| No.50 タイ出張報告―フィールドワークツアーの学生引率において―
大野 武 記
本学部学生4名が、環境法分野におけるフィールドワークとして、特定非営利法人「メコン・ウォッチ」が主催するフィールド・スクール「環境と人々の暮らしを考える―タイ―」に参加するということで、学生の引率を仰せつかることになり、タイのバンコクへと出張してまいりました。ツアーは、8月21日から23日の前半と、24日から27日までの後半とがあり、私は前半のツアーに同行しました。内容は、タイ国における環境破壊の現状についての現地研究者の報告、現地視察、被害住民との会合などでした。
そもそも東南アジアにおける開発と環境破壊の問題に目を向けたことのなかった私にとって、この問題は全くと言ってよいほど考えてみたことのないテーマでした。しかし、今回ツアーに同行してみて、タイの至るところに「日本」があることに気づかされ、学生だけでなく私にとっても大いに視野が広がるものでありました。そこで、ここでは、ツアーの概略について、私の雑感なども織り交ぜながら、ご報告してみたいと思います。
■ツアー1日目:現地集合・オリエンテーション
前半のツアー参加者は、私の他は5名で、内訳は、明学の男子学生2名(他2名は後半のツアー参加)、京都精華大の女子学生1名、横国大の男子院生1名、NGOの女性研究者1名でした。初日は、主催者であるメコン・ウォッチの木口さんからオリエンテーションで終わりました。
ちなみに、ホテルそのものは快適だったのですが、ホテルの位置がバンコク郊外の下町のようなところにあり、通り沿いに庶民向けの露店が数多く出ているようなところでありた。蒸し暑く、ハエも飛び交う中、生の魚や肉がそのまま置かれている状態を横目に、日本では決して嗅ぐことはないであろう香辛料などの複雑な匂いにむせびながら通った露店の雑踏は、東南アジアは初めての私にとって、まさに強烈な印象でした。
■ツアー2日目:チュラロンコン大学でのセミナー
2日目は、チュラロンコン大学政治学部のゼミ室をお借りしてのセミナーが終日行われました。まず午前中に木口さんからメコン・ウォッチの活動紹介が行われ、午後からはチュラロンコン大学講師のナルモン・タップチュムポン先生から「タイの開発政策の政治経済とその地域住民への影響」についての報告、環境NGO「代替的産業ネットワークのためのキャンペーン」のペンチョム・セータンさんから「タイの産業汚染―東部開発における日本の援助と投資」についての報告がそれぞれありました。以下、それぞれのご報告の要旨について、個人的に印象的だった部分をまとめてみます。
@「メコン・ウォッチの活動紹介」(木口由香)
・メコン・ウォッチは、特定の団体には属しておらず、さまざまな機関の助成を受けながら独立に運営されているNPOである。
・主たる活動内容は、メコン川流域を対象に、先進国中心の援助機関による開発事業(主としてダム開発)が現地の人々の生活にどのような影響を及ぼしているかという観点から、調査・研究し、政策提言を行うというものである。その一事例として、ラオスのナムトゥン2ダム開発では、世界銀行とアジア開発銀行の援助のもとで行われたが、その開発により漁業での地域住民の自給自足生活が成り立たなくなり、また生活補償も不十分であることから、かえって地域住民の貧困化をもらすことなったことを明らかにし、その問題を解決するための活動を行っている。
・こうした問題には、日本も融資という形で積極的な援助を行うことで大きく関与しており、そのことはまた、その援助金の原資が税金・郵貯・年金基金から拠出されていることから、広く日本国民とも無関係ではない。
A「タイの開発政策の政治経済とその地域住民への影響」(ナルモン・タップチュムポン)
・タイの工業化の推進は、1961年以降世界銀行主導で進められてきたが、その負の側面としては、開発の恩恵が特定の階層に限られてきたという点にある。それ対して、農村(特に土地を持たない農民)は、開発により土地・水・森林が影響を受け、むしろ被害を受けてきた。
・タイでは国土の7割が国有地ないし国王の所有地であるので、土地利用権を持たないまま国有林を開墾して生計を立てている農民も数多い。このような農村部の貧困層は、その地域がダム開発用地などに指定されると、補償金も得られずにいつ追い立てられるかわからないという問題に直面することになる。実際に、東北部(タイの中でも最も貧しい地域)において、これまでに政府と農民との間で大きな紛争があった。
B「タイの産業汚染―東部開発における日本の援助と投資」(ペンチョム・セータン)
・バンコク郊外の東部臨海開発地域は、日本のODAサポートプロジェクトに基づいて、日本と同じ方法を採用して開発された地域で、最も成功した工業化のひとつとされている。
・しかし、その影で、石油化学工場から排出される化学物質による大気汚染問題がひきおこされてきた。具体的には、呼吸器系疾患や皮膚炎の増加による地域住民の健康被害、重金属を含んだ酸性雨による水質汚染などの問題が発生してきた。その他にも、工場からの廃棄物の投棄問題、干ばつ時における工業団地の優先的水利用、労働組合の結成に対する解雇などの問題が発生している。

