緊急アンケート:14歳の中学生に「なぜ人を殺してはいけないの? 」と聞かれたらあなたは何と答えますか
『文藝』37巻 2号 (1998年夏)

稲葉振一郎

 「なぜ人を殺してはいけないの?」と君は聞くけれど、なぜそんなことを聞くんだい? そもそも君は「人を殺したい」って本当に思っているんだろうか? 
 ここでケースを3つに分けよう。(1)君が誰か特定の人を殺したい場合。(2)誰でもいいから、とにかく殺人ということをやってみたい場合。(3)別に自分では誰かを殺したいわけじゃないし、殺人をしてみたいわけでもなく、ただ、なぜ世の中のルールとして「人を殺してはいけない」となっているのかがわからない場合。
 (2)の場合、誰にも、つまりは私にも、君に殺される危険があるということになる! となれば、私は君の邪魔をした方がいい、ということだし、実際邪魔をするだろうね。極端なことを言えば、君はほとんど全人類を敵に回すことになりかねない。それでも人殺しがしたいんなら、やってみるといい。
 (1)の場合はもう少し複雑だ。まず、(a)君の殺したい人が私だったら、また(b)私にとって生きていてほしい人だったら、私は困る。そして君の邪魔をする。だが(c)私にとって別にいてもいなくても関係ない人だったら? 私は君の邪魔をしないかもしれない。でも、きっと別の人が、例えば君が殺したいと思っている当人が君の邪魔をするだろう。
 こうしてみると(3)の場合に私がどう答えるかも何となくわかるよね。つまり「人を殺してはいけない」というルールの背後には多くの人々の「自分と自分の大切な人を殺されたくない」という欲望があって、「人を殺したい」というそれに比べれば少数の人々の欲望とぶつかり合うんだ。で、多くの場合、まさに多数派の方が勝つ、という訳さ。

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