性現象論プリント
テーマ4 ジェンダー/セクシュアリティと新しい生殖技術――女性・家族・医療
 
1 新しい生殖技術とは何か
 
 1・1 新しい生殖技術とは何か 
◆新しい生殖技術(New Reproductive Technologies)あるいは
生殖補助医療(Assisted Reproductive Technologies)=ART
 
1・1・1 薬品による生殖過程の操作
○排卵誘発剤
○陣痛促進剤
○着床を促す投薬(体外受精―胚移植などの場合)
 
1・1・2 授精・妊娠そのものの人工化
○人工授精 ――AIH(Artificial Insemination with Husband's semen)
      ――AID(            Donor's    )=DI(Donor Insemination)
 〜男性側に不妊の原因がある場合の「治療」法。
○体外受精―胚移植(IVF[In Vitro Fertilization]­ET[Embryo Transfer]
 〜類似の技術として、GIFT法(受精前の生殖細胞を卵管内に移植。厳密には体内受精)などがある。
 
1・1・3 診断=選別を通じた介入
○出生前診断
 〜超音波診断、羊水診断、絨毛診断、母体血清マーカーテストなど。
  →選別的中絶(障害の有無・男女産み分け)
○受精卵着床前診断
 〜体外受精でえられた胚の一部を採取し、遺伝病の有無を診断した後、「健康」な胚のみを胎内に入れる。
 
 1・2 新しい生殖技術をめぐって生じる問題群 
 
1・2・1 医学的問題:(とりわけ)女性の身体・精神への影響
◆陣痛促進剤・排卵誘発剤などのホルモン治療による害
◆長期にわたる不妊治療が女性の心身にもたらす害
 
1・2・2 社会学的問題:男女関係や家族関係を変質させる働き
◆〈血縁・単婚・核家族〉モデルの解体
◆「家族」の概念が問い直される
 
1・2・3 倫理学的問題:生命の質の選別という優生学的問題
◆先天的障害を持つ胎児の選別的中絶(禁絶的優生学)
◆デザイナーズ・ベビーの実現(積極的優生学)
  [体外受精]  [妊娠・出産]
 
【4】クローニング
 パターンF                      パターンG
a)  ○                        b) ○←←←●
  § ‖|  〈遺伝的母<?>出産した母<?>社会的母〉      §   
   △    〈父=オスは不要〉                △
 
 
2 新しい生殖技術と〈家族〉の変容
 2・1 新しい生殖技術と〈家族〉形成のパターン 
[記号]
‖:血縁(遺伝的)関係          ←←←:配偶子の移動     §:妊娠・出産
|:社会的に認められる親子関係:子供の移動
 
【1】規範的家族 〜胚、妊娠・出産ともに社会的両親自身
パターン@(いわゆる「普通」の核家族。AIH、@’夫婦間の体外受精は、この規範型を求める措置)
   夫●――○妻
      ‖  〈遺伝的父=社会的父〉
     子△   〈出産した母=遺伝的母=社会的母〉
 
【2】養子 〜胚/妊娠・出産とも他者
パターンA(養子)
        ●――○    ●――○
         |       ‖ 〈遺伝的父≠社会的父〉
       養子△〈遺伝的母=出産した母≠社会的母〉
 
【3】精子提供(AID)・卵子提供 〜配偶子の一方は他者/妊娠・出産は社会的母親自身
パターンB精子提供(AID)
      ●   ●――○   〈遺伝的父≠社会的父〉
      ‖     ‖     〈出産した母=遺伝的母=社会的母〉
      →→→→→ △
 
パターンC卵子提供(第三者の卵子と夫の精子による体外受精)+出産
     ●――○   ○     〈遺伝的父=社会的父〉
      ‖     ‖     〈出産した母=社会的母≠遺伝的母〉
      △←←←←
 
【4】代理母・代理出産 〜卵または配偶子は他者/妊娠・出産は他者
パターンD(人工授精を用いた代理出産[代理母]=サロゲート・マザー surrogate motherによるもの)
   ●――○    ○[体内で受精] 
   ‖ |     ‖       〈遺伝的父=社会的父〉
    →→→→→→→△       〈出産した母=遺伝的母≠社会的母〉
 
 
 
パターンE(体外受精を用いた代理出産[借り腹]=ホスト・マザー host motherによるもの)
   ●――○    ○       〈遺伝的父母=社会的父母〉
     ‖      §       〈遺伝的母=社会的母≠出産した母〉
     →→→→→→△
 
