No.43 モンペリエだより〜蛯原健介先生の在外便り その七〜

 

蛯原健介 記 

 前回に引き続き、ワインの話題。以前からフランスやEUのワイン法を本格的に研究してみたいと考えていたが、これまでは時間と文献がなく、さらに国内には研究仲間がいなかったこともあって、ほとんど手をつけることができなかった。フランスにやって来てはじめて、多くの研究成果が公表されていること、しかも、興味深い行政判例が存在することがわかり、ようやく研究に着手することができた。しかし、残念ながらモンペリエ大学の法学部では「ワイン法」の講座が開かれていないので、私が所属する「国際ワイン法学会」のメンバーと連絡をとり、ボルドー第4大学法学部の「モンテスキュー・ワイン法研究所」を訪ねることにした。消費情報環境法学科のみなさんが学んでいる消費者法にも関係するので、今回はこの話題について書いてみたい。

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 ボルドーは、モンテスキューやモンテーニュで有名であるが、多くの人はボルドーワインを思い浮かべるであろう。この街ではワインの占める位置はきわめて重要であり、法学部にはワイン法研究所のほか、大学院修士課程「ワイン法コース」も設置されている。今回の出張の目的は、昨年まで所長を務めていたVIALARD名誉教授、そして、修士課程ワイン法コース主任のBAHANS教授へのインタビューであった。現在、このコースには約20名の学生が在籍し、フランスやEUのワイン法を中心に、歴史や経済、租税法、商法、労働法、国際経済法など幅広く学んでいる。研究者教員のほか、ワイン業界の実務家が教育を担当しており、修了後の進路としては、シャトー、ネゴシアン(ワイン商)、生産者組合が多いようである。
  フランスのワイン法は100年余りの歴史があり、その厳格さはよく知られている。保守的な制度という批判も多いが、それによって、善良な生産者と消費者が保護され、また、フランスワインの品質が維持されているのは事実である。欧州レベルでも1999年のEU規則によって、ワインの生産や流通に関する規範が確立されている。
  日本もまた、ワインの生産国であり、実際、蛯原ゼミでは、毎年、ゼミ合宿で山梨のワイナリーを見学してきた。しかし、日本にはワイン法は存在せず、酒税法のみである。日本ワイナリー協会とワイン酒造組合による自主基準が20年前に定められたが、外国産ぶどうを使っても日本で醸造されたものである以上、「国内産ワイン」の表示が認められ、さらに、外国産の使用比率が50%未満であれば「国産ぶどう使用」の表示が許されるなど、国際的なルールとはかけ離れた内容にとどまっている。最近では、長野や山梨など自治体レベルで原産地呼称制度や認証制度を導入する動きがみられるものの、各県で基準の内容や手続が異なるため、消費者の混乱を招くおそれがあるし、自治体が独自に厳格な認証手続を設けても、品質の良くない国産ワインや外国産ぶどうを使用した「国内産ワイン」の流通を防ぐことはできない。このような状態は、日本の消費者にとっては大変不幸であるし、フランスの生産者にとっても残念なことである。

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 ワイン法は、行政法とEU法を中心としつつ、民法、商法、経済法、消費者法、知的財産権法、さらには法制史などにもかかわる学際的な分野であるが、日本ではほとんど研究されていない。国際ワイン法学会には、世界各国のメンバーが所属しているけれども、不思議なことに日本人会員は私一人だけのようである。
  私がこれまで学部で講義してきた憲法学とは違って、実務との距離が非常に近いのもワイン法学の特徴といえよう。折角の機会なので、いくつかのワイン生産者と連絡をとって、ボルドー近郊のシャトーを訪ねてみた。マルゴー村のシャトー・ラスコンブ、シャトー・ローザン・セグラ、そしてシャトー・パルメである。マルゴーといえば、AOCマルゴーの呼称使用をめぐって争われた「シャトー・ダルサック事件」のコンセイユ・デタ判決が行政法学者には有名である(詳細は法学研究80号)。一通りぶどう畑や醸造過程を見せてもらった後、グラン・クリュ格付けワインをいただきながら、ワインの生産や流通に関する法的問題について生産者側の話を聴くことができた。いずれの生産者も、上記のような日本の現状に驚きつつ、ぜひ政府を説得し、国際的に通用する基準の確立のために頑張ってほしいと激励されてしまった。かれらにとって、日本はきわめて重要な市場なのである。

(2006年2月2日)

シャトー・ラスコンブの醸造タンク

【写真1】シャトー・ラスコンブの醸造タンク

樽へ注がれるワイン

【写真2】樽へ注がれるワイン

熟成を待つローザン・セグラのワイン

【写真3】熟成を待つローザン・セグラのワイン

ローザン・セグラのぶどう畑

【写真4】ローザン・セグラのぶどう畑

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