99年4月

4月26日

 モナシュ大Unionにある古本屋を中心にちょこちょこ古書を買いあさる。と言っても別に稀覯本をあさっているわけではない。基本的なものを安く手に入れようというだけだ。それに思わぬ拾いものがないでもないし。
 で、最近SFも少し古本で買ったりしている。先月紹介したWilhelmの奴みたいに、既に翻訳で読んだものの原書ペーパーバックを買っている。私は語学が苦手で、小説を読むための語彙はかなり弱いから、その辺を鍛える意味もかねているのだ。
 そんな中で、新刊書店でJoe Haldeman, The Forever War, Milleniumなるタイトルを見つけて手に取った。もちろん翻訳ジョー・ホールドマン『終わりなき戦い』(風見潤訳、ハヤカワ文庫)で20年ほど前に読んでいる。SF Masterworksなる古典SF傑作シリーズの1冊ということで、ラインナップを見るとなかなか渋めのツボを押さえた選択で、Olaf Stapledon, Last and First Menの復刊なんかポイント高い。で、表紙をめくるといろいろ書評の抜粋とかが並んでいるのだが、まず現在イギリスで大人気というSF作家Peter Hamiltonが「完璧に近い」とかまし、ついで今やホラーの人だが60年代には一時代を築いたトマス・ディッシュが「本書はピュリッツァー賞に値する。なぜなら本書は『キャッチ=22』ジョーゼフ・ヘラー、ハヤカワ文庫)が第二次世界大戦についてやったことをヴェトナム戦争について成し遂げたからだ。」と来ている。いくら何でもそりゃ誉めすぎだろう? と思って更にめくってAuthor's Noteを見るといきなり「これはThe Forever Warの決定版である。」と書いてある? なんだそりゃ? 
 急ぎすぎたので説明しよう。この本はヴェトナム帰還兵である著者によって1970年代前半に書かれ、アメリカのSF雑誌Analogに分載され、1974年に単行本化された後、アメリカの2大SF賞、ヒューゴーとネビュラの長編部門を受賞した。ヴェトナム帰還兵によるヴェトナム戦争についてのカリカチュア、反戦SFとして話題になり、ミリタリズムSFの代表とも言うべき、50年代にやはりヒューゴー賞を取ったロバート・ハインライン『宇宙の戦士』(矢野徹訳、ハヤカワ文庫、映画『スターシップ・トゥルーパーズ』の原作)としばしば比較されている。
 物語は20世紀末、ブラックホールを利用した恒星間宇宙航行技術(いわゆる「ワープ」の類と思ってくれ)が開発され、国連主導で宇宙植民が開始された時代に始まる。外宇宙で人類は異星人トーランと接触し、訳も分からないまま、コミュニケーションもとれないままにトーランとの全面戦争にはいる。しかもこの戦争は、恒星間宇宙を股に掛けるだけに世紀単位でしかことが運ばない。まさに「終わりなき戦い」である。更に現場の兵士たちにとっては事態はいっそう過酷である。ブラックホールからブラックホールへと瞬時に空間を超える旅とはいえ、その合間は準光速で空間を普通に移動するから、相対論的効果によって、宇宙を旅する兵士たちは、地球や他の惑星上で普通に暮らす人々に比べてほんのわずかしか歳をとらない。主観時間で1,2年の兵役を終えて故郷に帰還すると何十年かが過ぎていて、知己は皆老いるか死ぬかして、自分だけが時代遅れの存在になって、どこにも居場所がない。それゆえ少なからぬ兵士たちは、恐るべき消耗率(戦闘1回あたりの生存率3分の1!)にもかかわらず、やむを得ず再志願して戦場に戻っていく。
 主人公は第1世代の兵士として徴兵され、トーランとの最初の地上戦を経験して地球に戻り、いったん退役するも、地球で自分の居場所をみつけることができず、結局再志願して戦場に戻る。しかし戦友にして唯一の同世代、同時代人であった恋人とも、ついには別々の部隊に配属されて引き離され、何一つ守るべきもの、頼るべきものもないまま、部隊指揮官として最前線基地設営に派遣される。そして来るべくして来たトーランとの過酷な戦闘は、敵を全滅させるも基地は壊滅、部隊は崩壊という結果に終わる。そしてわずかな生存者と共に数百年の時を経て帰還した彼を迎えたのは、戦争は既に終わっていたという苦い喜びと、やはり生き延び、更に相対論的効果を利用して待っていてくれた恋人であった。
