新世紀・新ミレニアムを展望して 中山 弘正
神社・仏閣も「新ミレニアム初詣」などととなえていたが、もう2月。早い。
尊敬する先輩の経済学者(世界経済論)が、旧社会主義圏も含め、ことごとくが「経済成長」を肯定しグローバル市場化している今日、地球は10年と保つまいと真剣に警告している。マル経も近経もどの経済学派も「成長」を第一目標としてきたことの終焉が近づいている、と。
そうに違いない。私どもは終末をもっとずっと真剣に想わなければならない。もとより、それは人智では計れず、主の定められる「時」であるとはいえ、警告は充分に行われているのである。私どもがこの新世紀に展望すべきは、主の再臨と終末である。兄弟姉妹よ衿を正せ。私どもの全ての研究・教育の基礎にこの展望を据えよ。私どもは「その時」のためにこの学院に遣わされているのである。
(なかやま ひろまさ 所員・経済学部教授)
明治学院大学について考える 橋本 茂
私たちのキリスト教研究所(以下、キリ研と略す)は、インターファカルティな研究員よりなる研究所です。それぞれ専門を異にする研究員間の会話は、他では味わえない、とても興味深いものです。この特徴を生かして、12月に横浜校地のブラウン館で行われた恒例の「一泊研究会」で、《明治学院大学を考える》というテーマで、3人の研究員に発題してもらいました。一般教育部の水落研究員には「教養とは何か」について、法学部の辻研究員には「ロー・スクールが明治学院にどんな影響を及ぼすか」について、文学部の真崎研究員には「現在の明治学院について」話していただきました。その発題内容をそれぞれの発題者に短くまとめていただき、それをここに掲載しました。
大学が冬の時代を迎えると言われて久しいのですが、はたして私たちの明治学院大学はその冬の時代への備えができているのでしょうか。先輩の先生方が苦労して作った一般教育部はいとも簡単に廃止され、その後、多くの先生はどこにも所属しない宙ぶらりんな状態が続いています。この廃止は大きな発展を意味するのでしょうか、あるいは、偉大なる後退を意味するのでしょうか。このような状況にある一般教育部の水落教授に、彼の専門と教室での経験を生かして、「教養とはなにか」について基本的なことについて発表をしてもらいました。今、一番求められているのは、人間形成に関わる教養教育であると、水落先生は主張していると思います。
教学改革の目玉として「言語コミュニケーション学部」が検討されてきましたが、前学長の主張だけで終わりました。今、法学部が一丸となって「ロー・スクール」の創設を訴えています。私たちはこのロー・スクールについていろいろな噂をもとに勝手なことを言っています。そこで、このロー・スクールの設立準備の中心人物である辻教授より、直接、「ロー・スクールが明治学院にとってどんな影響を持つか」について、いろいろな角度から話してもらいました。財政上の問題はもちろん、私たちが考えられる他の問題も一つ一つ検討しながら、設立の準備がなされていることを、辻先生の話から知ることができます。今は、厳しい決断が求められていると思います。
最後に、学生部長や学長室長を歴任し、大学を広い目で見てきた真崎教授に、「明治学院の現状について」話してもらいました。新設学部をめぐる紛糾、一般教育部の解体、臨時定員をいかに確保するか、などに時間をとられているうちに、私たちは、大学の大きな構成員である学生の教育や生活についてほとんど考えないできたのではないでしょうか。その結果、今、私たちの明治学院大学は学生にとって夢も希望もない大学になっているのではないでしょうか。このことについて、真崎先生に率直に話してもらいました。
この三研究員の発題を肴に、明治学院について考えていただけたら幸甚です。
なお、キリ研の諸事情で遅れましたが、元研究員の福元真由美さんの原稿を掲載することができました。改めて福元さんにお礼申し上げます。
(はしもと しげる 所長・社会学部教授)
〈教養〉と明治学院の学生 水落 健治
今回の研究所の合宿で「一般教育の問題・教学改革の問題」を考えることになったとき、常にふたつのことがらが私の脳裏から去りませんでした。
その第一は、「これまでの教学改革の議論の中で〈教養とは何か・専門とは何か〉ということが、学部を超えて話し合われたことがあっただろうか」ということです。私は、これまで、教学改革の問題にそれほど積極的に関わってたわけではないのですが、この十年間の学内の動きを振り返ってみると、「明治学院は〈教養と専門〉という問題をどのように考えていくのか」という問題が正面切って論じられたことは、今まで全くなかったのではないか、という気がいたします。そんな中で、今後の学院のことを考えて行くためには、やはり一度この問題を考えてみる必要があるのではないかという気がいたしました。
