第5回 (2009年6月6日)
猪瀬 浩平(明治学院大学教養教育センター専任講師)

グローバル化とそれが一面でもたらす文化の均質化の中で、人が生き、交わり、そして死んできた<情景>が、いつしかただ通りすぎて眺めるだけの<モノ>に変わっていく。市場原理の<交通>が、ますます便利になり、ますます速く出発地と目的地を結ぶ。気づけば出発地も、目的地も同じような景観となり、気づけば目的地で出会う人々も、出発地で出会う人も、ごく限られたものになっている。その傍らに、声なく潜む人々の存在を予感することもなく。
農とアートということを考えるようになって、まだそんな時間は経っていないのだけれども、そのときに常に頭にあるのは、「はたらく」ということだ。
傍(はた)が楽になることで、はたらく。人と動くことで、働く。本来、人や自然との交わりの中にあった「はたらく」という営みが、いつの間にか単に「お金を稼ぐこと」になってしまっている。その「はたらく」ということを、もう一度多くの事柄に開いてみれば、おのずから美しさや楽しさが生まれる、そんなことを考える。
はたらくことが、おのずからアートとなる。農業を通じて、様々な人やものと出会う。8年ほど前から、埼玉県の一角にある見沼田んぼ福祉農園で農業を始め、それが生活の一部となり、その中で出会った多くの人ともののことを思う。8年前草取りが追いつかない夏草との戦いの中で、旧友を農園に誘った。出来る限り多くの人に農業がしたいから、新しく出会った人を農園に引き込んだ。家族がいて、旧友がいて、新たに出会った人がいて、自分でやってきた人がいた。その中には、障害のある人や、老人、子ども、外国人など、さまざまな人がいた。それらの人々が深く交じり合う中で、自分にとっていつしか過去と現在、家族と他人、障害者と健常者の区分に意味がそれほど大きな意味がなくなった。
農業を通じて、様々なものが生まれる。堆肥を入れて、耕運機をかけた。水はけが悪いから、穴を掘って、竹と粗朶を埋めて暗渠をつくった。そのうちに、腕や胸が少しだけ分厚くなった。錆付いた鎌を研ぐように、磨耗してしまった感覚を、日々少しずつ磨き、その少しだけ磨かれた感覚で土や風と対話する。
野菜つくるにしても、イベントをつくるにしても、総ては「その先」にある。その前に土作りがあり、道具の整備があり、はたらく身体づくりがあり、それを支える関係づくりがある。行動まことの表情あれば演劇をなし
節奏あれば舞踊となる(宮沢賢治「農民芸術概論」)グローバリゼーションの中で均質化される風景の中で、さまざまな人と人とを結びつけるメディアとして「場所」を捉え、農的な営みによって多様に彩り、「場所の力」を恢復する。そこに生まれる情景こそが、ひとつの限界芸術であり、アートであろう。
そんなことを頭にいれながら、見沼田んぼ、恩間新田、静岡興津、大阪釜ヶ崎、そして戸塚など私が関わる場所について物語りたい。
−猪瀬 浩平(いのせ こうへい)先生のプロフィール−
専門分野文化人類学・ボランティア学
論文・著書「障害者であっても、地域であたりまえに生きる:共育共生運動から、福祉農園開園までの人々の物語」横須賀俊司・松岡克尚(編著)『支援の障害学に向けて』現代書館、2007年 「“偶発”的解体、“偶発”的連帯(上):1988『埼玉県庁知事室占拠事件』における非=同一性」『社会臨床雑誌』16(1)、2008年、50−57頁 「“偶発”的解体、“偶発”的連帯(中):1988埼玉県庁知事室占拠 マツリのようなたたかい」『社会臨床雑誌』16(1)、2008年、50-57頁
「障害:健常/障害の境界を揺るがす」春日直樹編著『人類学で世界をみる:医療・生活・政治・経済』ミネルヴァ書房、2008年、111-125頁
「“偶発”的解体、“偶発”的連帯(下):1988埼玉県庁知事室占拠 共に生きるという怨念、共に生きるというマツリゴト」『社会臨床雑誌』16(3)、2009年、152-160頁