表紙メッセージ 辻 泰一郎
「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」(ヨハネによる福音書8・12)
地球環境破壊、科学(軍事)技術の不気味な独創、競争と効率優先主義に基づく人間選別と切り捨て、情報化社会の中の人間関係の希薄化、老後の不安。何やら今私たちは、不安と不確かさのうちに生きている。
私たちの不安は子どもたちの不安でもある。自分の存在感の不確かさが集団によるいじめに結びついているのかも知れない。いじめられる側の孤立感と絶望感が彼の不安な生を断ち切らせるとすれば、何とも悲しい光景である。
死者が復活し、闇を歩く者が光の子となり、不安と絶望にあるものが希望と確かさのうちに生きることができるのは、キリスト者にとって神への信仰と、神の慈しみゆえである。
教育に携わる私たちが、学生に希望と信頼を抱かせ、社会や隣人に喜んで奉仕する精神を涵養することがどのようにできるか、もっと真剣に考えてよい。
(つじ たいいちろう 所員・法学部教授)
明学を去るに当たって 塩月 賢太郎
戦後の50年に当たるこの特別の年に大学の第1線を去るに当たって、感謝とともに様々な思いが去来する。
しかし今、退職直前に起こったオウム真理教事件が私には最も強烈な印象となっている。一万数千人の信者といえば、本学の学生、教職員の総数くらいであり、その大部分が二十代、三十代の若い人たちであるという。次々に暴かれてくる少数幹部達の犯罪的行為には、宗教のベールに隠れた傲慢と非常識に強い怒りを覚えるが、他方この集団のもつ途方もないエネルギーには目を見張らされるものがある。現代の若者たちにこのような活力があるのかと、改めて大学や身の回りの若者達を見直してしまう。紛れもなく、オウムは既成宗教、特にキリスト教に対する大きな挑戦である。仏教とはいえ、いたるところに聖書から都合のいい引用があり、ラディカルな対応が求められている。そしてそこには親子の断絶や、すべての財産の寄進などの勧めに対する信徒たちの文字どおりの対応にみるひたむきな姿に、現代の若者達の隠れた願望をかいまみる思いがする。
確かに、私たちは今戦後の50年の体験に基づいて、次の50年を展望するとき、迫り来る問題の重さにおしひしがれそうになるのを覚える。真面目に学問し、自らのアイデンティティを追及しながら、少しでも社会のために生きようと考える若者達は、無力感に押しつぶされそうになって、現実から逃避して身の回りの世界に埋没するか、それとも現実を否定して空想的な世界の実現という誘惑にのめりこんでしまう。私の身近な学生の中にも、もっと献身を要求する宗教セクトに加入するためや、今日の開発問題政策に反対して、いわゆるもう一つの開発を志向し、大学を退学して、農業の研修に新しい生き方を求めようとするものも何人かでている。一見無気力にみえる大勢の学生と、真面目だが現実の重荷に耐えて未来に備える忍耐力にかける一部学生、今の大学には彼らに強くアピールする力が欠けている。
50年前、私は大学一年生で敗戦を迎えた。戦時中信仰を与えられた私は、終戦と同時に学生キリスト運動の再建に幻をみ、事後50年間、国内に、また世界に同志を求めて歩き回った。本年はその世界キリスト教学生連盟の創立100年の年に当たり、近く大勢の仲間が集まり感謝の集いがベルリンで開催される。
しかし、戦争直後に夢見た第三世界の発展は、その理想からあまりにも遠い現実のままである。全世界の資源や環境問題、また人口問題を考えるとき、これから50年は発展と公正をめぐって、全人類の知性、倫理観、連帯感が最高に発揮されることがもとめられるだろう。先にコペンハーゲンで開催された国連の社会開発サミットはその意味で、人類と地球のサバイバルをかけた努力への第一歩であったといえよう。この一年、直接参加できたのは私にとって大きな喜びであった。
21世紀を目指す大学の役割は何か。国益を越え、客観的事実を踏まえ、世界の人々と連絡し、サバイバルと公正を実現するという歴史的、倫理的課題を追求するセンターとして、キリスト教主義大学としての、明学の使命そしてビジョンがあるのではなかろうか。学生たちは、世界がこのまま、無事に発展し続けることができるとも、また続けることが望ましいとも思っていないのではないだろうか。現代世界のビジョン喪失が無責任なハルマゲドン信仰あるいは願望を招来してはいないだろうか。
