少女という言葉にはどうしても男(オヤジ)の身勝手な願望をめいっぱい託された虚像のイメージがつきまとうし、20歳に手がとどきかけた女性をそんなふうに呼んでいいのかは心もとないのだが、あえてその言葉を使いたいような危うさを抱えた何人かの女子生徒たちに、かつて予備校で教えていた頃に出会ったことがある。僕は自分がつまるところ「のべーっ」とした、なるようになるさ、というタイプの人間であるにもかかわらず、あるいはそれゆえにか、他人の「歪み」とか「危うさ」は直観的によく見抜いてしまう。そのせいで、また浪人中は誰でも多かれ少なかれ精神が不安定になっているせいで、何人かの生徒は僕を依存の対象にして、たぶん他の人にはあまり話さないであろう弱みのようなものまで話したり、書いたりしてきたのだった。
ある少女は、浪人しても結局大学には合格せずに(それほど高望みをしていたわけでもないのだが)、専門学校の秘書科に進んだ。その子は、小論文の個人指導の時間に答案を持ってきて、僕が「ここの文章がわかりにくいんだけど……」とか「これとこれは、矛盾してない?」とか尋ねると、考えたり反論したりする前に、瞬間的に、「しまった!とか」「ああそうだった!」と鋭くつぶやいて手を頭にやり、後はただずっと僕の話を聞いている、そういう子だった。比較的厳しい家庭に育ったようで、少しも悪い人間ではないのだが余裕がなく、他人にはいわゆるキツイことしか言えず、だから友だちもぼけっとしていて何を言われても「そおかあ」みたいな感じの子だけだった。
彼女が、専門学校に入ってから手紙をくれた。授業が忙しいことなどが書いてあったのだが、それまでの話のなかでは聞けなかった個人的なことなども書いてあった。忘れられないのは、彼女が、このあいだ生まれてはじめて新宿駅から紀伊国屋書店(いまの本店の方だ、東京の人は知っていると思うが、駅からは10分もかからない)まで独りで歩いていくことができた、という経験について、そしてその時に感じられた解放感と成長の手応えについて書いていたことだ。彼女は都内に住んでいて、通学のためにいつも新宿駅は通過していた。だがそれまで(19歳になるまで)彼女は、独りで駅を降りて、どこかへ行ったことがなかったのだという。家と駅、駅と学校、それ以外の場所にはじめて自分だけの力で行くことができた。それはどんなに、きっと震えるほどに、誇らしい気持ちだっただろう。
このあいだ手紙をくれた別の少女は――もう今では少女とはいえないが――、もともと恐れを知らない子だったのだが、昨年、彼氏といっしょにバイクでアメリカ横断旅行をしたのだという。それは4泊5日で終わってしまって、あっけないほど簡単だったのだと。また、アメリカの西南部を旅したときは、まったく英語が通じず、毎日少しずつスペイン語を覚えながらの旅だったのだという(ドロンズか?)。彼女の手紙ははつらつとしていて、かつてあったような少しけだるい影はまるで感じられなかった。今度はどこへ行くのだろうか。
ある人がネット上の日記で、30代前半というのは「老い」をはじめて実感するようになる頃だ、と書いていた。まったく、よくわかる。僕はいつも、自分は17歳のまま、タイム・スリップして「現在」に落ちてきたような気がするときがあるけれど、それは虫のいい幻想にすぎない。けれども、僕のなかに17歳のときのまま焼き付けられて、少しずつ薄れながらも、決して消えてなくなりはしないだろう何かが残っていることも、確かな事実なのだ。
前にも書いたけれど、それは、ブルース・スプリングスティーンという名と、音楽と、その人物のイメージと、切り離しがたく結びついている。彼の『明日なき暴走(Born
