1999年10月28日(木)

 今日の出来事と最近の収穫を箇条書きで(疲れてるんです)。

 勤め先で管理職の職員の人たちを集めてセクシュアル・ハラスメント対策の啓発講演会。僕は商売柄もあって「セクシュアル・ハラスメント人権委員会」のメンバーになっている。今日の役割は、去年やった学生対象の意識・実態調査の結果報告。つねどおり持ち時間をオーバーしてしまった。どうもコンパクトに話をまとめられない。

 夕方、目黒駅前の「ドゥー」という古くて小さな喫茶店で、来月の「日本現象学会」シンポジウムの打ち合わせ。11月は、「TS・TGを支える会」の公開ワークショップというやつでも話をするし、下旬には京大の学園祭で岡真理さんと対談形式の講演をするので、終末はほとんどつぶれてしまう。ほとんど休むときがない。しかしせっかく声をかけてもらうと、なかなか断る気にもなれない。ため息。

 ハードディスク・レコーディング体制を整えるために、いま手持ちのパソコンにあれこれ付け加えるか、それとももう一台買ってしまうか(ボーナスも近い、はず)。TUKAの携帯を、地下でもたいてい通じるというDDIのPHS(エッヂというやつ)に換えるか。ギターをあと5本ぐらい欲しいんだけど、何を最初に買うか。やっぱレスポールか。ああそういえば原稿の締切があったなあ。というようなことを思案しながら山手線に乗って、新宿のTUTAYAに寄る。評判の「フーズ・ネクスト」メイキング・ビデオのDVD版が出ているのを見つける。このあいだもらったDVD割引券を早速使って購入。うれしい。

 このビデオは評判通り、とっても素晴らしい。「無法の世界」のあの前奏と間奏を、ピート・タウンゼントが手引きで再現する姿にじーんとくる。ループじゃなかったんだ。スタジオで、当時のマスター・テープを使って、ギターだけとかドラムスだけとか聴かせてくれる箇所があるのだが、いやまったくキース・ムーンが途方もないドラマーであることを再々認識させられる。しかし何と言ってもお得なのは、最後の方でピートが「無法の世界」を弾き語りするシーンだ。ものすごいパフォーマンスだ。最高にカッコいいジジイだ。みんな、禿げたらぜったい「すだれ」にしちゃだめだよ。アブラもつけちゃだめ。若さにすがりつくんじゃなくて、すげぇジジイになるべきだ。

 このあいだ観た「アイズ・ワイド・シャット」は実によかった。文句なしの傑作。見終わるとぐったりくるんだけど、それはそういうものを観客に与えるのが狙いなのだから仕方がない。ストーリーはくだらない、というか、キューブリックの悪意に満ちた、類型というのも恥ずかしいようなしろもので、でももちろんそれも狙いだから仕方がない。いや、これ以外に言いようがないので凡庸なことを言うが、これはまさしくもう一つの「2001年宇宙の旅」だと思った。(ときたま、あっこれは、と思わせる、ニヤリとさせるようなシーンもあったりする。)愛だかセックスだかはわからないが、そういうようなものからの解放を求めて空虚な一夜の旅をするトム・クルーズは、たいへんうまい。彼はこのしょーもないオデッセイと、それをめぐるエリート美形夫婦の葛藤が、しかしなぜかとてつもなく切ないということを、ちゃんとわかっているように見えた。いや、本当に、せつなくてたまらなくなるような映画だ。

 DVDで久しぶりに「スローターハウス5」。やっぱりよい。これはカード・ヴォネガットの小説をジョージ・ロイ・ヒル(『スティング』なんかを撮った名匠ね)が映画化したもので、原作に非常に忠実なつくりになっている。自分の意志とはかかわりなく過去へ未来へとタイム・スリップしまくる主人公の経験が、ドレスデンの捕虜収容所でのエピソードを軸につぎはぎされる、という内容で、役者も絶妙、そしてヴォネガットのあの自由で哀しく、ちょっぴりスノッブな世界観が実に巧みに映像化されている。これ、僕はもう20年ぐらい前に、なぜか東京12チャンネルで昼間に放映したのを観たような記憶があるんだが、DVDも日本版は出ていないし、いまいち忘れられた作品なのかな。

 前から観たかった『ホテル・ニューハンプシャー』もDVDで観た。こちらは日本語字幕付き。これも原作の雰囲気に忠実なつくりで、とてもよいですね。もちろんエピソードの詰め込み方の密度は低まっているし、原作ほどひりひりした感じがなくて、もっと甘酸っぱいムードの映画になってはいるが、原作の好きな人が失望するということはないと思う。ただ、主人公の少年が物心ついたときから抱きつづけた姉への思いを断ち切るために、ふたりで一日中セックスをやりまくるというあのいちばん重要なシーンは、やっぱりこんなに明るくはないんじゃないかなーという気はした。いや、もっと深刻そうにやれということではなくて、「ああ、これで終わったんだね」という感じにつきまとうあの少し重みのある虚脱感、真夏の真昼にプールから体を引き上げたときのあの重み、耳に水が入ってセミの鳴き声がくぐもって聞こえる瞬間のあの少しだけ死に近づいたような「遠い」感じ(この辺の記述は、inspired by 小松美彦『死は共鳴する』勁草書房)を、原作を読んだときには感じたんだけど、映画の方には(全体のトーンもそうだけど)それはなかったように思えた。

 話題騒然の「カルビー・仮面ライダーチップス」を、僕はまだ見ていない。コンビニで売ってるんですかね。

 山崎まさよしは、歌もギターもうまいですね。歌詞はけっこう実体験に根ざしていて、あの「苦悩のマタニティ」も実話だそうですな。

 デビッド・ボウイの新作は、美しい。フィッシュマンズの最後の(ボーカルの佐藤氏が死んでしまったので)ライヴ・アルバムも良かった。赤坂ブリッツでのAIRのライヴ、演奏はすごく決まってたし、若い子たちはさかんにダイブしまくってたけど、僕はレコードを聴いても感じる距離感をやっぱり感じてしまった。いまいち信用しきれないというか。ロックっぽいうさんくささとは別の意味で。うーん、曲はいいんだけどなあ。

 それから、日本国国家は、もし必要なら、「上を向いて歩こう」よりも、中村一義の「再会」にすればいいと思う。「消えそうだったあの歌を、僕ら、今、歌い出す。」 いいじゃないすか。思いっきりおセンチに盛り上がるぞ。ワールドカップでも必ず決勝に行ける。冬季オリンピックに「君が代」は寒すぎる。あんなの歌わせるからジャンプが途中で落ちちゃうんだ。「再会」であと20メートルは堅いね。国旗もどこまでも青く突き抜ける空をモチーフにしてつくりなおしましょう。だいたい、日本人に「好きな色」をアンケートするとたいてい「青」と「白」が上位なのに、どうしてあんな毒々しい赤い玉が国旗なのだ。なぜか母親が突然送ってきた僕の「大学入学記念アルバム」(受験当日と入学式の風景を集めたアルバム、こんなのあったっけ)を見ると、一橋大学は入学式に日の丸掲揚してたじゃないの。いかんよ。