第3回 (2007年5月26日)

『時間をめぐる豊かさと貧しさ』

西本 郁子

 コンピューターにインターネット。あるいはジャスト・イン・タイム方式。作業速度をまし、時間の節約を約束する機器やシステムに囲まれていながら、私たちの毎日は、なぜ、このようにせわしないのでしょうか。時間をめぐる謎がここにあります。節約された時間は、いったい、どこに消えてしまったのでしょう。

 あわただしさや社会の加速感は、じつは必ずしも現代に生きる私たちだけが感じることではありません。また日本ひとりが抱え込んでいる問題でもありません。今日は皆さんとともに、このあわただしさの体験を歴史、とくに19世紀後半以降における社会の変遷のなかで考えてみたいと思います。日本はこの間にどれほどの変化を遂げたのか。その軌跡を私たちの体験と比較し共通点を見出すことで、あわただしさのその正体を明らかにし、私たちひとりひとりにとっての豊かな時間のあり方やイメージといったものを思い描くことができれば、と思います。

  明治には、加速する日本社会に危機感をいだく作家も少なくありませんでした。その代表ともいえるのが夏目漱石でしょう。一方、明治期に来日した欧米人の多くは、これとは対照的な見方をしています。アーネスト・サトウ、バジル・H・チェンバレン、エドワード・E・モースらが書き残した文章を今日読むと、これが日本の姿なのかと驚嘆するようなことばに満ちています。日本人の行動はのろく、社会のペースはゆったりとしているというのです。実際、19世紀後半のイギリスやアメリカからは、加速する社会についての悲鳴や警告が聞こえてきます。「突然死」の恐怖が襲い、神経衰弱という新しい病が社会問題として話題にもなりました。それもそのはず。鉄道や電信・電話など、時間を劇的に短縮する発明が社会に広まった時期でもありました。欧米社会は相次ぐ技術革新を迎え、新たな時間の次元に突入していたのです。

  そのような社会からやってきた旅行者たちは、日本人に接してその振る舞いにとまどい、ときに苛立ちさえおぼえもしましたが、また同時に、彼ら自身の社会をふりかえったとき、ある種の健全さを日本に見いだしもしました――仕事で余裕のない西洋人は、日本のゆったりとしたペースから休養のしかたを学ぶことができる。かつての日本は、経済競争に明け暮れる、せわしない欧米社会を映しだす鏡でもあったのです。

西本 郁子(にしもと いくこ)先生のプロフィール−

専門分野

 社会思想史、時間論

論文・著書
「過労死、または過労史について」栗山茂久/北澤一利編著、『近代日本の身体感覚』、青弓社、2004年
『時間意識の近代−「時は金なり」の社会史』、法政大学出版局、2006年