To Run)』と『ザ・リバー(The River)』という二つのアルバムを、他のどんなレコードとも比べることはできない。それは17歳の僕に自分が何ものであるかを教えてくれ、そしてそれ以来、いつもどこかでかすかに鳴り響く、魂の心雑音のように、ビートを刻み続けている。そのビートが僕の文章のよりどころである。内容ではない。何年か前に書いた文章を読んだある人が、この文章のリズムはお前の好きな音楽と同じリズムだ、と言ってくれたことがあって、それが僕の今まででいちばんうれしい批評だった。
だが僕は、自分はまだ自分の場所にたどりついていない、と感じる。アメリカの荒野をバイクで突っ走ること、はじめて独りの足で山手線の駅から外に出てみること(その二つの「距離」を比較することはできない)、彼女たちにとってそうすることが与えてくれたようなささやかな冒険さえ、僕はまだ試みたことはないように感じる。だからもはや、彼女たちに僕が教えられることはないのだ。
大庭健さんから、新著『自分であるとはどんなことか――完・自己組織システムの倫理学』(勁草書房)を送っていただいた。大庭さんの本では、僕としては『はじめての分析哲学』(産業図書)が抜群に面白くて、啓発的だったと思う。『他者とは誰のことか』(勁草書房)も、少なくとも前半部は学ぶことが多かったし、実は何を隠そう、それらの著書が出版される以前、僕は大庭さんの論文をすべて集め、コピーして製本し、「私家版・大庭健論文集」をこしらえたことさえあったのだ。記憶力の悪い僕は、どの論文の内容がどうだったということは全然言えないのだけれど、彼の仕事から多くを学んだことは確かである。
新著はまだちゃんと読んでいないので、内容全体にかかわる議論はできない。だがちょっと気になるのは、この本が最近の若者たちの風情に苛立ち、また危機感も抱く中年の大学教師が、そのような若者たち自身に送る倫理学の「手ほどき」の書、という体裁をとっていることだ。いや、それ自体は別にかまわない。自分がいつまでも若者ヅラしている、僕のような困った中年予備軍よりも、はるかに潔い態度とさえ言える。けれども、本当のところ大庭さんは、この本を誰に向けて書いているのだろう、という疑問がよぎる。彼が語りかけている「若い人たち」とは、誰のことなのだろう? これが少々不当な、いわばずるい言い方であることは、僕もわかっている。大庭さんの言う、「自分が、ここで・こう生きているのだ。心からそう実感できる居場所・人間関係が、どうも見あたらない……。」という「浮遊感」に、なんとなく不安で苛立っている「若い人たち」が多数存在すること、そしてそのなかの一部は、大庭さんの呼びかけに生真面目に呼応し、この本を手にとって、もし彼・彼女に少しばかりの忍耐力があれば、それを頑張って読みさえするだろうことを、僕は知っているのだ。そして僕自身、同じようなスタンスで文章を書いたこともあるし、それは避けて通れることではない。
けれども、たとえばあの少女たちには、大庭さんの本は届かないだろう。そして僕は、ほんのかすかに、自信などまるでなしに、大庭さんのメッセージがうまく届いてしまうような若い人たちの絶望ぶりっこなどとるに足りない、と考えているのだ。世界は、ある日突然(by トワ・エ・モワ)、変わるだろうし、そうでなければ、決して変わらないだろう。あるいは、変わることなど、どうでもいいだろう。僕自身はそこでうまくやれないかもしれないし、もしかすると死んでしまうかもしれないが、かまうものか。かつて甲本ヒロトは、こう歌った。「見てきたことや、聞いたこと/今まで覚えた全部/デタラメだったら面白い」(『情熱の薔薇』)。僕にとっての倫理学とは、そんな変化の可能性を基礎づけるものであり、それ以外の興味はない。もちろんこんな小児病的「文化アナーキスト」(by 笠井潔)のたわごとなど吹き飛ばすような、重みのある議論を大庭さんは展開してくれているはずだという期待を持って(これは注文ではあるが皮肉ではない)、大庭さんの本をじっくり読もうと思う。……でも、その前にいまやっている原稿を仕上げなきゃ。(午前4時56分)