No.53 放射線に対する基本的知識

 

太田和俊、黒田正明、鶴貝達政 記 

はじめに

 大震災の後に発生した福島第一原子力発電所における重大な放射能漏れ事故に関連して、現在、放射能や放射線に対する関心が国民の間に急速に高まってきています。しかし、現時点までの政府の発表やマスコミの報道では曖昧もしくは間違った表現が多く見受けられ、特に安全性/危険性に対する十分な根拠や基準が示されて十分に解説されているとは言いがたい状況です。現状でも様々なwebページ等から正しい情報を得る事も可能ですが、あまりにも多くの情報があふれているためその中から必要な情報を取捨選択することは非常に困難です。そこで、普段、素粒子物理学を学び研究している者の立場から、教員リレーエッセイの場をお借りして科学的な観点で少しでも情報の整理にお役に立てたらと思い、放射線に関する基本的な知識について記載したいと思います。

放射線の種類

 放射線と一口にいってもその種類は様々で、その正体は光と同じ電磁波であったり、電子や原子核などの小さな粒子であったりします。放射線は様々な方法を使って発生させることができますが、特に今問題になっているのは放っておいても勝手に放射線を出すことができる物質から出てくる放射線です。この放射線を出すことができる力を放射能といい、放射能を持った物質(放射性物質、放射性同位元素)の事を単に放射能と言ったりすることもあります。

 放射能を持った物質が放射線を出すのはその物質を構成している原子核が非常に不安定なため、不要なエネルギーを放射線という形で放出する事でより安定な物質になろうとするからです。したがって、要する時間は様々ですが、放射性物質は最終的に放射線を出さない安定な物質(元素)になっていきます。放射性物質が出す放射線は大きく分けてアルファ線、ベータ線、ガンマ線と呼ばれるものがあります。アルファ線はヘリウムという元素の原子核(電気的にプラスの電荷を持つ核子である陽子と電気的に中性な中性子からなる)、ベータ線は電子、ガンマ線は高いエネルギーの電磁波(光)です。その他、通常は原子核中に存在する中性子も原子核が分裂する際などに放射線として放出されます。

 放射線が物質に当たるとそのエネルギーにもよりますが、物質に含まれている電子を弾き飛ばしてイオン化したり、分子の結合を壊したりします。放射線が人体に与える悪影響はこのような作用で引きおこされます。

放射性物質

 放射性物質というと原子爆弾や原子炉で人工的に作られるのものだけと思いがちですが、実際には自然界にはたくさんありふれています。自然に存在する元素のほとんどは安定していて放射線を出しませんが、同じ元素であっても放射線を出す放射性同位元素が一定の割合で存在するものもあります。例えば、我々の体を作るのには欠かせない炭素には炭素14と呼ばれる放射性同位元素がごくわずか含まれていますし、人体に不可欠な電解質であるカリウムの0.012%は放射能を持ったカリウム40という放射性同位元素です。また、大気中にはアルファ線を出すラドンという放射性物質が存在しています。

 放射性物質は放射線を出しながら別の物質(元素)に変化していきます。ですから、放射線をだす原子の数が多ければ多いほど出てくる放射線の量は多くなりますし、放射線をだして安定な元素に変化した原子の数が多くなってくると出てくる放射線の量も少なくなってきます。その変化のスピード(頻度)は物質ごとに違っています。この放射性物質が変化して放射線を出すスピードを表すのに半減期という言葉が使われます。半減期とは、放射能をもったたくさんの原子が次第に放射線を出して別の元素に変わっていったとき、まだ変わらずに残っている原子の数が、元の原子の数の半分になるまでの時間を表します。例えば、半減期がおよそ8日間のヨウ素131と呼ばれる放射性同位元素は、8日後にはその数はもとの数の半分、16日後にはさらに半分、つまりもとの数の4分の1になります。80日も経てば1024分の1にその数を減らします。同じ数の原子を集めた場合、半減期の短い放射性物質の方がより多くの放射線を短時間で放出する事になります。

