1998年3月18日(水)

 John Sayles監督の新作”Men with Guns”を観に行った。キャンパス近くの、かなり年期の入った映画館で、昼間の回だったので$4.50ぽっきり。客はせいぜい10人、そのうちの一人は映画館の外から"Goo〜d movie〜s"と歌いながら入ってきたよくわからないオヤジで、あとは学生みたいだった。
 僕は映画は好きだけど、系統立ててみているわけでもなく、この監督も名前しか知らない。先日ご紹介した『ガーディアン』によると、「ハリウッドの主流における社会派の左派ヒューマニスト作家としては随一」だそうで、他の作品には"Long Star"なんてのがあるそうです。

 作品の舞台はメキシコの架空の国。腐敗しきった軍の下っ端たちがインディオの村人たちに対して好き放題の暴虐をふるい、反体制ゲリラはゲリラで何をやっているのだかよくわからない、という状況を背景に、初老の医師が、政府の奨学プランで医学を学んだかつてのインディオの教え子たちを尋ね歩くというのが基本のストーリー。村で医師をやっているはずの青年を町で見かけたことがきっかけでその探索行は始められるのだが、行く村行く村で教え子たちはとっくに死んでいる。というか、知識人を潜在的ゲリラとみなして極度に警戒する政府軍の連中によって片っ端から殺されているのである。エリートの自分がいままで気づかなかったそのような現実に直面して、だんだん異様な執念を増殖させながら、山岳地帯の奥へと向かってゆく主人公。その途上で、軍人にレイプされた母親から生まれ自分も軍人の「ペット」として生き延びていた少年や、元政府軍の医療兵でいまは観光客の追い剥ぎのような暮らしをしている男、また、ゲリラと疑われて殉死することを恐れ、世話になった村人を見捨てて逃げ出した元司祭、軍人にレイプされてから2年間言葉を話さず胃痛に苦しみつづけている若い女と、だんだん道連れが増えてゆく。一種のロード・ムービー仕立てなのだが、比喩的にでもロードと呼ぶには、舞台はあくまでも鬱蒼とした茂みのなか。そのところどころに、村を焼き払い女を強姦する元軍医の回想シーンや、希望に燃えていたかつての教え子たちの顔を思い起こす主人公の回想シーンなどが織り込まれてゆく。そうした奇妙なパーティの行く先にあったものは……という物語。

 各人の演技が妙にからっとしていたり、画面の切り取り方が至極まっとうだったりして、映像作品としては少し物足りない感じもあるが、それは監督がギミックを嫌ったと好意的に解釈することもできる。大江健三郎の『〈雨の木〉を聴く女たち』の一編で、メキシコでは死が剥き出しになっているというセリフがあったけれど、そうした状況をまるで自然現象のように描いている、という気がした。だからあんまりメロドラマにはなっていず、陰鬱な話なんだけど、泣けるシーンもない。むしろ主人公たちが苦労して辿りつく場所に、町のカフェでいっしょだったアメリカ人夫婦の観光客がいつも先回りしていて、とんちんかんなスペイン語で何か言ってくるたびに笑ってしまう。考えてみると凄まじい話なんだが、『地獄の黙示録』的な隠喩性(=おどろおどろしさ)がほとんど皆無なのだ。だから、一方ではどうしても、なんか練れていない、アマチュアライクな作品に思えてしまうのだけど、他方ではこれがリアルってやつかという気もするのだ。日本で上映されるなら、まあ観ても損はないでしょう。少なくとも、日本くんだりから暇な学生が用もないのにアマゾンの奥地なんかに出かけて、あっさり身ぐるみ剥がれて殺されちゃうのなんて、ちっとも不思議じゃないという実感はつかめる。(ちなみにセリフはほとんどがスペイン語で、英語の字幕が出っぱなし。僕にはかえって観やすかったけど。)

 それにしても映画館で映画を観たのは、日本にいる時を含めても、かなり久しぶりのことだった。岩波ホールで『大地と自由』という、あまりにも正攻法の良心的な力作を観たのが最後だったかな。題名を忘れたが、同時期にやっていたアイルランド紛争ものの方があとだったかもしれない。映画そのものを観たのは、WOWWOWでやっていた『ビフォア・ザ・レイン』(これは文句なしの傑作!マケドニアを舞台にしたいわゆる「生と死」的な人間模様なんですが、シャープなつくりがぞくっとするほどたまらなく静謐な作品です)が最後だった。まてよ、昨年11月の一時帰国のときに『もののけ姫』を観たんだったな。いや、ほんとの最後は、1月に急用で一時帰国したとき、NHKでたまたまやっていたホウ・シャオシェンの初期作品(これも題名忘れた。「なんとかの少年」だったと思う)だ。僕は忙しいと逃避もできず、かといってずっと仕事に集中することもできず、だらだらといつまでも頭のなかを堂々巡りさせるしかできないので、締め切りがあると映画やコンサートにも行く気力が出てこないのです。これからしばらくは鋭気を養って、見損なっていた映画を観よう。

 おまけとして、おぼろげな記憶のなかから私の映画オールタイムベスト3を挙げておきます。すべて15歳前後に観たもの。わかる人は微笑んでね。何だかわからん偏ったリストだなあ、と思う人は、ごめんなさい。1)『2001年宇宙の旅』、2)『スローターハウス5』(ラスト・シーンだけ、やたらに目に焼き付いているなあ)、3)『未来惑星ザルドス』(ジョン・ブアマンは『エクソシスト2』もいいんだけど、ちょっと思わせぶりすぎ。やっぱりこの「限りある生の賛歌」が泣けますね)、番外)『ドリーム・タイム』(たしかTOKON7で上映されたオーストラリア映画)、『THX1138』(ジョージ・ルーカスの学生時代の実験映画、素朴でさわやか)、『サイレント・ランニング』(『2001年』で特撮をやったダグラス・トランブルの監督作品で、ストーリーはほとんどないのですが、宇宙空間をただよってゆく「ガーデニング」仕様宇宙船が美しい)、『いつかどこかで』(Somewhere in time)(あのクリストファー・リーブさんの主演第2作、大コケしたんだけど、たいへん泣ける珠玉のタイム・トラベルもの)、ついでに『ソイレント・グリーン』『猿の惑星』そしてもちろん『スター・トレック』(最初のやつね)。それにしても、TV版スター・トレックの続編『ネクスト・ゼネレーション』『スペース・ナイン』はつまらん。草場の蔭で、アリス・シェルドンさんが泣いているよ。(27時07分)