 
 
 
3 「不妊治療」をめぐる諸問題
 
 3・1 全般的問題:「産むこと」への圧力 
ø小西宏『不妊治療は日本人を幸せにするか』講談社現代新書、2000年
 3・2 精子提供/卵子提供に伴なう諸問題 
3・2・1 本当の親子=血縁関係」意識による否定的感情 
3・2・2 AID/卵子提供で生まれた子が遺伝的親を知る権利
★英国では、原則的には匿名だが、人種、遺伝的情報については知ることができる。
 1984年、スウェーデンは、「人工授精法」によって、世界で初めて精子提供者の匿名を禁止した。ただしそのことによって、精子提供者と法的父親の権利・義務は変わらない。
★日本の状況:民法上は、夫が事前にAIDに同意していても、後に気が変わって「自分の子ではない」と主張することは可能であり、子の地位を不安定なものにしている。
ø民法第七七二条:「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。(2)婚姻成立の日から二百日後又は婚姻の解消若しくは取消の日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」
  第七七四条:「第七百七十二条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。」
  第七七六条:「夫が、子の出生後において、その嫡出であることを承認したときは、その否認権を失う。」
ø「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療のあり方についての報告書」(厚生科学審議会先端医療技術評価部会 生殖補助医療技術に関する専門委員会、2000.12)〜「成人後、提供者を特定できないものについて、当該提供者がその子に開示することを承認した範囲内で知ることができる。」
ø「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」(厚生科学審議会生殖補助医療部会、2003.4.28)〜「……15歳以上の者は、……提供者に関する情報のうち、開示を受けたい情報について、氏名、住所等、提供者を特定できる内容を含め、その開示を請求することができる。」
3・2・3 精子/卵子提供者が、利用者の近親である場合の弊害
3・2・4 AID/卵子提供の利用資格要件
2001年5月22日、日本産科婦人科学会倫理審議会は、「事実婚カップルに対するAIDは認めない」と答申。
3・2・5 配偶子の商品化の是非
3・2・6 女性の負担
3・2・7 凍結受精卵
 3・3 代理母/代理出産に伴なう諸問題 
3・3・1 誰が「母親」として認められるべきか
★ベビーM事件(アメリカ、ニュージャージー州、一九八五年)〜パターンD
øP・チェスラー『代理母――ベビーM事件の教訓』平凡社
★法的問題〜原則:母子関係は分娩の事実により発生する。したがって、法律上の母は代理母となる。
(1) 代理母が婚姻している場合
その夫が父と推定される。(嫡出推定) 推定を覆すことのできるのは、推定される本人のみ(嫡出否認)。代理母夫婦の実子とした上で、家庭裁判所の許可を得て、依頼カップルは養子縁組をする。代理母が養子縁組を拒否する場合には、代理母契約を理由に強制できない。
(2) 代理母が未婚の場合
依頼カップルの夫は認知可能。依頼カップルの妻は、代理母が承諾すれば子供と養子縁組し、養育可能。代理母が承諾しない場合(子の引渡を拒否した場合)→の決定(民法788条)〜離婚の場合に準じて子の監護者を決定。
3・3・2 依頼者と代理母との社会的格差
3・3・3 金銭的報酬が代理母に対して支払われる場合、実質的に(子どもの)人身売買にならないか
3・3・4 代理母/代理出産の利用資格要件
3・3・5 さまざまなトラブル
4 補遺:生殖技術と人間の手段化 øA・キンブレル『ヒューマン・ボディ・ショップ』化学同人
@アルツハイマー病の父親を治療するために、遺伝的に適した胎児細胞を得る目的で、父親の精子を用いた人工授精による出産を志願した娘。
A自分の糖尿病の治療に利用するための胎児細胞を得る目的で、妊娠・中絶を要望した女性。
B白血病に冒されている子どもに骨髄移植をするために、もう一人子どもをつくり、生後14ヶ月の時点で移植手術を行なった両親。
 