ベクレルとシーベルト

 放射線の量を表す単位として様々な言葉が現在飛び交っています。その言葉の意味についてここでは説明します。まず、ベクレルという単位ですが、これは放射能の単位で1秒間に何個の原子核から放射線が出てくるかを数えた数です。測定する物に含まれる原子の数は決まっていないので、測定する物の放射性同位元素の数が多ければ多いほど、また、先ほどでてきた半減期が短ければ短いほどベクレル数は大きくなります。

 ベクレルの大きさが大きければ出てくる放射線の単位時間あたりの量は多いのですが、実はこの量だけではその放射線が人体にどれくらい危険かわかりません。例えば、放射能に近づけば多くの放射線を受け、遠のけば受ける放射線 の量は少なくなりますし、放射能との間に、コンクリートなどの遮蔽 物があれば受ける放射線の量は少なくなります。そこで、放射線そのものの強さ(影響力)、特に人に対する影響を評価する為に必要な単位がシーベルトです。放射線はその種類(アルファ線、ベータ線、ガンマ線)やそのエネルギーによって人に対する影響の度合いが異なってきます。放射線の物質への吸収のされかた、人体への影響の違いを加味した上で放射線の強さを評価した単位ということです。したがって、放射性物質の違いや出てくる放射線の違いに左右される事無く、シーベルトという単位によって人体に対する放射線の危険性をおおよそ知ることができます。以下、シーベルトと言う単位に加え、ミリシーベルトやマイクロシーベルトという単位も現れますが、1ミリシーベルトは1シーベルトの1000分の1の量、1マイクロシーベルトは1ミリシーベルトの1000分の1、つまり1シーベルトの100万分の1の量を表します。

人体に対する影響

■ 短期的影響

 放射線を人間が浴びると人間の細胞の機能や遺伝子(DNA)がある確率で損傷を受けます。放射線で遺伝子が傷つくとすぐに癌になってしまうと思ってしまいますが、実際には損傷を受けた細胞が癌細胞になる事は非常にまれです。ほとんどの細胞は自ら死に(アポトーシス)、他の損傷を受けていない健康な細胞に置き換わっていきます。夏の海やプールでの日焼けで皮膚の炎症や皮が剥けることを経験された方も多いと思いますが、これも紫外線による細胞の損傷から身を守るための作用です。

 しかし、人体の修復が出来ないほど放射線によって広い範囲にわたって細胞が損傷を受けてしまうと、健康に影響が表れます。短時間におおよそ数シーベルト程度の放射線を浴びてしまうと命に関わってきます。この場合、放射線と健康被害との因果関係ははっきりとしています。現在おきている様な原子力発電所の事故ではこのような量の放射線を我々が短時間で浴びる様な事はおきません。

■ 長期的影響

 すぐに健康に影響が出ない程度の放射線を浴びた場合の人体に対する影響は実はあまりよくわかっていません。影響が表れるのが場合によっては10年単位になる事もありますので、他の要因(他の化学物質や生活習慣)との因果関係の違いを明確にできないからです。しかし、いろいろな調査によって影響がわかってきた部分もあります。国際放射線防護委員会(ICRP)の見解では致死癌に至るリスクの増加量として1シーベルトあたり5%としています。(ただし、胎児や子供はこの限りでは無く、放射線を浴びた期間や状況にも左右されます。) つまり、10,000人の人が10ミリシーベルト=0.01シーベルトの放射線をある期間浴びたとして、

(10,000人) × (0.01シーベルト) × (5%/シーベルト) = 5人

程度の発癌リスク増加の可能性があるということです。現在の放射線防護に関する考え方はこのようなリスクとの比較が基本となっています。(ちなみに、放射線をまったく浴びなかったとしても、一定の割合で他の要因による発癌のリスクは常に存在しますので、元々おこりうるリスクとの比較も重要です。)

自然からの放射線

 上の方でも書きましたが、我々の身の回りには自然の状態でたくさんの放射性同位元素が存在しています。元々地上にある放射性同位元素以外にも宇宙からは宇宙線と呼ばれる放射線も降り注いでいます。つまり、地上の生き物は常に放射線にさらされて生きています。それでも、すぐに病気になったりしないのは生物自身に放射線による障害から身を守る仕組みが備わっているからです。

