2004 性現象論プリント
 
《テーマT 「性現象論」は何を・どのように問うのか》
1 性現象とは何だろう
2 性別という〈現実〉  (以上前回まで)
 
3 二つの基礎概念:ジェンダーとセクシュアリティ
 3・1 「性別」と「性欲」 
3・1・1 思考実験:「無性人間」は何ゆえに無性と呼ばれるのか  ø考察の素材:手塚治虫『人間ども集まれ!』
3・1・2 「性別」と「性欲」の癒着
 
 3・2 〈性〉を分析するための概念地図 
3・2・1 通常の意味でのジェンダー/セックス/セクシュアリティ
3・2・2 この授業におけるジェンダー/セクシュアリティの概念
 
    〈欲望〉の系:セクシュアリティ(sexuality)
           〜「エロティックな欲望・快楽」
〈性〉           └―性的指向(sexual orientation):「自己と性欲の対象との性別の組み合わせ」
 
    〈差異〉の系:ジェンダー[性別](gender)
           〜「雌雄の区別」または「区別された雌雄の一方」:男(male)/女(female)
       └―性別同一性(gender identity):「自己意識における性別」
       └―性別差異[性差](gender difference):「男らしさ(masculinity)/女らしさ(femininity)」
         └―生物学的・解剖学的性差(biological and/or anatomical gender difference)
         └―社会学的・心理学的性差(sociological and/or psychological gender difference)
       └―性別役割[性役割](gender roles):男役割(men's tole)/女役割(women's role)
3・2・3 解説
 
 3・3 ジェンダーの3つの水準:性別・性差・性役割 
3・3・1 ジェンダーのシステムを構成する三つの水準 
 @「性別」それ自体 
 A事実の記述としての「性差」(〜である)B社会的規範としての「性役割」(〜べき)
3・3・2 性差とは何か 
〈性差:性別に基づいて分類された二つの集団間の統計的差異〉→個人については確率論的にのみ適用できる。
 
《テーマU セクシュアリティと権力作用》
1A ジェンダー/セクシュアリティのマトリックス
 1・1 性別アイデンティティと性的指向 
1・1・1 19世紀の性科学とS・フロイト『性理論三篇』
*カール・ウルリッヒス(1825-1895、『男性間の愛の秘密を探る』1864を著す)
 男を愛する男は、男性の体に女性の心を有している、と考えた。
*マグヌス・ヒルシュフェルト(1868-1935、ゲイ解放運動の先駆者、「全独ゲイ解放運動」創始者)
 やはりゲイを「第三の性」とみなし、『性の中間形態・年次資料』を編纂。
*エドワード・カーペンター(1844-1929、『中間の性』1908を著し、homogenic loveという語を提唱)
 中間の性の人びとは二重の存在であるから「男女両性のあいだをとりもち、通訳をつとめる使命を帯びている」とした。
*ジグムント・フロイト
ø『性理論三篇』(中山元訳、ちくま学芸文庫、pp.44-45)
「性対象の倒錯の概念と、主体における性的な特性の混淆の概念を明確に区別する必要がある。この二つの概念はある程度まで独立したものであることは明らかである。」(1915年)
1・1・2 「オカマ」について
1・1・3 性別(ジェンダー)アイデンティティ/性的(セクシュアル)指向
◆ジェンダーとセクシュアリティとの概念上の区別から、新たに以下の二つの区別が導かれる。
 性別同一性(ジェンダー・アイデンティティ):自己の性別が男女のいずれであるかについての意識
 性的指向(セクシュアル・オリエンテーション):セクシュアルな欲望の対象の性別
øサイモン・ルベイ『クィア・サイエンス――同性愛をめぐる科学的言説の変遷』(邦訳勁草書房、原著1996年、p.57)
「……さまざまな様式が存在するので、「同性愛」や「異性愛」が何を意味するのかについて、注意深く考察しなければならない。今日では、もし彼あるいは彼女が主に自分自身と解剖学的に同じ性の人に、性的に惹きつけられれば、通常その人は同性愛であるとされる。したがって、トランスジェンダー的関係にある二人は、どちらも同性愛だと考えられるだろう。(……)私は現代の同性愛の定義に固執する。なぜなら、性的目標の選択とセクシュアリティの他の諸面とを区別することは便利だと思うからである。しかし、比較文化的な研究の示唆により、トランスジェンダー的な人の方が自分の性に典型的な人よりも、同性愛がより固定して永続する特性をもつ傾向にある。」
 
