99年8月

8月22日

 まず訂正。5月に紹介したピーター・シンガーのマルクス論は翻訳出てます。『マルクス』(重田晃一訳、雄松堂出版)。まだ在庫があるかどうかはわかりませんが、紀伊国屋Bookwebではヒットしました。よく見たらシンガー『実践の倫理』(昭和堂)の解説の著作リストにも載ってるやん。失礼しましたー。

  今月31日にメルボルン空港をたち、翌日には関空……日本です。
 あんまり帰りたくないけど、もう金もないし、こっちで仕事を見つけられるほど英語もできないし、何よりオーストラリアの大学もリストラの嵐で結構きつそうだし、ということで帰国です。珍しくゼミ生がたくさん来たので、しばらくは岡山でおとなしくお勤めしますが、来年もできれば夏はこっちに逃げてきたい。それで、『ナウシカ解読』の英訳を手始めに、少しずつ英語の業績も稼いでいきたいところです。日本の歴史小説とSFを素材にした比較ユートピアニズム論、だったら日本でも英語圏でもそれなりの市場はあるんじゃないかな。現在のカルスタ主流のポストマルクス主義から意識的に距離を置いて、分析的にきちんとしたものにしたい。
 この1年子守に追われてろくに勉強した記憶はないのだが、版元のきびしいせっつきもあって本は無理矢理出したし、語学学校にも通えず会話力はろくに向上してもいないのだが、それでも無茶を承知で授業に出たし、セミナーを2回もやったし(原稿読み上げだけじゃなくて質疑応答もかなりやった……無理矢理英語で)、で、端から見ると「実りの多い年」に見えるんだろうな。
 まあ実際楽しい1年だったし、ここは私の知る限りの日本よりはずっと住みやすい。自然環境は豊かで、犯罪も日本よりは多くても(まあこれからどうなるか)欧米よりはずっと少なく安全で、少なくとも都市部は多文化社会でよそ者に寛容な土地だ。よく「英国文化圏の土地は食い物がまずい」というがここはイタリアン、グリーク、それにエイジアンのおかげで、それになにより食材の豊富さと安さのおかげでそんなことないし、地元の子ども番組や絵本ではごく当たり前にヨーロッパ系、アジア系、アボリジナルのキャラクターが混在している。娘の通う保育園も、子どもも保護者もスタッフも他人種他民族混在でもう何が何だかわからない。ジェンダーフリーの水準も高い。(その割には女の子は結構フェミニンなのだが。)で、そういう雰囲気が非常に楽なのだ。物事のルールとかけじめははっきりしているのだが、そのルールが日本と違って見通しがよくてあまり苦にならない。それにその基本を押さえておけばあとは割と何してもよいという感じである。夏の暑い中、エアコンなしのバスが前方扉を開けて走っているのは壮観であるし、そもそも各運転手はだいたいみんなそれぞれラジカセを持ち込んでめいめい好きな音楽をかけている。
 それから、ちょっと話は違うがどこに行ってもBaby Changeがあるし、乳母車でバスや電車に乗っても全然問題ないし(車椅子は当然だ、何しろ商業ベースで車椅子タクシーがごくありふれている。それどころか電車は犬や自転車の乗り入れもラッシュ時以外はオッケーである)、そこらの10代の男のガキでも赤ん坊に非常にフレンドリーである。
 もちろんここにはここ固有の問題がある(多少は気付くこともある。この国にもOne Nation Partyという排外主義政党があるし、若年失業率が高いせいか若者の自殺が先進国中ではかなり多い方だし、若者の間でのドラッグの問題もあるし、また、移民コミュニティの中での世代間ディスコミュニケーション、例えば英語が第一言語の孫と祖父母の間でうまく話が通じない、とか)のだろうが、そういうのってちゃんと定住してみなければよくはわからないからな。

  性懲りもなくというほどではないが本買ってますよ。おなじみ(と言うほどでもないか?)Michael Walzerの講義録On Toleration, Yale U.P.とか『意図と行為』(門脇俊介・高橋久一郎訳、産業図書)のMichael E. Bratmanの論文集Faces of Intention: Selected Essays on Intention and Agency, Cambridge U.P.とか。後者では行為理論の相互行為理論への拡張の試みがなされている。ジョン・サールも「心の哲学の次は社会哲学だ」みたいなことを言ってますな。
 9月には塩川伸明氏の大著『現存した社会主義』(勁草書房)が出ますね。


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