| No.51 エクス政治学院からの交換留学生による特別講義
蛯原健介 記
明治学院大学は、南フランスの大学都市エクサンプロヴァンス(Aix-en-Provence)にあるエクス政治学院(Institut
d' Etudes Politiques)と協定を結んでいます(写真1)。毎年、本学法学部の学生がエクス政治学院へ留学する一方、エクス政治学院の学生も約1年間にわたって本学で学んでいます。また、2008年3月には、エクス政治学院の副学長Daniel
VAN EEUWEN教授が来校され、大塩学長との間で新たな協定が締結されました。
このたび、エクス政治学院からの交換留学生として法学部に在籍しているMarion ARNAUDさん(07JP)に、フランスの政治制度について特別講義をお願いいたしました(写真2)。以下は、2008年4月26日(土)2限に行われた特別講義の内容です。
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【写真1】 エクス政治学院 |
【写真2】 特別講義の様子 |
「フランス大統領の刑事責任について」
マリオン・アルノー(07JP)
■はじめに
ある国家は、外国では、国外在留中の当該国民や文化的なイメージによってだけではなく、とくに、その国の政治家によって体現されます。
フランスの新聞では、日本については、首相や内閣の行動を中心に報道されています。日本に住むフランス人である私は、フランスが、大統領(そしてその配偶者)の行動を通じて理解されていることを知りました。
フランスの大統領は、国家元首です。大統領は、直接人民によって選出されます。その主要な役割は、憲法の尊重を監視し、執行権を行使することです。フランスでは、執行権は三権、すなわち、司法権、立法権、執行権のなかで、もっとも重要な権力であると考えられています。なぜなら、大統領は、フランス政治のなかで、もっとも重要な人物であり、また、その行動によってフランスを代表するからです。フランスの政治制度についてお話しするためには、大統領の役割を説明することが必要です。
ここで、私が試みたいことは、国家元首の刑事責任という概念を通して、大統領の役割を説明することです。大統領の刑事責任に関して、法のルールにしたがって、国家元首を裁くことができるかどうかについて考えてみたいと思います。
この問題は、まず、今日的な問題であります。10年以上も前から、政治スキャンダル(エリゼ宮盗聴事件、パリ市架空雇用事件)は、大統領のイメージを汚してきました。左翼(ミッテラン)であれ、右翼(シラク)であれ、大統領は、その権力欲を満たすために、法律に違反することがありました。シラク氏の任期が満了する2002年、そして2007年には、パリ市長時代の公金横領をめぐって、刑事告訴を受ける可能性がありました。
しかし、この問題は、より本質にかかわってきます。1789年宣言によれば、権力分立は、民主主義の本質的条件のひとつとされています。ところが、国家元首の刑事責任という概念は、権力分立と抵触します。大統領は、その職務の執行中に、普通法のルールにしたがって裁かれうるのでしょうか。あるいは、そうすることによって、司法権は、執行権を訴追し、権力の分立と独立性を侵害することができるのでしょうか。
この問いに対して、それは可能であるという答えが示されます。憲法68条にその答えがあります。それは、調査委員会による調査の対象とされ(2002年のアヴリル委員会)、また、2007年1月には、この条項の改正が試みられました。
したがって、これは、フランス政治を巻き込んだ、重大な今日的問題であって、フランスの政治制度の機能を理解するにあたり、決定的問題であるといえます。
ここでは、憲法と法のルールに照らして大統領の役割を定義すること、権力分立理論を読み解きながら、国家元首の刑事責任の概念を考察すること、そして、この概念に関連するいくつかの論点を取り上げることにしたいと思います。そして、国家元首の刑事責任の定義がフランス政治における大統領の役割を支えていることをみていきます。
■フランス憲法における大統領の役割の定義と権力分立の理論
「フランスは、不可分の、非宗教的、民主的かつ社会的な共和国である」。これは、1958年に制定された現行憲法、すなわち、第五共和国憲法1条に示されたフランスの定義です。
ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約論』によれば、「わたしは、法によって治められる国家を、その行政の形式がどんなものであろうとすべて、共和国とよぶ。なぜなら、その場合においてのみ、公の利益が支配し、公のことがらが軽んぜられないから。すべて合法的な政府は、共和制である」。この定義にならって、フランス共和国は、人民によって選ばれた合法的な政府をもつ、法治国家であると性格づけることができます。
第五共和制は、フランスの現在の政体です。以前の共和政体と同じく、第五共和制も、権力分立原則を基礎としています。それは、1958年憲法が前文で言及している1789年宣言の16条(権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない)に由来します。したがって、執行権は大統領と政府の構成員にゆだねられ、立法権は国民議会と元老院に、司法権は裁判機関(裁判官と裁判所)にゆだねられています。
しかし、フランスは、独特の権力分立概念を発展させました。三権が分立されているとはいっても、執行権、とりわけ、国家元首がもっとも重要なのです。1958年憲法によれば、大統領は、諸制度の要石であり、国の一体性、権力の均衡、国家の継続性の守護者です。大統領は、直接選挙による二回投票制により、人民によって直接的に選出されます。したがって、その人物の選出は、人民の意思のあらわれであるといえます。