戦後50年、確かに今私たちは過去の歩みに対してはっきりとした責任を自覚しなければならない。しかし、そのことが重要なのはまさに、今日の私たちの行き方との関わりに於いてである。今世界は一つのニヒリズムの状態にある。おそるべきなのは様々な形を都って迫ってくる行動的ニヒリズムの挑戦ではなかろうか。
21世紀を目指すわが明学に、学生を含む各人のもつ可能性が最大限に発揮されるような気力充実する大学形成がなされることを祈ってやまないものである。
(しおつき けんたろう 元所員・国際学部非常勤講師)
ドイツの哲学研究とキリスト教 水落 健治
1993念4月より2年間、私は在外研究の機会を与えられ、ドイツ、ミュンヘンのルートヴィヒ・マクシミリアン大学(ミュンヘン大学)第10学部のProf.Beierwaltesのもとで客員研究員としてヨーロッパ中世哲学の研究に携わった。2年間の生活を通して様々なことを感じ、また考えさせられもしたが、一番痛切だったのは、研究の方法と拝啓がドイツと日本とでこれほどまでも違うのか、ということである。ゲーテ・インスティトゥートでの5ヶ月間のドイツ語研修を経て大学に通いはじめて以来帰国するまで、私はずっとこのことを考え続けていた。
こんなことがあった。−−−昨年の冬学期、トマス・アクィナス『存在と本質について』De Entert Essentiaのゼミに出たときのことなのだが、話が『笑い』の話になったので、私がアンリ・ベルクソンの著書『笑い』のことを話した所、ゼミの指導にあたっていた助手も含めて、出席していたドイツ人の誰もこの書物のことを知らなかったのである。もちろんすべての出席者はベルクソンを現代フランスの哲学者として知ってはいたのだが、その彼が書いた、日本では一番通俗的な著書をほとんどのドイツ人が知らなかったことは、私にとっては予期せぬ驚きであった。
そして私は、ちょうどこれと逆のことをキリスト教について経験したのである。
私を招いてくれたProf.Beierwaltesは、新プラトン派の研究者であり、しかも新プラトン派の哲学をキリスト教神学との関わりで捉えているので、Prof.の話の中に相当程度キリスト教の話が出てくるであろうことは、私も当初から予測していた。しかし、いざ授業に出てみると、その程度は私の予測を遥かに超えるものであり、しかもほとんどは私の知らないことであった。
ヘーゲルの『精神現象学』の構造がアウグスティヌスの「信仰の知解」の思想を下敷きにしていること、ハイデッガーの『存在と時間』がトマス・アクィナスの「存在」の思想との対決の結果成立したこと−−−この類の話は講義の中に余談として無数に出てきたし、また、後期新プラトン派の哲学者プロクロスのゼミでは、19世紀イギリス−−−特にケンブリッジ−−−のプラトン研究の隆盛を当時イギリスで主流であったキリスト教神学(三位一体論)への反動として捉える詳細な報告を行った学生もいた。そしてこのような話題は単にProf.Beierwaltesの授業のみならず、ドイツ滞在の期間中、中世ラテン文献学の講義など、至るところで耳に入ってきていた。
このような経験を通して、私は、ドイツの哲学研究が日本のそれとかなり根本的なところで違っていることを身にしみて感じさせられた。また、ドイツのキリスト教についても、これが日本人の理解する−−−アメリカ的−−−キリスト教と本質的なところで違っていることを強く思わしめられた。
私の哲学研究もキリスト教理解も、何か今、全くの出発点に戻ってしまったような気がしている。とはいえ、このような話を聞いて、目から鱗が落ち、はじめてヘーゲルやハイデッガーがわかったような気がしているのも事実なのだが・・・・・
(みずおち けんじ 所員・一般教育部教授)
教会堂が私たちに語ること 斉藤 栄一
