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No.54 放射線に対する基本的知識 その2
太田和俊、黒田正明、鶴貝達政 記はじめに前回のエッセイで福島第一原子力発電所でおきている事故に関連して、放射能と放射線に関するエッセイを掲載しましたが、教員の方々から様々なご意見とご質問をいただきました。前回の内容では、用語に関してあまり細かい説明無しに使ってしまった点が多かったため、今回はその2として用語に関する補足と、お寄せいただいた質問に対する答えを記載してみたいと思います。 原子と元素我々が日常使っている「水素」、「酸素」、「窒素」、「ウラン」といった言葉は、元素名(元素を識別するための名前)です。これに対して、最近新聞によく出てくる「ヨウ素131」とか「ウラン235」というのは、原子名(原子につけられている名前)です。原子名には元素名の後に数字がついていることに注意してください。このように、原子と元素は違うのですが、しばしば混同して使われています。 原子の構造は正の電気を帯びた原子核とその周りにある負の電気を帯びた電子から構成されています。原子の中心部にある原子核は、何個かの陽子と何個かの中性子が結合してできた複合体です。 陽子は正の電気を帯びていて、電子の負の電気の量と符号を除いて同じ大きさの電気的な性質を持っています。中性子は名前のごとく、電気的に中性ですから、普通の(イオン化していない)原子では、電子の個数と陽子の個数は同じになります。原子核の中に何個の中性子があるかは、電気的な論点からはきめられないのですが、多くの原子では陽子の個数と同じくらいか、その倍くらいまでの中性子が原子核の中に入っています。 元素名は、この陽子の個数Z(電子の個数と同じ)に注目してつけられています。陽子が1個ある元素は「水素」、2個ある元素は「ヘリウム」、6個ある元素は「炭素」と呼びます。福島の原発事故で騒がれているヨウ素は、原子核に53個の陽子を含み、ウランは92個の陽子を含みます。化学反応の性質は主として原子の外側を運動している電子の個数(陽子の個数に等しい)で決まってくるので、元素名だけで化学的な性質のいろいろなことが説明できます。 これに対して、原子を特定するには原子核にある陽子の個数Zのほかに、中性子の個数Nも特定しなければなりません。「ヨウ素131」という原子は53個の陽子と78個の中性子からなる原子核を持っています。「ヨウ素134」は53個の陽子と81個の中性子からなる原子核を持っています。すなわち、原子名に出てくる数字は原子核にある陽子と中性子の個数の和Z+Nを表しています。 中性子は陽子よりすこし重いのですが、その差は0.1%ほどですので、陽子と中性子はほぼ同じ重さです。一方、電子の重さは陽子の約2000分の1程度と非常に軽いので、原子の重さはほとんどを原子核が占めています。従って、Z個の陽子とN個の中性子からなる原子核を持つ原子の重さは、陽子1個の重さのほぼZ+N倍です。たとえば、ヨウ素131 1個の重さは陽子1個の131倍あり、ウラン235 1個の重さは陽子1個の235倍あるわけです。 同位体(アイソトープ)このように、元素には、陽子の個数が同じでも、中性子の個数が異なる原子が混ざっています。同じ陽子数でも中性子の個数が異なる原子をたがいに同位体であるといいます。同じ元素の同位体は、同じ個数の電子を持っているので、その化学的性質は皆同じです。同位体のうち不安定で放射線を出して別の原子に変わるものを放射性同位体と呼びます。例えば、放射性同位体である「ヨウ素131」はβ線(電子)をだして半減期8.02日で安定な「キセノン131」になります。また、「セシウム137」もβ線を出して半減期30.17年で安定な「バリウム137」に変わります。 原子炉の話ウランは厳密に言えば不安定な元素です。自然界にはウラン238が99.27%、ウラン235が0.72%、ウラン234が0.005%あります。ウラン238は半減期44億年、ウラン235は半減期7億年、で放射線を出しながら、ゆっくり少しずつ別な原子に変わっていきます。(ちなみに、地球の年齢はおよそ46億歳です。) 半減期がこんなに長いので、ほとんど安定とみなしてよく、「安定同位体」に分類されています。こんなにゆっくりしか反応がおこらないのでは、原子炉の燃料にはなりそうもないと考えたくなりますが、実際は、ウラン235が原子炉の燃料として使われます。それは、ウラン235の原子核が速度の遅い中性子を吸収すると、急に不安定になって2個の原子核に壊れる(分裂する)からです。このときに熱と、複数個の中性子を放出します。放出された中性子が周りのウラン235に吸収されると、上に述べた反応が継続的に起こるようになります。これを連鎖反応と呼び、連鎖反応が一定の割合で続く状態を臨界といいます。そこで、ウラン235とウラン238を混合して棒状に焼き固めた燃料棒と、核分裂から出てきた中性子を吸収して中性子の量をコントロールする制御棒を組み合わせると、連鎖反応をとめたり、激しく反応させて大量に熱を発生させたりすることができるようになります。これが原子炉の原理です。核分裂が連鎖的におきている場合(臨界状態)には大量の中性子が発生するので、中性子の量を調べる事で連鎖反応がおきているかどうか知ることができます。 