<テーマ2 セクシュアリティと権力作用――アイデンティティ・歴史・他者 >プリント
 
2 「性暴力」をめぐって
 2・1 性暴力とは何か 
2・1・1 「暴力」とは何か
◆『広辞苑(第四版)』 :暴力とは「乱暴な力、無法な力」である
◆リサ・タトル『フェミニズム事典』(渡部和子監訳、明石書店)
「……女性に対する暴力行為には、個人的なこととみなされる殴打、強姦、殺人だけでなく、女性の意志に反した(involintary)不妊手術や望まない(unwanted)妊娠による強制的な(forcing)出産などの制度化されたものも含まれている……」
2・1・2 暴力の意味づけをめぐる言説の闘争
◆「暴力」という〈現実〉を構成する三つの水準
第三の水準         権力関係
                 ↓
第二の水準  意味づけ1 意味づけ2 …… 意味づけN
                 ↓
第一の水準          行為
 
2・1・3 性暴力の定義
性暴力とは被害者(女性)が望まないすべての性的行為の強制を指す。
 
 2・2 性暴力の現状 
2・2・1 分類について
◆一般的な分類:
 強姦(rape)
 強制わいせつ[性的虐待](sexual abuse)          →加害者視点に偏っている。
 痴漢(molestation)
 セクシュアル・ハラスメント(sexual harassment)
 ポルノグラフィー
◆より客観的で分析に役立つ分類:
 強姦……主として物理的暴力の行使あるいは脅迫に基づく性的関係の強制
 セクシュアル・ハラスメント……主として組織内の権力関係に基づく性的関係の強制
 
2・2・2 性暴力をめぐる神話と現実

■ジーン・マックウェラー『レイプ』(現代史出版会、原著1975年):
@原因:性的飢餓よりも、社会的欲求不満や、男性性の確認などの願望が背景にある。
A計画性:強姦の多くは計画的犯行である。
B被害者の特性:「挑発的」な女性ではなく無防備な女性すべてが被害者になりうる。
C抵抗:暴力よりもまず恐怖によって被害者の抵抗は挫かれる。
D面識:多くの場合、強姦する男と被害者は知り合いである。
E時間:強姦は長時間におよぶ犯行であることが多い。
F犯行場所:強姦の多くは室内、特に加害者か被害者の家の中で行なわれる。
G被害者の心理:女性が強姦を空想したとしても、「強姦願望」などとは呼べない。
▽東京・強姦救援センター連続講座『レイプ・クライシス』(学陽書房、1990年):
H加害者の特性:強姦は特殊な犯罪者のものではなく、普通の生活をしている男の犯行である。

◆強姦の現実 「デートレイプ」の概念
2・2・3 基礎的データ
1)日本における「強姦」の認知件数
 戦後、年間1000件前後から増加を続け、1964年に約7000件に達したが、その後減少に転じ、88年には1741件、以後横這いで、97年(平成9年)には1657件である。(『犯罪白書』)
 
2)児童・少年少女に対する性暴力
ø日本性教育協会『「若者の性」白書――第5回 青少年の性行動全国調査報告』小学館
 
 
 
 
 
 
 
 
 
3)強姦の犯罪率(人口10万人当たり)と検挙率の国際比較(1987年)
           犯罪率(%)   検挙率(%)
日本          1.5      87.4 (以後1992頃から上昇、95年にはピークで約95%)
フランス        5.8      85.6
旧西ドイツ       8.6      71.2
イギリス       11.0      83.1
アメリカ       37.4      52.9
 
4)日本における研究:佐藤/杉原による調査報告
 〜昭和30年から51年までの事例(検察庁資料、被疑者対象)
@犯行場所:被害者宅が最も高率(東京36%、他26%)、ついで被疑者宅。旅館・モーテル等を合わせると、81%が屋内で の犯行である。
A計画性:全体の79%が「計画的」。被害者宅での犯行では、侵入73%、 他の要件を装い訪問したもの20%。
B被害者の年齢:年少者から老年にまでわたる。最も多い年齢層は、19〜24歳、13 〜18歳がそれぞれ約29%。
C面識:面識のある相手によるものが46%、その内「顔見知り」程度が65%、「知人・友人」が29%。
★Cについては、本当の率はもっと高いと予想される。なぜならこの調査は被害の訴えがなされた事例のみを対象としているわけで、相手が顔見知りの場合初めから被害者は訴えをあきらめて泣き寝入りしやすいことが予想されるからである。
 以上を総合した佐藤/杉原の結論:強姦の典型的なパターンは、「屋内で、計画的に行なわれ、しかも多くの場合、深夜、単独で面識のある者」によって行なわれるものである。
 