(セミナーの模様、中央・タップチュムポン先生、右側・木口さん)
いずれの報告においても、成功したと言われているタイの国土開発や工業化について、その影の部分に焦点が当てられていました。先進国の支援による開発や工業化は、政治や経済の中心にいる特定の階層に大きな恩恵を与え、それゆえに一層強力に開発や工業化が推し進められる。そしてそのことが、社会的・経済的弱者や環境への配慮の軽視につながるというような構図が見えてきます。
日本でも、かつてこれと全く同じような公害・環境問題を発生させてきた苦い経験があるにもかかわらず、その教訓がタイで開発援助を行う際に生かされていないという印象を持ちました。もちろん、こうした問題は、タイの政治・経済や法制度など様々な要因が絡まって発生するものであるでしょうから、単純な議論はできないでしょう。これらの問題を解決するためには、各種の専門家による学際的な研究が必要とされているように思われました。
■ツアー3日目:現地視察・被害住民との対話
3日目は、バンコクから北東に200kmほど行ったところにあるカオヤイティアン村に車で移動し、その開発が住民に大きな健康被害をもたらしたラムタコン揚水式水力発電所を見学し、被害を被った住民からお話を聞きました。
揚水式発電所とは、発電所の上部と下部に貯水池(上池・下池)を持ち、電力使用量の少ない夜間に下池の水を上池に汲み上げ、電気需要が高まる昼間に上池から下池に水を落として発電するというものです。
 
(ラムタコン揚水式発電所、左が上池、右が下池)
問題は、発電所建設に際しての爆破作業が2年7か月にわたって毎日行われたことでありました。爆破作業により、重金属やディーゼル燃料を含んだ粉じんが村に降り注いだことと爆音によるストレスにより、村に大きな被害が生じたとのことです。村人との対話によれば、呼吸器疾患や発疹などの健康被害、子どもの発達障害、家畜の死亡とそれに伴う村人の借金問題などの被害に受けたとのことです。それにもかかわらず、これまでにどこの行政機関からも救済措置がとられていないとのことです。現在、村は政府に対し、1人20万バーツの補償金、1村あたりの再建基金、電気使用量の無料などの救済策を求めて交渉中であるとのことである。
おそらく、政府との交渉はかなり難航するであろうと思われます。このような開発事業は、国策として行われたものでありますから、政府が自ら責任を認めるようなことはないであろうと考えられます。日本の公害問題の歴史を踏まえるならば、このような場合にこそ司法による救済を求めるべきときであろうと思います。しかしながら、村人たちが訴訟を提起しようとする動きはないようです。要するに、司法に対する信頼がほとんどないからであるようでした。このような状況がこのまま放置され続けるとするならば、まさにタイの司法に対するあり方が問われてくるように思われます。

(村人との対話の様子)
■雑感
ツアーの目的は、先進国の支援により達成された開発や工業化が、社会的・経済的弱者に対して様々な被害を及ぼしている現状を明らかにすることにより、支援者たる先進国の責任、特に日本の責任を考えてもらいたいということであったろうと思います。
今回のツアーに参加するまでもなく、バンコクの町中を見るだけでも、おそらく先進国の中でも日本が最もタイとのつながりが強いのではないかという印象を持つはずです。というのも、街中には日本の車や電荷製品があふれており、日本のコンビニやレンタルビデオ店もよく見られました。サイアム・スクエアという繁華街では日本のデパートが軒を連ね、そこはまさに新宿や渋谷のような雰囲気でした。また、タイでの日本人の定住者は3万人にものぼるとのことです(無登録の者も含めるとその倍ぐらいはいるであろうとのこと)。
これまで日本は、タイと様々なレベルで相当緊密な経済的関係を築いてきたことであろうと思います。しかし、現に生じている環境問題を踏まえるならば、今後の支援のあり方は、経済面だけではなく、問題解決のための技術面・制度面も含めたソフトな取組みが追求されるべき段階にあるだろうと思いました。
最後に、今回のツアーにおいてメコン・ウォッチの木口さんには大変お世話になりました。内容豊富なプログラムや安全な宿泊・交通の手配などは、木口さんの企画・運営力と語学力がなければとても実現できるものではないと言っても過言ではないと思います。この場を借りて、改めてお礼申し上げる次第です。

|