性現象論プリント
テーマ4 生殖テクノロジーと社会
 
4 新しい生殖技術と新しい優生学
 
★生殖技術を通じた「生命の質」の序列化
ø映画『ガタカ』(米、1997年)〜人間の進路が遺伝情報によって決定される社会。
 
 4・1 優生学とは何か 
4・1・1 定義
◆「優生学」(eugenics):Francis Galton, Inquiries into Human Faculty and its Development, Everyman's Library, 1883
「生まれながらに優れている」あるいは「遺伝的優秀性」を意味するギリシア語に由来。
「生存により値する人種または血統に対し、劣った人種あるいは血統よりも、より速やかに繁殖する機会を与えることによって」人類を改善する「科学」。
4・1・2 優生学の二側面
◆「人類の遺伝的素質を改善することを目的とし、悪質の遺伝形質を淘汰し、優良なものを保存することを研究する学問」。
@禁絶的優生学(negative eugenics):断種政策、障害者差別cf. 日本の優生保護法、ドイツのナチズム、北米の断種法
A積極的優生学(positive eugenics):優生結婚、精子銀行
4・1・3 優生学の何が問題か
◆肯定すること/否定すること、傷つくこと/傷つけられること、差別すること/差別されること
◆属性/存在
 
 4・2 新しい生殖技術と優生学     
[受精以前]
4・2・1 精子バンク・卵子バンク
 精子・卵子のオークション 〜「積極的優生学」の色彩?
øH・J・マラーのプログラム
[受精以後]
4・2・2 着床前診断(初期杯に対する遺伝子診断)
・性別による胚の選別(男児のみに発症する伴性劣性遺伝病、例えば血友病などを防止するため)
・遺伝子変異そのものの判定
  →中絶の問題性をクリア? 凍結胚の地位、胚の実験利用などとの関係。
・遺伝子に基づく差別]
・着床前診断の現状]
4・2・3 出生前[胎児]診断
 選別的中絶、減数手術 →妊娠中絶をめぐる倫理学的問題
 胎児医療
ø ジーナ・コラータ『胎児医療の限界にいどむ医師たち』HBJ出版局
 
 4・3 補論:妊娠中絶一般をめぐる倫理学的問題 
4・3・1 妊娠中絶とはいかなる行為か
4・3・2 法的規制
4・3・3 日本の現状
4・3・4 その道徳的是非をめぐって
・胎児の地位
・女性の自己決定権と胎児の生命権
・女性/胎児を対立させる構図の罠
ø江原由美子編『生殖技術とジェンダー』勁草書房、江原由美子『自己決定権とジェンダー』岩波書店
 
性現象論プリント 2003.12.18
 母体血清マーカーテストに関する旧厚生省の対応  
【資料1】厚生科学審議会先端医療技術評価部会出生前診断に関する専門委員会
母体血清マーカー検査に関する見解(報告)(未定稿)   平成11年4月28日
1 問題点
(1) 妊婦が検査の内容や結果について十分な認識を持たずに検査が行われる傾向があること
 母体血清マーカー検査は、検査が簡便であり、また、検査前の説明が十分でない場合があることから、妊婦がその検査の内容及び検査結果等について十分な認識を持たずに検査を受ける傾向がある。その結果、胎児に疾患がある確率が高いと説明された場合、妊婦は、動揺・混乱し、その後の判断を誤ったり、精神的な不安から母体の健康に悪影響を及ぼす場合がある
(2) 確率で示された検査結果に対し妊婦が誤解や不安を感じること
 母体血清マーカー検査は、胎児が21トリソミー、開放性中枢神経管欠損症等である可能性を単に確率で示すものに過ぎず、確定診断を希望する場合には、別途羊水検査等を行うことが必要となる。(注1)また、確率が高いとされた場合にも大部分の胎児は疾患を有しておらず、確率が低いとされた場合にも胎児が疾患を有する可能性がある。この検査の特質の十分な説明と理解がないままに検査を受けた場合、妊婦が検査結果の解釈を巡り誤解や不安を生じる場合がある
  (注1)開放性中枢神経管欠損症の一部については、羊水検査、超音波検査等でも確定診断できない。
(3) 胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があること
 母体血清マーカー検査は、母体から少量の血液を採取して行われる簡便さから、妊婦にも受け入れられ易い。その結果、不特定多数の妊婦を対象に胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング(ふるい分け)検査として行われる可能性がある。
2 対応の基本的考え方
 本来、医療の内容については、受診者に適切な情報を提供し、十分な説明を行った上でその治療を受けるかどうかを受診者自身が選択することが原則である。
 しかし、前述したとおり、本検査には、(1)妊婦が検査の内容や結果について十分な認識を持たずに検査が行われる傾向があること、(2)確率で示された検査結果に対し妊婦が誤解や不安を感じること、(3)胎児の疾患の発見を目的としたマススクリーニング検査として行われる懸念があることといった特質や問題点があり、さらに後述(IV行政・関係学会等の対応)のとおり、現在、我が国においては、専門的なカウンセリングの体制が十分でないことを踏まえると、医師が妊婦に対して、本検査の情報を積極的に知らせる必要はない。また、医師は本検査を勧めるべきではなく、企業等が本検査を勧める文書などを作成・配布することは望ましくない。(以下略)
 
