びていた。
(2005年11月15日)
【写真1】フロランスの博士論文。

【写真2】口頭試問の様子。中央が主査のルソー教授。

【写真3】出席者のみなさん。