福島第一原子力発電所では地震発生直後には緊急事態に対する措置として、すべての制御棒を燃料棒の間に挿入しすべての核分裂の連鎖反応を停止しました。まず、この点が核分裂の連鎖反応が制御不能になって暴走し爆発した1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故と異なる点です。現在、事故の対応として大量の注水を行って原子炉の熱の冷却を試みていますが、この熱は核分裂の連鎖反応によって生じた熱ではありません。核分裂をおこして運転している原子炉の中では様々な核分裂生成物が大量に発生し、そのほとんどが放射性同位体です。その大量の放射性同位体が崩壊して放射線を放出するときに熱を発生します。その熱を崩壊熱といいます。この熱は原子炉を止めてから数週間で運転中の発熱量の1%未満まで低下しますが、それでも大きな原子炉では数メガワット(数百万ワット)ほどの熱を数年にわたって出し続けます。そのため何もせずに放置すればその熱が蓄積し、燃料棒を包んでいる被覆管や原子炉そのものを破壊する危険が生じます。残念ながら現時点で多くの燃料棒がこの崩壊熱によって損傷を受けていると考えられていますが、なんとか冷却しそれ以上の破壊を防ぐ必要があります。この冷却のプロセスが終了して、核燃料が完全に冷えるまでには、年単位の時間が必要になります。 原子炉と原爆のちがい原子炉も原子爆弾もウラン235の連鎖反応を利用しているという点では、原理は同じですが、ウラン235の濃度に大きな違いがあります。原子炉では燃料棒にウラン235が4%ぐらい含まれています。残りの96%以上はウラン238です。これに対して、原子爆弾では、ウラン235の割合が70%以上が必要で、実際の爆弾では90%ぐらいと言われています。あまりウラン235の割合を高くすると、連鎖反応が暴走する恐れがあるので、原子炉に使う燃料棒のウラン235の割合は4%ぐらいの低い値に抑えられているのです。ですから、原子炉で使われる様な核燃料では原子爆弾のような核爆発をおこすことはできません。一方、原子爆弾では運搬中等に連鎖反応がおきないように、ウラン235を低密度の状態にしておき、爆発させる時は爆縮によって圧縮して高密度にし、一瞬に連鎖反応(超臨界状態)が起こるようにします。 プルトニウムプルトニウムは原子核に陽子を94個含む元素のことです。数種類の同位体がありますが、ウランを燃料とする原子炉から発生するのはプルトニウム239、プルトニウム240などです。原子炉の燃料棒はウラン235とウラン238の酸化物の混合物ですが、上に説明したようにそのうち燃料となるものはウラン235です。燃料棒には濃縮されたウラン235が4%ぐらい含まれています。残りの96%を占めるウラン238が中性子を吸収すると、ウラン239となり、電子を2回出してプルトニウム239となります。このプルトニウム239が中性子を吸収するにつれて、プルトニウム240、さらに241、242となります。この反応はペレットと呼ばれるウラン燃料を焼き固めた燃料棒の内部で起こるので、ペレットが損傷を受けていなければ、プルトニウムがペレットから外に出てくることはないはずです。プルトニウムが原子炉の外で検出されたということは、原子炉の燃料棒が壊れていることを示しています。ペレットはジルコニウム製の被覆管で覆われているので、被覆管自体も損傷していることになります。 プルトニウムはMOX(混合酸化物)燃料として、福島第一原子力発電所3号機に使われています。ウラン235を使用する原子炉で使用済みになった燃料棒に残ったプルトニウムを再処理して二酸化プルトニウムを数パーセントに濃縮すると(残りは主にウラン238の二酸化ウラン)、普通の原子炉で燃料として使えるようになります。このような原子力発電の方法を日本ではプルサーマルとよんでいますが、この言葉は和製英語で、国際的には通用しません。使用済みの燃料棒から、燃料となるプルトニウムを取り出して再利用すると言う意味で環境に良いといわれていますが、さまざまな技術的問題があることも知られています。 プルトニウムは原子爆弾の材料にも使われており自然界にほとんど存在しないため、その危険性(毒性)が大きく取り上げられる事が多い元素です。しかし、その毒性の評価については意見が分かれています。プルトニウムの崩壊によって生じる放射線はα線であり、物質に対する作用が大きい放射線である代わりに簡単に遮ることができます。従って、プルトニウムが体の外にある場合にはほとんど危険性はありません。問題は体内に取り込んだ場合ですが、体内でα線を出し続ける放射性同位体は、α線の近距離での人体に対する作用が非常に大きいために危険性が増します。しかし、空気中に普通に存在し呼吸によって取り込んでいるラドンもα線を出す放射性同位体であり、この意味でプルトニウムだけが特別危険である訳ではありません。また、体内でのプルトニウムの化学的毒性や蓄積を問題にする場合もありますが、現時点の知識においてプルトニウムが他の放射性同位体や化学的毒性の強い重金属に比べて人体に対して何か特別大きな作用を持っているという証拠は特にありません。放射性物質の危険性を語るとき、プルトニウムが大きく取り上げられる事が多いためどうしても注意が向いてしまいがちですが、プルトニウムの危険性にとらわれるあまり、他の放射性同位体の危険性の評価をおろそかにする事は避けたいものです。 (2011年4月) |