Jinken、あるいはDenkenのこと 大西 晴樹
(表紙メッセージ)
今秋、120周年を迎える学院の一連の記念行事の一つに「明治学院人物列伝研究会」
なるものがある。催し物としては、研究会 という性格上ミスマッチの嫌いもあるが、120年という節目を飾るには、なにせその長い歴史に切り込むのだからタイムリーな企
画であるといえなくもない。自画自賛はこ れぐらいにして、この企画を思いついたの
は、敗戦50年目に当たる一昨年、中山学院 長の「明治学院の戦争責任・戦後責任の告
白」、その自己検証としての冊子『心に刻 む』の編集作業にさかのぼる。真理探究を
第一とし、キリスト教教育を掲げる学院が どうして、国家主義、軍国主義教育に膝を屈していかざるをえなかったのか。以来氷
解せぬ疑問に、本研究会が契機となって少 しでも答えることが出来ればというのが私
の願いだ。さいわいにも、キリスト教研究 所を会場とした初回会合に出席したメンバ
ーの関心は、宣教医ヘボンから仏教改革者 古河老川まで幅広い。読者諸賢のいっそう
の参加を乞う次第である。
(おおにし はるき 所員・経済学部教授)
創設30周年記念公開講演会要旨
カルヴァンとフマニタス 講師 森井 眞 氏(キリスト教研究所名誉所員、本学名誉教授)
斉藤 栄一
現在、カルヴァンの書簡は1220あまり残されているが、日記も語録も残さなかったカルヴァンの肉声をそれらの書簡は十二分に伝えてくれる。たとえば、ジュネーヴで自身が暴君と陰口されていることへの悩みのようなものから、メランヒトンによる批判への反論にいたるまでその内容は多岐にわたっている。彼は、1959年に書かれた48通の書簡の中でフマニタスという言葉を25回も使っているが、これはかならずしも現在の「人間的な」という肯定的な意味で使われているとはかぎらず、たとえばアンヴァンシオン・ユメーヌというときには、神に逆らう人間の発明という意味をもっている。しかし一方で、「人間らしさ」とは「人の苦しみに心を動かされることだ」とも述べているが、この発想の根底にあるのは彼が若いころにつちかった古典古代の素養である。
ただしキリスト者カルヴァンが人間の生きる目標として立てたのは「ただ神の栄光のために」ということであった。また信仰義認を唱えた以上、良い行ないをするのが必然であるという考えにいたったが、それをささえたのがユマニスムであった。私の師F.バンデールサンがその著『カルヴァンとユマニスム』(1976)で説いているように、カルヴァンはユマニストをやめて宗教改革者になったのではなく、終生ユマニストであった。
もっとも、三位一体説を否定したスペインの医者ミシェル・セルヴェが火刑に処せられたときに、カルヴァンがその処刑を積極的に支持したことにたいして、セバスチャン・カスティリオンが『寛容論』を著してそれを批判すると、カルヴァンはきわめて感情的な反論を展開した。またニコラス・ツェルピンデンから、セルヴェの処刑に関して、「私は、あまりにも早急に剣の厳しさに傾くよりは、過度の寛容と臆病によって罪を犯すことのほうを望みます」という内容の書簡を受けとったときにも、カルヴァンはそうとうこたえたようだ。これにこたえた書簡のなかでカルヴァンは、人間にはだれしも欠点があるのだから、ただいたずらに私の悪い点だけをあげつらうことをせず、寛容の精神でお互いを認めあいたいと、皮肉とも嘆願ともつかぬ調子で応えている。
カルヴァンの書簡全体に読みとれるのは、ギリシア・ローマの古典によってつちかわれたフマニタスを足掛りとしながら、さらに新しい古典を作るべく、新しい人間とは何かという問を問い続けてゆく、ラブレーからモンテーニュへといたる人文主義者と同時代の、知の実践者としてのカルヴァンの真摯な探究の姿である。そしてすでにある古典を手掛りにして、新しい古典を生み出すということこそ、カルヴァンのみならず、我々にもまた課された課題なのではないだろうか。
(さいとう えいいち 主任・一般教育部教授)
1996年12月7日 公開研究会要旨
キリスト教に基づく人格教育とは何か 吉岡 良昌
教育基本法がその第一条で教育の目的は人格の完成にあると謳っている以上、多くのキリスト教主義学校がその教育方針を「キリスト教に基づく人格教育」として掲げているのは当然の成行であろう。問題は、この言葉の意味することが何であるのか、その主体的定義づけをして来なかったという点にある。