5)東京・強姦救援センターの電話相談より(1983年10月­1988年12月)
□強姦の内容    いわゆる強姦 284
          輪姦      77
          デートレイプ  42
          強姦未遂    36
          近親姦     34
□加害者との関係  顔見知り    249(内、単なる顔見知り84、上司・同僚56、友人30、親・兄                      弟21、恋人・夫18、親戚の男13、その他27)
          見知らぬ男   141
          不明      119
□病院・警察に行ったか
          病院 行った 108   警察 行った 102
             行かない201      行かない154
             不明  200      不明  253
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2・2・4 基礎的データ(増補)
1)日本における「強姦」の件数(認知件数・検挙件数・検挙人員)
ø 平成13年版犯罪白書』
 認知件数でみると、戦後、年間1000件前後から増加を続け、1964年に約7000件に達したが、その後減少に転じ、88年には1741件、以後横ばいだったが、96(平成8年)を底として上昇に転じ、1999年には1857件である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 2・3 セクシュアル・ハラスメントをめぐって 
2・3・1 セクシュアル・ハラスメントとは何か
◆定義
・広義(C.Mackinnon):「それを拒絶する立場にない人に対して向けられた性的関心」
・狭義:「組織内での地位関係に基づく望まれない性的関係・性的環境の強制」
◆合州国「雇用機会平等委員会」(EEOC)のガイドライン(職場でのセクハラ)
「不快な性的接近、性的行為の要求、ならびに性的性質を持つ口頭もしくは身体上の行為は、以下のような場合、セクシュアル・ハラスメントを構成する。
(i)かかる行為への服従が、明示もしくは黙示に、個人の雇用条件を形成する場合、
(ii)かかる行為への服従もしくは拒絶が、その個人に影響する雇用上の決定の理由として用いられる場合、
(iii)かかる行為が、個人の職務遂行を不当に阻害し、または、脅迫、敵意もしくは不快な労働環境を創出する、目的または効果を持つ場合」
→(i)(ii)代償型(Quid Pro Quo)セクシュアル・ハラスメント
 (iii) 環境型(Hostile Work Environment)セクシュアル・ハラスメント
2・3・2 日本における事例
ø宮淑子『セクシュアル・ハラスメント』朝日文庫
 中下裕子他『セクシュアル・ハラスメント:「性」はどう裁かれているか』有斐閣選書
 日本太平洋資料ネットワーク『日米のセクシュアル・ハラスメント』新水社
 角田由紀子『性の法律学』有斐閣選書
◆『日経Woman』「男女ビジネスマン1300人実態調査」(1989年10月)
◆セクハラ耐えられず退職願 奈良の女子職員、団体理事長訴え(94.09.06 朝日新聞朝刊)
 
 2・4 性暴力と社会 
2・4・1 性暴力の〈物質性〉と〈言説性〉
◆性暴力における〈物質性〉と〈言説性〉との結びつき
 〜言説的暴力が肉体的暴力に後続し、その効果によってまた肉体的暴力が支えられる、という循環
@セカンド・レイプ/二次的被害  ←性の二重基準(女性の〈処女性〉規範)
 被害者が、警察・裁判・周囲の人間たちによって、さらに心理的に傷つけられる。
Aそれゆえ、被害者が告発しにくい。このことが、性暴力を容易にする。
 
 
                  肉体的暴力(狭義の性暴力)
               後続       事件の正当化=無化
                        犯罪を起こしやすい環境の形成
 
                  言説的暴力(セカンド・レイプ/二次的毀傷)
 
2・4・2 性暴力をめぐる「言説の闘争」――「告発=問題化」と「正当化=無化」
◆「正当化=無化」のためのレトリック〜「被害者の視点」の無効化
(1)セックスに強制力はつきもの
ø福島瑞穂「性は日本でどう裁かれてきたか」、中下ほか編『セクシュアル・ハラスメント』有斐閣選書(加 藤ほか編『フェミニズム・コレクションU』勁草書房、に再録)。
 1949年の最高裁判決
 1978年広島高裁判決
(2)性のロマン主義的定義
(3)「大らかな性道徳」の押しつけ
(4)女の言うことは信用できない
(5)性欲の暴発というレトリック
2・4・3 被害者の〈スティグマ化〉と〈帰責=加害者化〉
 《性道徳の二重基準》→性的な経験にアクセスした女性の〈スティグマ化〉=信用剥奪→加害者化
 このような、被害者/加害者の逆転の背景にあるのは次のような構造である。(上記(5)に関連)

顕在的規範   誘惑する主体=男性=加害者     誘惑される客体=女性
  ↑
潜在的認知   誘惑される客体=男性=被害者    誘惑する主体=女性=加害者
 
 顕在的層と潜在的層とは、〈性の二重基準〉に対応する。顕在的規範の下で男性主体が危機に陥ったときには、潜在的認知が発動され、被害者/加害者の逆転が行なわれることにより、加害者男性は免責され、被害者女性は帰責される。そしてこのこと自体が、性の二重基準の再生産を可能にしているのである。
 
 2・5 性暴力とどうたたかうか 
2・5・1 「性的自己決定権」の確立
◆性的行為は、当事者の意志にしたがって行なわれなければならないという原則。
2・5・2 被害者になるかもしれない女性
◆自分の意志を尊重できているだろうか? 〜「避妊をしない理由」について見る
ø日本性教育協会編『「若者の性」白書 第5回 青少年の性行動全国調査報告』小学館
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2・5・3 加害者になるかもしれない男性
2・5・4 「性暴力」の彼方へ