 保険金支払いをめぐる「遺伝子差別」 
【資料2】朝日新聞 2000年7月30日 朝刊
重度障害の保険金支払い請求、遺伝子診断結果で拒否 加入者が提訴
 「遺伝子診断を受けなければ障害保険金がおりたはずなのに、受けたばかりに支払いを拒否されたのは不当」。関西地方に住む三十代の男性が、そんな訴えを今春、神戸地裁に起こした。男性は、原因不明と言われていた病気が、加入後に受けた遺伝子診断で遺伝病とわかった。病名を伝えたところ、障害保険金の支払いを拒否された。生命保険会社は「契約前から発病していた」と主張する。遺伝子診断と保険をめぐる裁判は初めてというが、遺伝情報の解析が進み、原因不明の病気がわかったり、将来の病気が予測できたりする時代に、保険のあり方を問うきっかけになりそうだ。(3面に解説)
 男性は一九八九年、第一生命保険の生命保険に加入した。重い障害を負った場合に、死亡保険金と同額の保険金が支払われる高度障害保険がついていた。
 小学生のころから足が悪かったが、日常生活に不便はなかった。契約当時は、まだ歩けた。市立病院に通っていたが、原因はわからない。契約にあたって健康状態を自己申告する保険ではなく、あえて保険会社の指定する医師に診断書を書いてもらうタイプを選んだ。大学病院に移ったが病名は判明しない。その後、病状は進行した。九二年に両足の機能が失われ、身体障害者一級に認定された。
 主治医に遺伝子診断を持ちかけられたのは、九五年ごろ。その結果、病名がわかった。日本では数少ない遺伝病で、今のところ治療法はない。昨年になって、高度障害保険金を申請するため、障害診断書を提出した。死後、生命保険を残すか、生前に保険金を受け取るか悩んだ結果だ。しかし、第一生命からの返事は、「支払えません」だった。
 裁判所に提出した答弁書で、第一生命はこう主張する。障害の原因は小児発症の病気であり、発病が契約前なので、「契約による責任開始期以後の疾病が原因で高度障害状態になった場合」と規定した約款に該当しない。「責任開始期における予見可能性は問題にする余地はない」ともいう。しかし男性は、「医学の進歩が加入者の不利に結びつくのは理不尽だ。遺伝子診断を受けず、原因不明のまま申請していればよかったことになる。最先端の医療を受けた人間だけが損をしてしまう」と話す。
 遺伝子情報と保険の関係について、米国では、クリントン大統領が「遺伝情報で差別してはならない」などと繰り返し述べている。第一生命広報課は「訴訟に影響があるのでコメントは控えたい」としている。
 
【資料2】朝日新聞 2003年6月19日 朝刊
保険金支払い認めず 難病の発症「契約前」 神戸地裁 【大阪】
 保険契約後の遺伝子診断で病気の発症時期を「契約前」と判断され、保険金支払いを断られた兵庫県内の30代男性が第一生命(本社・東京)を相手に、障害保険金1千万円の支払いを求めた訴訟の判決が18日、神戸地裁であった。田中澄夫裁判長は、約款が契約後の障害を対象にしている点を指摘したうえで、男性の発病について「遺伝子診断によらなくても契約前と認められる」と述べて請求を退けた。訴訟では、遺伝子診断の結果を保険金支払いの判断に利用することの是非も焦点だったが、判断は示さなかった。
 男性は89年に生命保険に加入。95年ごろ両足が不自由となり、遺伝性の難病による障害と診断され、99年に高度障害保険金の支払いを請求した。訴訟で男性側は、「会社は遺伝子診断の結果を事後的に利用して支払い拒否の材料にした」と指摘。契約時に本人も予期できなかった障害に対しては、保険金を支払うべきだと主張してきた。
 判決は、男性の障害は10歳ごろからあったまひが進行したものと認定し、契約後の発病には当たらないとした。
 
