No.44 景観利益の保護について考える(マンションをめぐる環境問題)

 

倉重八千代 記 

 建築紛争には、いろいろなパターンがあるが、今回は、景観利益の保護について考えてみたい。
  先月3月30日、最高裁判所は、「景観利益」が法的に保護される利益であるとの初めての判断を示した。
  この訴訟は、東京・国立市のいわゆる「国立マンション訴訟」の上告審である。東京都国立市の大学通りに面して建つ地上14階建てのマンション(最高地点の高さ43.65m・建築面積6401.98u・総戸数353戸)をめぐって、周辺住民らが、大学通り周辺の景観について、景観権ないし景観利益を違法に侵害されていることなどを理由に建築主らに建物の一部撤去などを求めていた訴訟である。
  一審では、住民らの訴えが認められ、建築主に対しマンションの20メートルを超える部分(14階建ての7階以上)の撤去が命じられたことが話題になった。しかし、二審で住民らが逆転敗訴し、今回の最高裁の判断が注目されていた。
  最高裁判所の判断は、住民らの上告を棄却し、住民らの敗訴を確定するものであった。

 このマンションは、国立市の通称「大学通り」に面して建設されている。大学通りとはJR中央線国立駅南口のロータリーから南に向けて都道146号線が直線状に延び、そのうちの江戸街道までの延長約1.2kmの道路のことをいう。美しい桜やいちょう等の並木道があり、通りのほぼ中央付近の両側に一橋大学の敷地が接している。これは地域住民が長年にわたって建物の高さ制限などを自主的に規制し、維持してきた景観であった。
  98年4月1日、国立市において、「国立市都市景観形成条例」が施行されたものの、本条例には建物の高さを直接的に制限する内容は含まれていなかった。また、本件土地を含む地区について、都市計画法および建築基準法に基づく、地区計画等の内容として定められる建物の高さを制限する条例も存在しなかった。本件土地もごく一部を除き第2種中高層住居専用地域に指定されていた。
  ようやく国立市において、直接的に建物の高さを制限する「国立市地区計画の区域内における建築物の制限に関する条例」が制定され施行に至ったのは、2000年1月1日であった。さらに、本件土地も規制対象区域とし、高さ制限を20m以下にするために、本条例が改正されたが、本改正条例が施行されたのは、既に東京都の建築確認を得た建築主が工事を着工した後の2000年2月1日であった。
  周辺住民らは、東京都や国立市を相手取った行政訴訟を含め、いくつかの訴訟を起こしてきた。しかし、マンションの一部撤去を命じた本判決の一審を除いては、概ね住民らの敗訴に終わっていた。

 最高裁は、「良好な景観に近接する地域内に居住し、その恵沢を日常的に享受している者は、良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり、これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は、法律上保護に値するものと解するのが相当である。」として、「景観利益」が法的に保護される利益であるとの初めての判断を示した。
  しかし、その一方で、「現時点においては、私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものとは認められず、景観利益を超えて「景観権」という権利性を有するものを認めることはできない。」とも述べた。そして、景観利益が違法に侵害されたといえるためには、「その侵害行為が、刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的に容認された行為としての相当性を欠くことが求められると解するのが相当である。」との判断基準を示した。
  その上で、当該マンションについては、「当時の刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当するものであるなどの事情はうかがわれない。」とし、建築主らの景観利益に対する違法性を否定したのであった。

 景観利益の保護といえば、ドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)の西南部にあるバーデン=ヴュルテンベルク州フライブルク市に滞在していた時の記憶がよみがえる。フライブルクは美しい都市であり、お気に入りの都市でもある。フライブルク市民は、環境に対する意識が非常に高い。環境問題に取り組むNGOも多数あり、行政と住民・企業が一体となって環境対策に多面にかつ広範に取り組んでいる。子供から大人まで、環境について関心があればエコステーションを訪れることもできる。
  フライブルク市では、一定地域内における景観保全の方針を詳細に示した、都市景観保護に関わるいくつかの条例を制定し、詳細な計画を組み合わせながら、景観規制を行っている。地区ごとに規制は大きく異なる。特に大聖堂周辺の地区は、個々の建築事業に対して、周囲の景観と調和するよう徹底した規制が図られている。建物の高さを規制し、急勾配の屋根に丸窓など、屋根や外壁の素材、窓のデザインに伝統的な意匠を施すことによって、景観を保っている。その一方で、環境を配慮した近代的かつ黄色やサーモンピンク等のカラフルな家が続くヴォーバン地区もある。フライブルクでは、マルティン門の脇にあるマクドナルドまでもが景観に配慮した歴史情緒漂う落ち着いた意匠・配色になっていた(通常の黄色い字体の“MacDonald’s”のロゴは使われていない。京都にも条例により景観に配慮したマクドナルドがあるそうだが)。

 日本においても、近年、良質な景観を形成するため、全国の自治体が独自の景観条例を次々と策定し、建築規制を行っている。2004年12月より「景観法」も施行され、これまで曖昧だった、「良好な景観の形成」に関する基本理念や、自治体・事業者・住民の責務が明らかになり、条例では限界のあった強制力を伴う法的規制の枠組みが用意されることになった。
  本法は、良質な都市景観を形成するためには、「その整備及び保全が図られなければならない。」としている(同法2条)。実際には、緑化義務、建築意匠、建築線・壁面線の指定、建物の高さ制限・看板に対する制限等を考慮に入れなければならず、これらは、私権行使の制限を伴う建築計画でもある。このことから、景観保全のためには、周辺住民の意見を反映する一方で、景観は共有財産であるという公共性も認識も必要となる。
  住民の景観意識は高まり、景観は保護される傾向にある。「景観利益」が法的に保護される利益であることを認めた今回の最高裁の見解は評価できる。しかし、その一方で、建築基準法や条例といった規制をすべて満たしさえすれば、その街並みに適合しない高層の建物を建てても問題はないのかという疑問は残る。
  紛争予防のためには、その地域にあった極め細やかな規制・建築計画が必要となる。そのためには、とても難しいことではあるが、やはり、行政・市民・専門家・企業が一体となって景観を整備・保全するという発想を持ち、行動することが重要である。

 新たな景観問題が浮き彫りになっている。ユネスコの世界遺産として登録されている広島県広島市の原爆ドームから南東へ約100m離れた所に、14階建のマンション(高さ44メートル)の建設が進んでいるのだ。今後、観光客が集まる北側から、ドームの写真を撮れば、ドームの後ろに巨大なマンションが並んで写ってしまうであろう。このマンションの建築確認は、既に昨年の5月に下りており、早くも全戸完売だそうである。現在、同市は、ドームがある平和記念公園周辺の景観を保護するために、さまざまな取り組みをしているが、その当時、建物の高さ制限をする条例は存在していなかったという。
  ドイツのノルトライン=ヴェストファーレン州ケルン市にあるケルン大聖堂が、ライン川対岸の高層ビル建設計画のため、2004年に世界遺産委員会から「危機遺産」に登録された例もあるが、この日本の現状をフライブル市民が知ったらどう考えるのであろうか。そして、私たちはどう考え、行動すべきであろうか。

主として中高層性宅に係る良好な住居の環境を保護するために定める地域(都市計画法第9条)であり、絶対的な高さ制限はないが、建ぺい率および容積率の制限によって間接的に建物の高さが制限される地域。


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