1・1・4 性別アイデンティティ/性的指向の布置
◆私たちが考える「性別」を、次の三つの軸からなるブラフ上に位置づけてみよう。
 @主観的(社会的)性別 A主観的(心理的)性別:「性別(アイデンティティ)」 B性的指向
[社会的性別=男]                [社会的性別=女]
         《性的指向》                   《性的指向》       
           男                        男          





 男

 同性愛
 (ゲイ)


 
   


《性別同一性》
 


  GID?
  同性愛?
 




 
          
  「正常」   
 (ストレート)
         
 
 
 GID
 
(TV)  (TS)
      女  男  
(TS)   (TV)

GID
 





 
   
  
   「正常」
   (ストレート)

 

 GID?
 同性愛?
 




 

 同性愛
 (レズビアン)

 




 
   
           女                       女          
 1・2 性的マイノリティ:性別同一性障害・インターセックス・同性愛 
1・2・1 性別同一性障害 GID(Gender Identity Disorder)
◆大まかな定義:自己意識における性別(性別同一性)と肉体の性別が一致せず、本人が苦痛を感じている状態。
◆TS、TV、TG
TS(Transsexual):狭義には、性別再指定手術によって肉体を意識に合致させた人。
TV(Transvestite):肉体の変更(ホルモン療法や外科手術)は望まないが、異性らしい服装を望む状態。
TG(Transgender):いろいろな使われ方をするが、ここでは、自分の性別にともなう規範から逸脱する振る舞いを意識的に行なうこと全般を指す。
1・2・2 インターセックス IS:Intersexual 〜半陰陽、間性
1・2・3 同性愛/異性愛 Homosexual / Heterosexual
 
 1・3 残された2つの問題 
1・3・1 「性別同一性」とは何か
 「心の性(別)」とはいったい何を指すのか? 
1・3・2 両極化
 
 1・4 つくられるものとしてのジェンダー 
1・4・1 H・ガーフィンケル「アグネス論文」
2004 性現象論プリント
 
1・4・2 H・ガーフィンケル「アグネス論文」より
◆あるMTF-TS女性がいかにして「女として」「女らしく」社会のなかで生活しつづけたか。
 
アグネスは、女という正当な性的地位にふさわしい扱いを求めた。また同様に、そうした正当な地位にふさわしい他者の扱いも求めた。しかしまたその一方で、そこにはある深くて暗い秘密がともなっていた。しかもその秘密は、彼女が女という地位を演じる際の技量や適切さにかかわるものではなく、まさに彼女が女という地位を占めることの正当性にかかわるものだった。アグネスは女という新しい地位を演じあげた。その演技は、アグネスにとって、他人が知らないことを自分は知っているという感覚をともなうものだった。しかも、自分の知っていることが他人に露見すれば、自分の身の破滅を招くということを彼女自身確信もし、恐れてもいたのである。彼女にとって、性別の移動は、正当な性的地位についての、こうした仮定をも含むものだった。しかもその移動が露呈すれば、大きなリスクや地位の降格や心理的なショックや物理的な利益の損失が必然的におこることもわかっていた。こうした種類の通過作業は、政治的地下活動や秘密結社、政治的迫害からの亡命者あるいは白人となって暮らしている黒人に見られる通過作業とまったく同じ種類のものである。アグネスのケースの場合には、通過作業は特に重要である。というのは、アグネスは性別を変える時、自分の新しいアイデンティティーを過去の経験から予想できる出来事やさらには思いもしたかった偶発事に対して確保することに、特に慎重な注意を払っていたからである。アグネスのそうした作業は、他者の眼前で自分の外見を一つの対象として積極的に操作していくことによってなされた。(……)
 社会生活を織り成すさまざまな条件のなかで生ずるやもしれない露見や破滅の危険に備えながら、自分が選択した性別で生きていく権利を達成し、それを確保していく作業を、私はアグネスの「通過作業」(パッシング)と呼ぶことにしよう。」
(H・ガーフィンケル「アグネス、彼女はいかにして女になり続けたか」『エスノメソドロジー』邦訳せりか書房、244-246頁)