立法権の代表者たちもまた国民によって選出されますが、大統領とは異なり、人数が多く、フランス人のさまざまな意見を代表するものとみなされています。司法権の代表は、直接的に人民によって選ばれてはいません。
したがって、その他の権力の代表とは異なり、大統領は、全国民のコンセンサス、多数者の選択を体現するものであって、その地位の正当性は大統領自身に求められます。
■憲法68条の改正と職務執行中における大統領の地位
興味深いことに、1999年以前は、国家元首の刑事責任の問題は、本格的には議論されていませんでした。
憲法68条は、次のように規定していました。「共和国大統領は、大反逆罪の場合のほかは、その職務の執行中に行った行為について責任を負わない。共和国大統領は、両議院が、公開投票により、かつ、その構成員の絶対多数により、同一の表決で裁定するのでなければ、起訴されることができない。共和国大統領は、高等法院によって裁判される。」
国家元首は、「大反逆罪」の場合を除いて、職務執行中に犯した重罪や軽罪については、刑事責任を負わないという特権を与えられています。「大反逆罪」の概念が不明確であるため、この定義は問題をはらんでいます。法律家による定義も不可能です。また、任期中の行為と選挙前の行為を区別していない点でも、この定義には問題があります。パリ市架空雇用事件におけるシラク大統領の関与について、この点が問題となります。
1999年6月19日に議論が開始されました。そして、2002年に、国家元首の刑事責任問題に対処し、新たな68条を起草するために、委員会が設置されました。
「68条:共和国大統領は、その職務の遂行とは明白に両立しえない義務違反の場合を除いて、罷免されない。罷免は、高等法院を構成する国会によって宣告される。」
この新たな条項は、きわめて革新的です。なぜなら、一方では、大統領を罷免する可能性を認め、他方では、「大反逆罪」という理由を、「その職務の遂行とは明白に両立しえない」という表現に置き換えているからです。
それにもかかわらず、この条項も数多くの問題を引き起こし、そのうちのいくつかは、直接的に権力分立理論にかかわります。したがって、国家元首の刑事責任に関する議論がはじめられると、司法権による執行権の統制が提案されました。これは、諸機関の均衡にかかわるだけに、深刻な問題であります。普通法の条件にもとづいて、国家元首の責任を追及することは大統領の地位を弱めることになりますので、新たな条項も、在任中の不可侵性を確認しています。さらに、就任前の行為や職務と関係のない行為に対する刑事裁判所による追求は、大統領の職務遂行中は中断されます。
したがって、この条項に含まれる2つの要素が明らかになります。すなわち、普通法に対する例外原則、そして、就任前の行為や就任後で職務と関係のない行為についての一時的免責というものです。これは、国家元首の裁判上の特権と呼ばれています。
■第五共和制における大統領権限強化の指標としての68条
大統領の職務遂行とは明白に両立しえない違反があった場合について、罷免手続が定められています。しかし、その手続は、アメリカの弾劾手続とは異なります。なぜなら、大統領を罷免するのは、裁判官ではなく、両議院(元老院と国民議会)だからです。さらに、大統領職を代行する副大統領が置かれていないという違いもあります。これは、罷免をより困難なものにします。大統領のみが、選挙によってその正当性を具現しており、副大統領が置かれていないことも、この正当性に寄与します。大統領が罷免を余儀なくされた場合、新たな選挙までは、元老院議長が、国家の指揮を執り行います。
また、興味深いのは、国家元首とその他の政府構成員の刑事責任には違いが存在することです。68条が改正されるよりも前から、国会議員は、憲法26条によって普通法の手続を免れていましたが、その刑事責任は司法院で裁かれることになっています。68条では、国家元首は、明確にそのような保護を受けますが、その刑事責任は、職務遂行中の行為について、国会議員から構成される高等法院のみが裁くことになっています。このように、執行権は、司法権によって裁かれるとともに、高等法院を構成する立法権によって裁かれます。これは、国家元首の政治責任の原則と呼ばれています。このような特殊な地位は、立法権や司法権に比べて、執行権の処遇が選択的であることを示すものといえます。
最後に、68条は、在任期間中についてのみ、裁判上の特権を国家元首に与えています。任期が満了すると、大統領職と関係のない行為については、普通法の裁判官の管轄となります。そして、大統領は、一市民となり、法律の前の平等取扱原則が適用されます。
■結論
職務遂行中の国家元首の裁判上の特権は、大統領個人ではなく、大統領の役割の保護として理解され、他の民主的な諸原理と比較して、国家継続性の原則が優位する根拠となります。
大統領は、立法権や司法権の代表に比べて、より大きな権限を象徴的に与えられています。人民によって直接選ばれることによって、大統領は、その任務の正当性を具現することになります。その正当性にもとづいて権限がゆだねられることにより、大統領の役割が重要となります。第五共和制は、立法権や司法権によりも執行権と大統領の役割を重視しており、大統領の裁判上の特権は、このような政治的論理に由来していると考えられます。
ご静聴ありがとうございました。

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