 我々が普通に生活していても、宇宙線から年間0.35ミリシーベルト、大地から年間0.4ミリシーベルトを外部から受けています。また、自身の体内からの放射線被曝として空気中のラドンの吸入で年間1.3ミリシーベルト、食物から年間0.35ミリシーベルトを受けています。全部で年間2.4ミリシーベルトですが、これは全世界の平均であり地域差もかなりあります。日本では平均年間1.4ミリシーベルト程度だと言われています。

 このように年間1ミリシーベルト程度の自然放射線の変動は地域差でも十分おこりうる現象なので、この程度の放射線被曝は健康に影響を与えないと考えられています。従って、ICRPの勧告では人工的な放射線であっても年間1ミリシーベルト程度は公衆に対しても許容できるとしてします。

リスクに対する評価と基準

 結局、放射線被曝に対する安全性の評価はおこりうるリスクと比較して、どの程度まで許容できるかをその都度判断するしかありません。放射線業務従事者であれば、他の危険作業従事者とのリスクを比較して年間50ミリシーベルトを限度としていますし、妊婦や子供に対するリスク評価は別の観点から論じなくてはなりません。よく報道などでは今回の事故に対する被曝線量に対してレントゲン撮影やCTスキャンの何回分という言い方をしていますが、このような比較自体はあまり意味はありません。レントゲン撮影などは単に放射線を浴びるだけではなく、それによって診断を行い病気の治療に役立てることによるメリットが生じます。そのメリットと放射線を受ける事によるリスクを比較してメリットの方を選択している訳です。今回の原子力発電所の事故による放射能汚染に対するリスクの評価は非常に難しいですが、原子力発電所から得られる利益と比較して我々がそれをどこまで許容できるのかを社会全体で論じる必要があります。

単位について

 最近の報道で混乱が生じている事について注意を促したいと思います。放射線量の測定値でシーベルトという単位が頻繁に現れますが、通常測定されている量は一時間あたりの放射線量です。先ほどから出てきている放射線量はすべて年間であったり放射線の総量です。これらの量を比較するためには、その放射線を浴びていた時間を正しく考慮する必要があります。レントゲン撮影との比較の話もありましたが、レントゲン撮影で受ける放射線の量は1回あたりの量になります。これも単位時間あたりの量と1回あたりの量を比較しても意味がありません。例えば、1時間あたりの放射線量がレントゲン1回分の10分の1であったとしても、その場所に10時間とどまっていれば同量の放射線量、100時間とどまればその10倍とその総量は大きくなっていきます。(ちなみに、執筆時時点までの東京・神奈川における放射線量の増加量(毎時0.1マイクロシーベルト未満)が仮に1年間続いたとしても公衆に対する許容限度の年間総量1ミリシーベルト以内に十分収まると思われます。)

参考となるもの

 放射線に対するリスクを評価する上で、ICRPによる勧告や、その勧告をもとにした電離放射線障害防止規則が参考になります。例えば、今回、厚生労働省から提示された飲料水における摂取制限に関するヨウ素131の指標値の1kgあたり300ベクレルという暫定規制値ですが、このヨウ素131の300ベクレルというのがシーベルトでいってどれくらい人体に影響があるものなのかよくわかりません。しかし、電離放射線障害防止規則の関連告示の別表第1(3)によると、経口摂取した場合における実効線量係数がヨウ素131(131I)に対して2.2×10-5=0.000022 (ミリシーベルト/ベクレル)とあります。これから、300ベクレルのヨウ素131が含まれた水1kg(1リットル)摂取すると、

(300 ベクレル/kg) × (0.000022 ミリシーベルト/ベクレル) = 0.0066 ミリシーベルト/kg

すなわち、その汚染された水をおよそ152リットル摂取すると総被曝線量として1ミリシーベルトに相当する量という事がわかります。(ただし、これは水だけを摂取すると仮定した場合なので、他の汚染された食品も同時に摂取している場合は許容できる量はもっと少なくなります。)

 この評価はあくまで目安であって、実際には摂取した人の性別や年齢によっても左右されます。しかし、こういった単位の換算についてある程度の知識を持つことは、自分や身近な人に対する放射線のリスクを正しく理解する上で大変重要です。

(2011年3月)

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