99年9月

9月29日

 岡山は蒸し暑い。

 また訂正から。デヴィッド・ヘルド『民主政の諸類型』(中谷義和訳、御茶の水書房)、昨年の夏に(渡豪前に)翻訳が出ていた。ちゃんと第二版から。基本的な教科書なんだが、高い。学部生に手が出る値段じゃないぞ。

 オーストラリア滞在中にあれよあれよという間に論壇の寵児となってしまった(ことに岩波の『世界』は今この人でもっているようなものだ)金子勝氏、今月は『セーフティーネットの政治経済学』(ちくま新書)と『反グロ−バリズム』(岩波書店)、来月は『思考のフロンティア 市場』(岩波書店)とすごい勢いで仕事をしている。今月の2冊はほぼ同一テーマをやや力点をかえて論じたもので、普通の人はどちらか1冊だけ読めばいいだろう。この間『世界』誌上を中心に行ってきた政策提言の中間総括のようなものである。
 金子氏の議論は歴史や政策提言のレベルではすごく面白いのだが、原理的なレベルに入ってくると時々首を傾げる。要は氏のキー概念である「セーフティーネット」がまだよく理論的に詰められていないのだ。ことにセーフティーネットとモラルハザード、逆選択の関係をきちんと詰めておかないと、主流派経済学との対話が成り立たない。ところがその辺の議論になるとふいに「空中ブランコ」だの「臓器移植」だのといった比喩が飛び出すのはいただけない。議論自体は傾聴に値するものなのだから、比喩ではなく、きちんとした理論モデルを作って語っていただきたい。(もちろん数理モデルがモデルの全てではない。)読者の方でも氏の比喩をきちんとしたモデルに組み替える方法を考えてみよう。

 待望久しいマイケル・ウォルツァー『正義の領分』(山口晃訳、而立書房)がようやく刊行された。ロールズやノージックの仕事と並び、現代社会哲学、正義論の代表的成果である。翻訳は少し読みにくいかな。意味がとれないほどではないが。それでもまずはこの大著に取り組んだ訳者の労をねぎらい、異例の安さで市場に供してくれた版元に敬意を表したい。

 来月にはピーター・シンガー『実践の倫理 第二版』(昭和堂)も翻訳刊行される。難民問題や環境問題を扱った章の追加(難民問題についてのウォルツァーの所論が批判されている)や、ドイツで障害者運動などによる抗議行動にあったことについての彼の私見を表明したエッセイ(昔『みすず』に加藤秀一訳、市野川容孝解題でのっていたが、今回は新訳のようだ)などが収録されているので、初版を読んだ人も要チェックである。


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