99年10月

10月31日

 いろいろ不在中に日本で出た本を買っている。ガヤトリ・スピヴァク『サバルタンは語ることができるか』(上村忠男訳、みすず書房)とか、マイケル・イグナティエフ『ニーズ・オブ・ストレンジャーズ』(添谷育志・金田耕一訳、風行社)とか、的場敏博『政治機構論講義 現代の議会制と政党・圧力団体』(有斐閣)とか。
 スピヴァクのは有名な論文の翻訳であるし、イグナティエフも知る人ぞ知るという名著の遅ればせの翻訳であり、内田義彦の業績を思い出しつつ大川正彦『思考のフロンティア 正義』(岩波書店)を参考書に読むと非常によいが、的場氏の教科書もなかなかポイント高い好著である。近年の政治学入門テキストが最新の理論動向の紹介に急であるのに対して、敢えて泥臭く、議会制と政党組織の歴史的発展過程を地道に追うことに主眼をおくこのアプローチは逆に新鮮で非常に勉強になる。やっぱり基本は大事だ。

 しかしそれはさておき、やはりこの秋は誰が何と言おうとも塩川伸明『現存した社会主義 リヴァイアサンの素顔』(勁草書房)である。まだ半分も読んでいないが、20世紀社会主義論の決定版、必読の入門教科書として読み継がれることだろうことは断言できる。と言うか、社会主義体制の歴史的意味の考察を通じて20世紀そのものを総括する書物として、本書はたった1冊(とはいえ600頁を超える大冊だが)で東京大学社会科学研究所『20世紀システム』全6巻(東京大学出版会)を軽く凌ぐ迫力を持っている。
 塩川氏の高い見識については既にここでも簡単に紹介した。後知恵にすぎない「崩壊必然論」と「真の社会主義」の幻を追う「未練論」をともに断ち切り、「かつて確かに社会主義は圧倒的なリアリティをもってそこにあり、簡単に崩壊するとは誰も思っていなかった」という事実の重みから目を背けず、そして何より「その晩期においては社会主義の欠陥はその体制内においても明らかになっており、その克服の試みがなされていたのに、なぜ緩やかな改革ではなくカタストロフが起きてしまったのか」という問いを手放さない氏の議論は、実証史家としての確かな足腰と社会科学全般を見渡す広い視野に支えられ、その鋭さと説得力において他の追随を許さない。文章、構成とも平明でわかりやすく組み立てられていて、残る問題はお値段だけだが、この重厚さからすれば仕方がない、むしろリーズナブルとも言える。


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