【資料3】朝日新聞 2003年6月19日 朝刊 兵庫版
「自分の問題、気づいて」 保険金請求訴訟、敗訴の原告男性/兵庫
 「遺伝子診断への裁判所の判断がなかった。正面から取り組んでもらえなかった……」。18日、第一生命を相手取った保険金請求訴訟の判決で、神戸地裁に訴えを棄却された原告の男性は無念の表情を浮かべた。
 小学生のころから足にマヒがあったが、「個性の一つ」と気にしなかった。自転車に乗り、車の免許も取った。生命保険に勧誘された時、「後から問題になったら困る」と、会社の指定する医師に診察を受けた。
 契約後に立てなくなるとは、予期していなかった。医師の勧めで血液の酵素を調べる遺伝子診断を受けた。遺伝性の難病だったと知った。
 診断書を添えて保険金支払いを申し込むと、会社の返事は「先天性の病気のため支払えません」。診断を受けたばかりに、支払いを拒絶されたと感じた。治療法の見つからない難病で、この先どのような出費が必要か、見当もつかない。リスクも大きい訴訟に踏み切ったのは「みんな安心して医学の進歩による治療を受けられなくなる」と思ったからだ。車いすで裁判所通いを続けた。
 判決は、遺伝子診断の結果と関係なく、障害が契約前からの症状が進行したものだったと認定した。「それならば、加入する時の医師の診察はなんだったのか。保険に入って『安心』を買ったつもりだったのに」。疑問は消えない。
 「判決が確定すれば、保険会社が事後的な診断を都合良く使うことを止められなくなる。一人でも多くの人に自分の問題
 
 他人を「傷つけること」をめぐって 
【資料4】子どもいないつらさ悟って(声) 『朝日新聞』20031011
 小学校教員 大山聡子(新潟県新発田市 36歳)
 書店、大型スーパーなどの店頭で年賀状のコーナーができる季節になりました。既婚。子どもはいません。子どもが好きで、この職業に就きました。いろいろな事情があって子どもを持てないでいます。周囲の何げない言葉、「子どもは?」「女の幸せは子どもを育てること」「早くつくったほうがいいよ」。親切心からの言葉だとはわかりますが、私は傷ついていました。
 それと同じくらい、つらかったことがあります。それは、かわいい赤ちゃんの写真入りの年賀状をもらうこと。だって、ほんとうにかわいいのですもの。見てショックを受けないわけがありません。
 結婚するまでは気づかなかったのですが、子どもを持てない状況になって、初めてそういう写真を目にするつらさがわかりました。お子さんの写真を年賀状にと考えている方にお願いしたいです。凝った年賀状じゃなくてもいいんです。写真入りではない年賀状を求めている人もいることを知ってください。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
【資料5】認め合う心で生きてみよう(声) 『朝日新聞』20031013
 主婦 竹原みほ(神奈川県小田原市 34歳)
 11日の「子どものいないつらさ悟って」という投書を複雑な気持ちで読みました。私もこの方と同様に数年前まで小学校の教師でしたが、足の病で辞めました。子どもを引率する教師の姿を見ると、今でも心ひかれます。
 子どもを持てない人が子どもの姿に傷つくように、足の不自由な私は、普通に歩いている人の姿にさえ傷つくのです。だからといって、人に「歩くな」とは言えません。夫を亡くした知人は「夫婦の散歩姿を見ると泣きそうになる」と話しています。人は歩いているだけ、存在しているだけでも、傷つけたり傷つけられたりするのではありませんか。
 傷つけられると感じる自分の心にとらわれず、傷つけているかもしれないという視点から、認め合い許し合うことは出来ないでしょうか。
 