南原繁が言う通り、教育基本法の原案は、教育刷新委員会という当時の日本人の手による作品として、戦後日本の教育の理想を高く掲げたものとして評価されねばならないならば、そこに含まれているヨーロッパ思想の遺産としての民主主義の価値を摂取し、これを日本の教育に生かすべきであるという彼らの意図を充分汲み取るべきであったと言えよう。「真理と正義を愛する」ホモ・サピエンスの伝統、「個人の価値をたっとぶ」ホモ・パティエンスの伝統、「勤労と責任を重んじる」ホモ・ファーベルの伝統の価値観に立って、自主的精神に充ちた生活態度をもって生きるならば、心身共に健康な国民として、民主的な社会と平和的な国家を期待できるはずであった。しかしこの方針は、戦後間もなくホモ・エコノクスすなわち経済的な人間観一辺倒に堕してしまったことは周知の通りである。
それでは上記の人間観を明確に打ち出した日本の思想的基盤はどこにあったのであろうか。それは直接的には、基本法作成に関わった田中耕太郎・南原繁・森戸辰男等がひとしく新渡戸稲造の人格主義教育思想に触れていたということであり、間接的には、幼き頃に大正デモクラシーの空気を吸っていたということであろう。そして更に「人格教育」のルーツは明治時代にさかのぼって考えることができる。
英語の personality や personの訳語として「人格」が決定し、定着したのは、明治24年頃、井上哲次郎の進言に基づいて、中島力造がカント哲学に基づく倫理学を提唱したことによるといわれている。カント哲学に基づく倫理的用法と、植村正久や小崎弘道らが最初は「有心者」という訳語をあてたキリスト教的用法、そして、オルポートのパーソナリティ論に基づく心理学的用法の、これら三者の用法が明治中期に一挙に導入されたのである。
日本語として定着した「人格」はその後、大正デモクラシーを経て、新渡戸稲造らの人格主義教育へと引き継がれ、戦後日本の教育基本法において開花したといえる。しかしその果実は、森有正や宮田光雄らの少数者に見られはするものの未だ本流とはなっていない。このような日本の思想的跡づけをすることによって改めてキリスト教に基づく人格教育を評価する必要があるといえよう。 (主張の第一点のみ要約)
(よしおか よしまさ 東洋英和女学院大学短期大学部教授)
キリスト教のアジア的コンテクスト 加山 久夫
21世紀に入ると、欧米以外の地域のキリスト者が約16億のキリスト者人口の過半数を占めるようになると予想されています。今日のアジアにおいては、カトリック国フィリピンのほかに、キリスト者人口が国民全体の25%を越える韓国が顕著な例ですが、中国でもキリスト者の数が増えつつあると聞いています。しかし、私はここで宗教社会学的な動態について述べようとしているのではなく、昨秋、招かれて訪ねたアメリカ訪問の印象を短く報告したいと思います。
アメリカ・カナダを中心とするSociety of Biblical Literature(SBL)は約130年の歴史をもつ国際学会ですが、最近では、AmericanAcademy
of Religion (AAR) というもう一つの大きい学会と同じ時同じ場所で学術大会を開催していますので、3000人近くの人が出席するようになり、開催可能な都市を探すのが大変になってきているという始末。その中でここ十数年確実に顕在化してきたのは女性の参加ですが、それと共に、いわゆる白人以外の人々の参加です。これまで圧倒的に西欧中心的な研究領域となっているキリスト教研究、特に聖書学について、これら新たな非西欧人研究者のあいだで反省の声が上げられるようになりました。そのひとつの結果として、1995年度から新たに、Asian
and Asian-American Biblical
Studies Consultation が数十ある研究グループの一つとして設けられました。私が発表を求められたテーマは "History and Issuesin Japanese Biblical Interpre-tation" でした。アジアと言っても、アジアの国々はそれぞれ個有の歴史や文化をもっており、アジア系アメリカ人となると、また違う。そもそも、テクストとしての聖書を学問的に研究するのにこのような民族的文化的要素が作用するものなのかどうか、という疑問もあるかもしれません。しかし、圧倒的に優位に立ってきた西欧のキリスト教研究に対して、これからもそれから学びつつも、もっと違った、より広い視野(コンテクスト)からキリスト教あるいは聖書というテクストを読むことによって、テクスト理解に新しいニュアンスを読みとることができるかもしれない。私はそのような期待をもっています。
上記学会が開かれたニューオリンズへの途次、私は PacificSchool of Religion
