②歌うこと

 私は、歌うことが好きだ。しかしいつから好きだったのか、という質問に私は明確に答えることが出来ない。少なくとも幼稚園に入った頃には、もう歌うことが好きだった。私自身は覚えていないことだが、時や場所を気にせずに急に大きな声で歌いだすので、困ることが多かったという話を親から聞いたことがある。中学で経験した声変わりは、私に絶望を与えた。このままでは自由に歌が歌えない。そう考えた私は高校からボーカルのレッスンに通い始めることとなる。

 何故ここまで歌が好きなのだろうか。何故人に習ってまで上手く歌を歌いたいのだろうか。歌い手は、歌を通して自分を表現する。ある時は自分の経験と重ねて、またある時は詩の中の主人公として、自分の中に湧きあがる感情に陶酔する。そして、言葉として発することでそれは自分の中から外の世界へと広がっていく。発せられた言葉は、旋律にのせられることでさらに深く、感情的に表現される。

 私はこうして歌を通して何かを表現することが好きなのだろうと思う。日常生活の中で経験することから、人には様々な感情が生まれ、やがて消えていく。その繰り返しの中、やがては忘れてしまう、あるいは薄れていってしまう一時の感情をただなすすべなく見守るのでなく、歌として表現することで、何かしらの形にしたいという気持ちがあるのだろうか。激しい感情が沸き上がった時、私はそれを自分の中に留めておけず、外に放出したい、という強い気持ちに駆られる。歌はそのための手段なのかもしれない。

 この点で、歌は演劇と似ていると言えるだろう。舞台上の役者のように、歌い手はステージ上で普段の自分ではない誰かとなるのである。その精度を高める為には、技術もそれ相応のものでなくてはならない。歌の上達を求める気持ちはきっとここから来るものなのだ。 自分でないものになる感覚。それが歌を歌うことによって得られる報酬である。私はそのために、これからも歌い続けるだろう。