1997年11月16日(土)

 いま、バークレイは深夜4時過ぎ。日本時間では午後9時過ぎだ。あと1時間で、サッカー日本代表vsイラン代表の、アジア地区予選3位決定戦が始まる。こちらではTV中継を観ることはできないが、リアルオーディオによる音声のインターネット中継があるので、眠さをねじふせながら待っている。

 おとといの木曜日の夜、現代史家のHoward ZinnがUCBに講演しにやってきた。ぼくは『アメリカ民衆の歴史』(TBSブリタニカ、だっけ?)の邦訳書は持っているが、ぱらぱらとしか読んでないので、ほんとうのところ彼がどういう人だかは知らないのだけれど、たぶん「老いてなお挫けないアメリカン・リベラルの代表選手」という感じなのだろう、と思いながら、午後8時のキャンパスに出かけてみた。
 で、ハワード・ジンさんはまったくその想像通りの人。見た目は、若く見える70うん歳、というところかな。アメリカ合衆国の保守化を軽妙に批判し、60年代精神の大切さを語っていった。おもしろかったのは、話には聴いたりTVや映画で見たりはしていたが、聴衆の反応でした。講演が始まる前に何かベトナム反戦運動当時っぽいニュース・ビデオが流されていたんだけど、特定の人物が映ると笑いとブーイングの嵐。ハワード・ジン氏の登場はスタンディング・オベーションで迎えられ、話が始まってからも凄いリアクションで、彼が『アメリカン・マインドの終焉』(みすず書房)でおなじみのハロルド・ブルームをやり玉に挙げると、聴衆は大きな音で「プシーッ」と唇を鳴らし、「赤狩りの時は、アメリカには5000人のマルクス主義者の大学教授がいるとされたけど、信じられやしなかったね。私は4人しか知らないよ」てな話で大受け、大拍手。立ち見、座り見も入れて500人ほどが詰め込まれた階段教室はたいへん盛り上がりました。
 これは、アメリカン・リベラルの牙城であるバークレイと、ハワード・ジンとのナイスな取り合わせゆえのことなんだろうけど、反対に、保守的な土地で保守派の人気者が講演しても、同じような盛り上がりなんだろうな。別に何かの決起集会というわけではなくて、ただの講演会なんだよ。来ているひとも、そこら辺から歩いてきた、ごく普通の老若男女。これをもっと大規模にすれば、あの民主党大会や共和党大会のものもの凄い一大お祭り騒ぎになるんだなあ、ということが実感できたです。ここには、東京を浸していたシニシズムのかけらもない。それは、たぶんよいことなのだろう。
 それにしても、最後の質問時間に、いきなり「モハメドをどう思うか?」と訊いた黒人男子に、ジン氏が狼狽しつつ「私はコーランを読んだことがないので、よくはわからないが……」云々と答えると、質問の主が「コーランを読んだことがないって? マジで?」と応答したところは笑った。けど、ちょっと怖かった。

 そんなストレートな反体制文化に触れたせいか、次の日(つまり昨日)は、鵜飼哲『償いのアルケオロジー』(河出書房新社)を読んだ(どうも、日本語の本ばかり読んでるのがナンですが)。鵜飼さんは、どれを読んでも、複雑な世界の状況をしっかり押さえ、かつジュネやデリダを重心とする20世紀後半のフランス思想を的確に動員して、現代の真摯な左翼が言うべきことをきちんと言っている、という印象の人だ(これまでのエッセイは、上の本とほぼ同時に出た『抵抗への招待』みすず書房、に収められている)。その情報量、勉強量と、哲学的切り込みのシャープさは、もうぼくなんかとはハッキリ「生まれが違う」という感じの優秀な人だと思う。ただ、問題を図式化しつつ網羅的に整理し、ダサくても一定の結論を提示する、というタイプの人ではない。そのことの強さは、同じように優秀な良心的左翼の人々に活気を与えるだろう、ということ。だが弱さもあって、それは、彼のように頭が良くなく、必ずしも明確に左翼ではない中間的な人(要するにわたくし)には、説得力が弱い局面があること、だと思う。
 たとえば、『償いのアルケオロジー』のなかでは、従軍慰安婦に対する日本版歴史修正主義への批判は、極めて重要なもので、ぼくにもとても参考になった。ジュネ、サルトルについての文章も、短いながら、限りない示唆に満ちた美しいものだ。
 だが、本書の冒頭を飾る、カントの議論を再考しつつ展開される死刑廃止論には、同じように刺激を受けながらも、ぼくはまたしても説得されなかった。つまり、これでもまだ死刑廃止論者になることはできなかった。実は他の論考にも共通することなのだけれど、とくにここでは鵜飼氏は、良心的左翼あるいはすでに死刑廃止論者が共有する地盤の上でしか議論を展開してくれないのだ。がちがちの保守/死刑存置派は別として、態度を未だ決めかねているぼくのような中途半端な人間には、それが物足りない。もしかしたら、従軍慰安婦の強制連行があったということの挙証責任は従軍慰安婦の側にはない、という、ぼくも完全に同意できる議論が本書巻末の論考でなされていることを視野に入れて言えば、死刑制度に関しても、それが正当であるということの挙証責任は、まずもって死刑存置派にある、ということかもしれない。それについては、ぼくも引き続き、真剣に考えて行くつもりだ。けれども、たとえばあとがきで提示されている、ユダヤ人を虐殺したナチス、それを遠巻きにしていた民衆と、永山則夫を殺した日本国家、それを許した日本「国民」とを併置するイメージには賛同できない。後者には、前者にはない、永山則夫に殺された人たち、というエレメントが厳然としてあるはずだ。それを語らない死刑論は、どれほど良心的でも、あるいはそうであるがゆえに、左翼の内輪受けにすぎないのではないだろうか。

さて、サッカー中継を聴かなくては。じゃあまたね。
(午前4時56分)