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春季の国際ワイン法学会はスペインのマドリッドで開催されたが、秋季大会はポルトガル北部のポルトが開催地に選ばれた。それは、今年が、ポートワインの原産地(ドウロ川上流)を確定するポルトガルのワイン法が制定されて250年となる記念すべき年だからである。フランスのワイン法の歴史は20世紀初頭にさかのぼり、100年あまりの歴史を誇っているが、ポルトガルは、フランス革命以前の1756年から、すでにワイン法をもっていたのである。
学会の事務総会の会場となったのは、ポルト市の旧市街(世界遺産に登録)にある、ポルト・ドウロワイン研究所=IVDP(Instituto dos Vinhos de Douro e do Porto)。IVDPは、甘口の酒精強化ワインとして世界的に知られるポートワインや、ドウロのスティル・ワインの認定を主たる任務をしている。ここでは「研究所」と訳したが、建物内には、分析検査や官能検査のための設備が所狭しと配置されていた(写真1)。フランスには、AOCワインなどを認定するINAO(原産地呼称統制監督機関)という機関があり、これにほぼ相当するものと思われる。ちなみに、一緒に学会に参加したINAO法務部長のヴェロニクに聞いてみたところ、INAO本部には、このような分析検査のための設備は置いていないとのことである。
研究集会は、IVDPの隣にあるボルサ宮(Palacio da Bolsa)で行われた。この建物は、かつてポルトの経済力を誇示するために作られた豪華なもので、以前は証券取引所として使用されていたという(写真2)。『地球の歩き方』などにも紹介されており、日本人観光客の姿も見かけた。
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今回は、ワイン法250周年ということで、主催者は準備にかなり力を注いでいた。開会挨拶では、「今回の学会は、みなさんにとって一生忘れられない学会になるでしょう」というスピーチがあり、参加者の期待も高まる。「ワイン・セクターにおける世界的調和」が総合テーマで、「ドウロ〜最初の原産地指定」、「生産段階における法的問題」、「ラベリングの問題」、「輸出入の障壁」、「消費者の観点と広告」、「グローバル・マーケットにおける知的財産権」、「ワインに関する二国間協定」、「世界的調和の実現可能性」といった様々なセッションが設けられ、数多くの興味深いプレゼンテーションが行われた。
一般に、アメリカなどの報告者はパワーポイントを駆使し、写真やフローチャート、グラフなどヴィジュアル面に重点をおいたプレゼンテーションを行うのに対して、フランス人報告者は、パワーポイントを使うにしても文字のみの表示。その代わり、歴史や教養に根ざした、重みのある報告は、フランス人の得意とするところである。今回、もっとも楽しみにしていたのは、知的財産権に関する、ストラスブール大学法学部のOlszak教授の報告であった。実は、Olszak教授の報告を聴くのは今回が初めてではなく、昨年6月、トゥールーズ大学で開かれたフランス法制史学会(SHD)でも、同教授の報告に接する機会があった。「ワイン法」、「法制史」、「知的財産法」と、私の関心とも大いに重なっており、これまでの業績を通じて、多くのことを学ばせていただいた。今回は、ほとんどの報告者が地理的表示をめぐる今日的問題のみに終始していたが、Olszak教授は、アンシャン・レジーム末期の1776年に出された「王国内のワインの自由な流通と取引」に関する勅令からはじまり、1789年宣言において自然権として列挙された「自由」「財産」「安全」と知的財産権の関係、そして、21世紀におけるワイン法をめぐる国際的問題にいたる非常にスケールの大きい話題を展開された。
一連のセッションの中でもっとも緊迫したのは、「ワインに関する二国間協定」をめぐる報告であった。前回のエッセイで、最近締結されたEUと米国との協定に言及したが、これをどう評価するかが問題である。とくに、この協定により、「シャブリ」「シャンパーニュ(シャンパン)」「ポート」などの17名称につき、「セミ・ジェネリック」としての扱い(アメリカの発泡性ワインに「カリフォルニア・シャンパン」などの表示を付すること)が米国内で当分の間認められることになった。この点につき、ポルトガルの報告者は、「この協定は我々にいかなる利益ももたらさない。こんな協定をEUは結ぶべきではなかった」と激しく非難。これに対して、米国の報告者は、「この協定は我々の勝利である!」と高らかに宣言すると、会場内では緊張が走った。

【写真1】IVDPのワイン分析検査施設。

【写真2】会場となったボルサ宮。観光客も多い。
AIDVでは、昼食とディナーの位置づけは非常に重要であり、どれだけ遅れていても、質疑応答を打ち切って、時間通りに学会は終了する。場合によっては、まったく質疑の時間が与えられないこともあり、参加者からは不満の声もあった。しかし、それだけあって、学会中に提供される料理とワインは実に見事である。学会中の昼食は、IDVPの貴賓室での正餐。ディナーは、毎晩、ホテルから貸し切りバスに乗り込み、郊外のワイン・カーヴや迎賓館でいただく(写真3)。そして、週末は、ポートワインのぶどうが収穫されるドウロ川上流に行き、ぶどう畑の見学、Quinta do Portalワイナリーでの試飲と豪華な昼食(写真4)、世界遺産に登録されたぶどう畑を眺めながら貸し切りの船でドウロ川クルーズ(写真5)、ポートワイン講習会と試飲(写真6)など、盛りだくさんのエクスカーションがあり、充実した内容であった。機内持ち込み荷物のセキュリティが強化されているため、私は、1本もワインを買わなかったが、ほとんどの参加者がポートワインを何本も購入していたのには驚いた。相当なワイン好きなのだろう。それぞれ自宅に自慢のワインセラーを持っているようで、いつかうちに飲みに来い、と誘ってくれる会員も少なくない。
今回は、かなり長期にわたる学会だったので、フランス語圏のみならず、多くの国のワイン法研究者・実務家の方々と交流を深める良い機会となった。AIDV次期会長であるフィリップ(写真7)からは、国際ワイン法学会日本支部を立ち上げ、日本での学会開催を実現するように、と再度圧力をかけられたが、今なお日本人会員は私一人だけである現状では、容易ではない(偶然、このページをご覧になった研究者・法律家の方で、AIDVの活動に関心をお持ちの方は、法学部の代表電話を通じて筆者までご連絡ください)。しかも、最近、日本のワインが注目されているとはいえ、グルメなメンバーが日本のワインに満足してくれるのか不安である。なお、次回の学会は、来年の3月。パリで開催されるという。

【写真3】13日のディナーから。
ヴィラ・ノヴァ・デ・ガイアのサンデマン社にて。

【写真4】ワイナリーでの昼食後のデザートの数々。
もちろんポートワインとともに。

【写真5】ドウロ川クルーズ。
この景観だけでなく、ワインの醸造方法も世界遺産に登録された。

【写真6】講習会の様子。左はOlszak教授。
手前はINAO法務部長のヴェロニク。

【写真7】次期会長のフィリップ(中央)と歓談する筆者。
12日のディナーにて。
(2006年10月)