 作者は物理学を学び、エンジニアとして従軍しただけあって、戦闘のみならず宇宙航行、土木作業、医療、部隊の行政管理等、架空世界の軍と戦争のディテールを地味なタッチで着実に描いている。……が、言ってみればそれだけの本である。欺瞞によって始まりディスコミュニケーションによって1000年続いた戦争が、コミュニケーションが可能になったらあっさりと終わってしまうというあたり、泥沼化したヴェトナム戦争への悪意を感じるし、相対論的効果による、兵士たちの「時代の孤児」化はヴェトナム帰還兵を見舞ったショックと孤独を明らかにデフォルメしたものである。しかしそれだけのことだ。甘ったるいメロドラマ的ハッピーエンドは措いておこう。戦争の真相の問題があっさりやり過ごされて物語のテーマとならないことは、一兵士の物語である本書にとって必ずしも欠点にはならない。しかし地球へいったん帰還するエピソードがあっさりと薄っぺらであることは、致命的な弱点である。それに比べれば、キチガイじみてかつ幼児的な『宇宙の戦士』のスパルタ的ミリタリストのユートピアの方が、リアリティと迫力を有しており、それを総体としてより優れた作品たらしめている。
 ……と、この原書に出会うまでは思っていた。ところが、そうではなかったのだ。著者ホールドマンによるとAnalog誌に連載され後に最初に単行本化されたヴァージョン、日本語版の底本は、発表前の原型とは異なっていた。まさに問題の、主人公が最初の兵役を終えて地球にいったん帰還するエピソードが、原型とは全く別の、よりポジティヴなものに書き換えられていたのだ。捨てられたエピソードは別の雑誌に掲載されただけで、市場には90年代初頭まで、書き換えられたヴァージョンの単行本のみが出回っていた。
 初出版では主人公たちが帰還した故郷、四半世紀後の地球は国連による統制が徹底した福祉的管理社会で、人口の半分は失業して生活保護で喰っている。住みよい世界ではないが地獄の戦場に戻るほどではない。エピソードを締めくくる、主人公の老いた母親が医療保障の対象外になったため治療を受けられず肺炎で死ぬ話は、かなり唐突である。
 これに対して原型では、地球は人口過剰による食糧難にあえぎ、通貨は「カロリー」で、自給農業が政策的に奨励されている。人口の半分が失業、という点は変わらないが、その雇用の半分は戦争で生み出されている。失業者は生活保護では充分に食えず、耕作可能地は軒並み田畑になってしまった田舎のコミューン(といっても労働キャンプのようなもの)で自給農業に従事する。都市部では自給農業には頼れないため、違法ブローカーが手配するヤミ就労で糊口をしのぐ。要するに戦時統制経済というか、斜陽の計画経済の悪夢である。都市部は犯罪の温床で、人々は武装なし、ボディガードなしでは外出しない。田舎は少しはましだが、やはり盗賊が跳梁している。
 という具合に、初出のいかにもSF的にステレオタイプ化されたディストピアに対して、原型でははるかにリアルな暗澹たる世界、まさにヴェトナム以後の現実のアメリカ社会のカリカチュアが提示されている。そして何よりも、初出ではほとんど提示されていない、その世界での主人公たちの個人的な不幸、蹉跌が淡々と描かれる。彼らは戦場ではなく、平和なはずの故郷でこそ、誰に命令されるでもなく自分の意志で、人を殺さざるをえなくなってしまうのだ。
 この原型への復元によって、The Forever Warはたしかに一段レベルが上の作品となった。もちろんそれでもなお本書は多くの欠点を有している。たとえば、21世紀頃から同性愛が人口統制を主目的に政策的に奨励されはじめ、数百年後、主人公が指揮官となる時代には人類ほぼすべてが同性愛者となり、彼の部下もすべてが同性愛者になっている、という展開などには同性愛恐怖の匂いが濃厚であって今では素直に読めない。それでも、原型=現行版での地球への帰還のくだり、主人公の母もまた同性愛者となっていた話などは、メロドラマとはいえ捨てがたいものがある。更に、軍隊における完全な男女平等、現場の戦闘員、歩兵にまで半数の女性がいる軍隊を30年近く前に活写しているあたりは、今読んでも強烈なSF的リアリティがあり、今日のフェミニスト批評にも充分に堪えるものとなっている。結論的には、この原型への復帰によって、たしかにThe Forever Warは『宇宙の戦士』を超えた、と言ってよいだろう。そしてまた、ヴェトナム戦争文学の先駆としての価値も主張できるのではないか。
 ホールドマンの他の作品は『終わりなき戦い』のあとは70年代の2長編『マインドブリッジ』(講談社文庫)『さらば、ふるさとの惑星』(集英社)、そして90年代初頭にメタSF『ヘミングウェイごっこ』(福武書店、またも2大SF賞受賞)が紹介されているが、いずれも入手困難であり、『終わりなき戦い』も時たま重版される程度である。しかし97年の久々の本格SF長編の新作、三度目のヒューゴー賞を彼にもたらしたForever Peaceが今年創元SF文庫より翻訳刊行の運びとのこと。The Forever Warのストレートな続編ではないが、題名が示唆するとおり共通するテーマを扱った戦争SFである。そして現在ホールドマンはThe Forever Warのストレートな続編であるForever Freeを執筆中とのこと。楽しみに待ちたい。

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