で講演するため数日バークレーに立ち寄る機会も得ました。120年の歴史をもつ、アメリカでもリベラルな伝統を持つこの神学校には、学務副学長をはじめ数名のアジア系教授がおられますが、その中に日系仏教学者もおられました。「異端的」ということで仏教研究所を離れなければならなかったこの方を神学校が教授として迎えていることに、この学校のふところ深さを感じるとともに、このような友情に基づく宗教観の対話を通して、生産的な成果が生まれるのではないかという予感を感じもしました。
アジアでも、アジアキリスト教協議会やいくつかの研究団体が呼びかけて、今年5月、Congress
of Asian Theologians (CATS) が旗上げされることになりました。ここから何が生まれるのか未知数ですが、未知数であるだけに、アジア的コンテクストの中でキリスト教を共に考えようとするその新たな企てに少なからざる期待を寄せています。果たして、日本のキリスト教の研究者の中でどの程度そのような企てに関心を示すのだろうか、一寸不安です。それが私の杞憂に過ぎないことを心から願っています。
(かやま ひさお 所長・一般教育部教授)
書評『私にとってのキリスト教−学問と信仰−』
(明治学院大学キリスト教研究所編、教文館、1996年)
久世 了
本学キリスト教研究所が「学問・人間・キリスト教」の総合テーマのもとに2年にわたって開催してきた公開講演会での講演7編がこの本にまとめられた。
巻頭の弓削達前フェリス女学院大学学長の「ローマ史研究と私」は、九つの具体的なテーマをあげてそれぞれに興味深い話が述べられているが、とくに注目するべきだと思われるのが五番目のテーマの「ローマ皇帝観と天皇神格化思想の比較」の部分。弓削先生が大嘗祭問題の渦中の人となったことはよく知られている通りだが、その頃このテーマで先生がなさった講演を直接にうかがう機会があり、ローマ史研究の学問と信仰とが先生の中で見事に結びついていることに深い感銘を受けたことが思い出される。
次の中山弘正明治学院長の「ロシア・ソビエト経済研究と私」では、これまで「マルクス主義というイデオロギー、その思想部分は拒否するが、マルクス経済学は経済学の一つとして肯定」する立場で研究を進めてきたが、最近になって、その経済学自体に問題があると考えるようになった、と述べられている。私は中山先生と同じ世界を歩んできた者だが、マルクスについては、その思想には見るべきものがあるが、経済学は受け入れられない、というまったく逆の考えを持って来た。だからといって、いわゆる近代経済学が科学的だとも思われない。ここに経済を研究する上での困難があるので、これからの中山先生のお仕事に注目したい。
隅谷三喜男先生は「現代科学とキリスト教」の題のお話を、近頃しきりに主張しておられる、縦軸と横軸という言葉を使って生を考え、生きるということを考える方法でしめくくっておられるが、その部分がもう少し詳しく展開されていたら、と思うのは私だけではないのではないだろうか。
「キリスト教と科学技術」を論じた村上陽一郎国際基督教大学教授の講演は、リン・ホワイト・ジュニアの「キリスト教が人間は自然を支配するべきものだと教えたことが環境破壊に道を開いた」という主張が引き起こした論争を取り上げており、環境問題に具体的に関わって来ている私にとって、とくに教えられるところが大きかった。村上氏は結局、リン・ホワイトのテーゼを否定しておられるが、その議論は一読に値すると感じられた。
「神なき時代の文学」の題のもとで、ノーベル文学賞作家の大江健三郎を論じた新倉俊一教授は、明治学院大学での同僚として接する機会が多いのだが、大江論をうかがったのはこれが初めてである。大江は私の全く同時代人なので興味はあるのだが、あの文体がどうも苦手で、親しめなかった。しかし、新倉先生の講演のおかげで、その大江が非常によく理解できたように思われ、これからはひとかどの大江論ができそうな気がしているところである。
以上、本書の中で、私自身にとってとくに興味深かったところをかいつまんで紹介してきたが、7編の講演はいずれも、それぞれの分野の学問のレヴュー、講演者の個人史、そして学問とキリスト教の一般論の三つの部分を、比重は違うにせよ含んでいるものであって、キリスト教研究所30周年という記念すべき時に出版されるにふさわしい内容をなしている。
私は、とくにこの本を多くの学生諸君に読んでほしいと願うものである。ここで示されているような、学問することとキリスト教との間の関係を理解することによって、学生は、キリスト教主義の大学で学ぶことの積極的な意義を見出すことができるのではないだろうか。たとえばキリスト教科目のテキスト、あるいは参考書としてこの本が大いに活用されることを希望したい。
(くぜ さとる 所員・経済学部教授)