5.浮遊感

 昔から、動物園より水族館派だった。動物園は夏は暑いし、冬は動物が小屋に入って寝てしまっているし、様々な種類の動物が隣り合わせで同じような網の中に入れられて並んでいるという形態がなんだか怖かった。動物ににらまれているように感じてしまっていた。それもあって私は水族館が好きだった。季節関係なく快適だし、光が魚にあたってきらきらしていて、水がゆらゆら揺れるのを眺めているのも好きだった。魚たちは小さな水槽に入れられているけど、自由に泳いでいるように見えて気持ちがよかった。私がこの水がゆらゆら揺れる浮遊感に興味を持ったのはいつからだったろう。気付いたらそれは、覚えているわけではないのに、自分がおなかの中にいたころの安心感として認識されていた。

 私は、水族館で感じることのできるような、ぷかぷかしている浮遊感というものを、自分のする表現として利用することが多かった。友人と女子三人でグループ展を行ったとき、共通のテーマは、女子だったということから「恋」だった。三人それぞれが考える恋に対する考え方やイメージを表現しようとした。「恋」というテーマのもと、女子が世界を見ている視点を表現しようとした。私はここで、浮遊感というものをキーワードにした。というのも、私は恋というものは、感情の奥のほうから感情が発せられる表層まで、階層的に感情が変化していくようなイメージを持っていたからだ。胸の奥には、嫉妬や独占欲、どろどろした気持ちを持っているが、「恋」をしているときはそれ以上に、好きな人のことを考えるだけで幸せになれるような、ふわふわした気持ちも持っているのではと考えたし、そうであってほしいと思ったのだ。その階層的な気持ちの深さを、海に例え、私は大好きな水族館で撮った写真を中心に飾った。このようにして、浮遊感というものを私はとても肯定的にとらえ、考えたり、表現したりしてきたのである。ぷかぷか浮かぶことや、きらきらと、ゆらゆらと揺れる水面、その穏やかさに身を任せる心地よさに惹かれているのである。

(画像2。展示をしたときの写真。右の部分が深い海をイメージしたもの。)