性現象論プリント テーマ4:生殖テクノロジーと社会
4 新しい生殖技術と新しい優生学 (承前)
 4・4 補論:妊娠中絶をめぐる諸問題 
4・4・1 妊娠中絶とはいかなる行為か
◆母体保護法における定義
「この法律で人工妊娠中絶とは、胎児が、母体外において、生命を保続することのできない時期に、人工的に、胎児及びその附属物を母体外に排出することをいう。」
◆問題点
4・4・2 法的規制 
◆妊娠中絶(堕胎)は刑法によって罰せられる。
第29章 堕胎の罪〔平七法九一章名改正〕
第212条(堕胎)
 妊娠中の女子が薬物を用い、又はその他の方法により、堕胎したときは、一年以下の懲役に処する。
第213条(同意堕胎及び同致死傷) 
 女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させた者は、二年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させた者は、三月以上五年以下の懲役に処する。
第214条(業務上堕胎及び同致死傷)
 医師、助産婦、薬剤師又は医薬品販売業者が女子の嘱託を受け、又はその承諾を得て堕胎させたときは、三月以上五年以下の懲役に処する。よって女子を死傷させたときは、六月以上七年以下の懲役に処する。
◆判例要旨〔刑212〕
1◎堕胎とは、自然の分娩期に先立ち、人為的に母体から胎児を分離させることをいい、胎児が死亡すると否とを問わない。(大判明44・12・8刑録17-2183)
2◎堕胎罪の成立には、胎児の発育の程度を問わない。(大判昭2・6・17刑集6-208)
◆しかし、「優生保護法」(〜1996)および「母体保護法」(1996〜)によって、条件つきで認められてきた。
【母体保護法】
第3章 母性保護
第14条(医師の認定による人工妊娠中絶)
 都道府県の区域を単位として設立された社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
一 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
二 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
 2 前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなつたときには本人の同意だけで足りる。
 
4・4・3 日本の現状  øOHP:妊娠中絶の年次別・年齢階級別件数、実施率
4・4・4 その是非をめぐって
ø江原由美子編『生殖技術とジェンダー』勁草書房、江原由美子『自己決定権とジェンダー』岩波書店
 
 4・5 日本における優生政策 
4・5・1 国民優生法
◆1940年3月制定。ナチス断種法(不良な子孫の出生を予防する法)を模倣したといわれる。
4・5・2 優生保護法
◆1948年制定、以後数度改正。
ø松原洋子「〈文化国家〉の優生法:優生保護法と国民優生法の断層」『現代思想』Vol.25-4(1997-4):8-21
4・5・3 母体保護法
◆1996年、優生保護法を改正、優生学的条項を前面削除。
 
 4・6 「幸せ」な恋愛・結婚・家族と優生思想 
4・6・1 〈主婦〉の誕生と近代家族の成立 (→テーマ3)
4・6・2 〈恋愛結婚〉の興隆(→テーマ3)
4・6・3 「幸せな結婚」と「不幸な子ども」
◆「兵庫県衛生部の「不幸な子どもの生まれない対策室」が著した『幸福への科学』(1973年)では、「不幸な子ども」が次のように定義されていた。
 一、生まれてくること自体が不幸である子ども。たとえば遺伝性精神病の宿命をになった子ども。
 二、生まれてくることを、誰からも希望されない子ども。たとえば妊娠中絶を行なって、いわゆる日の目をみない子ども。
 三、胎芽期、胎児期に母親の病気や、あるいは無知のために起こってくる、各種の障害をもった子ども。(以下略)」
「選択的中絶は子どもの生きる権利を奪うものではなく、「生まれてくる子どもの苦悩に満ちた生活をやわらげるための中絶」であるとされていた。」
ø松原洋子「日本――戦後の優生保護法という名の断種法」、米本・松原ほか『優生学と人間社会』講談社現代新書
★すでに存在している者が病気・障害を負うことを防ぐこと。
 病気・障害を負った存在そのものを許さないこと。 〜この両者の微妙な距離。
◆1974年:日本学術会議、日本人類遺伝学会「人類遺伝学将来計画」
「さらに深刻な問題は、個々の症例に対する医療水準が向上した結果、かつては自然淘汰によって集団から除かれていた有害遺伝子が子孫に伝えられ、遺伝子プールにおけるその頻度が上昇する機会が多くなったこと」
→ 一部地方自治体による「不幸な子どもを生まないための運動」を評価
「優生結婚」の亡霊
ø月刊誌『ヴァンサンカン』(婦人画報社)1984年新年号:特集「結婚する前のコモンセンス・よい血を残したい!」
「親の素質が子どもに受け継がれるのが遺伝です。子どもは健康で頭が良く、とはだれでも思うことですが、知能や性格、健康に遺伝的な要因がどれだけ働くのでしょうか。そこで、結婚前に知っておきたい遺伝のお話」。
「(……)では、結婚前に結婚前に私たちが気をつけなければいけないことは何でしょうか。それは、精神的な疾患や奇形等の先天的異常の出産を防ぐことです。」
 4・7 産むこと/産まれることの意味への問い