ロンドンは周知のように第二次大戦中にドイツのロケット弾の爆撃を受け、街のかなりの部分を焼失している。それまで街中にはセント・ポールやウェストミンスター寺院といった大規模な聖堂や教会堂のほか、教区教会が無数に存在した。そのうちのいくつかは、幾世紀もの風雪に耐え、五十数年前まで建築史の貴重な証言者として生き延びてきた。それが鉄と火薬の雨のもとに、永遠に帰らぬ存在となってしまった。
ロンドン西部にオールド・チャーチと呼ばれる小さな教会がある。トマス・モアゆかりのこの教会も、ゲートの一部を残してすべて破壊されてしまった。現在立っているものは後に復元されたものである。私がそのことを知ったのはガイド・ブックによってではなく、入口に掲げられた碑板によってである。この教会は神の館として時間を超越していると同時に、歴史の証言者でもあるのだ。
ナチス・ドイツの空爆を受けたのはひとりロンドンのみにとどまらない。ロンドンのすこし北にあるコヴェントリーもまた大戦初期にドイツ空軍の空爆を受けた。空爆による一般市民の大量虐殺の最初の例として知られている。このときコヴェントリーの大聖堂は外側の壁だけを残してすべて破壊された。現在、その内陣部分は、空襲による死者たちを記念する講演となり、壁面の一部を使ってそのすぐとなりに現代的な聖堂が建てられている。今年の初め、この空襲による犠牲者の追悼コンサートが開かれ、ティペットとベートーヴェン、つまりイギリスとドイツの作曲家の作品が演奏された。
大戦末期にはこんどはドイツの各都市が空襲の対象となった。なかでもドレスデンのそれは良く知られているが、このとき爆撃の対象となったのは、軍事施設でもなければ軍需工場でもなく、市街地そのものだった。このときたまたま捕虜としてドレスデンの収容所にいたアメリカの作家K.ヴォネガットは、そのときの体験をもとに『母なる夜』という小説を書いた。その記述によっても、この空襲がいかに徹底的なものであったかがわかる。昨年この街を訪れたとき、無数の石のかたまりがいくつもの棚の上におかれている一角を発見した。それは五十年前に完全に破壊された聖母教会の破片であった。それらの端が欠け、黒ずんだ石たちは五十年ものあいだ再建の日を待ち続けている。いまだに再建反対論があるためだ。
教会は神の館である。しかし、教会はまた、人とともに生きる歴史の証言者でもある。少なからぬヨーロッパの教会堂は、このように、あの惨禍と愚行を決して忘れないようにとさまざまな形で警告を発しつづけるであろう。日本のキリスト者に、そして日本人全体に過去の過ちを繰り返すなと語り続ける教会堂が日本にどれだけあるだろうか。
(さいとう えいいち 主任・一般教育部教授)
研究所報告 加山 久夫
本年4月から、畠山保男主任に代わり、在外研究から帰国された斉藤栄一所員を新たに主任としてお迎えしました。このほか小田島太郎、水落健治両所員が研究休暇から戻られましたので、研究所の活動のさらなる充実のためにご活躍を期待しています。
マリンズ・ヤング両所員を中心として、日本、韓国、米国、台湾の研究者によって1990年から進められてきました共同研究"Christianity in East Asia"は昨年度で終了し、その成果が今年末ないし来年早々にはアメリカの出版社から公刊される予定です。これに代わり、本年度より新たに、久世了所員を責任者として共同研究「ヘボン研究」がはじまりました。明治学院内外で、高谷道男先生をはじめ、これまでヘボン研究に携わってきた方々は少なくありませんが、当の明治学院で共同研究プロジェクトとしてヘボンを研究する企画はこれまでなかったのではないかと思います。遅きに失した感がありますが、これまでのさまざまな成果を踏まえ、近代日本の形成のために大きい足跡を残したヘボン博士(夫妻)、殊に「医師としてのヘボン」を新たな視点から掘り起こし、そこから将来への新たな光を与えられたいと願い、期待しています。
キリスト教研究所は1年後には、現在工事中の新本館北ウィング9階に移転することになります。この実現のためご尽力くださった方々に心から感謝申し上げます。目下レイアウトを検討中ですが、新たな永住の地を与えられて、研究所の活動そのもののレイアウトも創意工夫され、ますます学内外に寄与できますよう願っています。
(かやま ひさお 所長・一般教育部教授)