その第二は、早稲田大学のことです。先日、中世哲学会という学会があったのですが、その席上、早稲田大学の広報部長をしている友人から、「早稲田大学が今後十年位かけて〈教養学部〉を作ろうとしている」ということを聞かされました。早稲田の学長や執行部の人々は、様々な企業のトップと会うことも多いのですが、企業のトップたちは異口同音に「最近入社してくる学生たちの中には骨太の人間が少ない」と言うのだそうです。これはどういうことかというと、「与えられた専門のことを解決する能力はあるけれども、これに入らないような出来事が起こったときに、それに果敢に対処していけるような人間が非常に少なくなった。だから企業としてはそういう人間を今求めている」ということなのだそうです。そこで、そういうことがあまりにも頻繁に聞こえてくるので、結局早稲田大学としてはこれから10年計画ぐらいで教養学部を作ることを決めて、現在すでにそのためのプロジェクトが具体的に動き始めている、とのことでした。
そんなことを考えながら、私は、「教養とは何か、専門とは何か」ということを一度考える機会があっても良いのではないか、と思いました。
以上のことを踏まえて、今日は私自身の授業に即しながら二つのことをお話しようと思います。その第一は、「教養とは何か」ということです。「教養」とは、ギリシア語では「パイデイア」と申しますが、特にギリシア人たちがどのような意味合いでこの語を使ったのかをまずお話します。そして、その後で、この「教養」という問題に対して、明治学院の学生----私の授業をとった学生ですが----がどのようなことを考え、どのような気持でいるのか、という具体例を話させていただきます。
というのも、今年度の後期からなのですが、私は『キリスト教の諸相』の授業で新しい講義を始めました。「理性と信仰」あるいは「宗教と学問」というテーマのもとに、まずギリシアの知識論の話をして、それからユダヤ・キリスト教の話と教父の話をして、そこで出てきた様々な問題が、13世紀ヨーロッパの「大学の成立」、知的共同体としての「大学の成立」という出来事において、どのような形で展開していったかを話そうと考えたわけです。この計画のもとに、まずギリシアの話を始めたのですが、そうしましたら、私自身が思っている以上に学生は「教養」とか「知識」とかの問題を考えていることが分かって来たわけです。私は、毎回授業の後に、感想や質問を学生に書かせているのですが、その内容が、本当に私自身も驚き考えさせられてしまうことが多いのですね。
そこで、話の後半では、そのような学生の生の声を幾つか紹介しようと思います。大体以上が、私の話の大枠です。
1. 教養の軽視 = 人間の自己形成に関する無関心
そこで、「教養とは何か」という本題に入るわけですが、この話を、最近私のもとに送られた一冊の本から始めようと思います。それは、稲垣良典監修『教養の源泉をたずねて』(創文社) という本です。これは、現在大学が直面している学部改組の問題を念頭に置きながら、トマス・アクイナスの専門家である稲垣先生を中心に、中世哲学の研究者たちがそれぞれの専門領域を軸に教養の問題を論じた書物なのですが、その中に次のような一節があります。
したがって、上記の教養軽視の動きはいずれも1つの事柄を原因として引き起こされていると言って過言ではないだろう。それは人間がいかにして形成されるのかという問題に関する無関心、あるいは理解の欠如である。言い換えると、すべての者が求めている幸福についての無関心、無理解である。(この点については、教養の復権を唱えるかのような書物でも、全く同じ状態であると言えよう)。人間であることの心底からの喜び、人間であることの底知れぬ不安といったことが個々の人を動かさなくなったのであろうか。深遠から脅かされ、しみじみと感じられるものがかき消されるほどに外部の雑音が
強力になり広がってしまったのであろうか。人々の衷心から求める心を妨害する働きの1つに学校教育が数え上げられるのは、皮肉なことである。しかし、現実に学習者の幸福実現を目的とした本来の学習、真理の探究は学校現場から影を払っていると言ってまたないであろう。学習者は断片的な知識を有用な情報としてありがたがるのであり、またこの知識の増大することをもって成長と錯覚して喜ぶのである。
(46-7頁)
私はこの一節を読んで深刻に考えさせられてしまいました。「人間がいかにして形成されるかという問題に関する無関心。これが教養軽視につながっていく」----これがまさに現代の大学の置かれている状況を言い当てているように思われたからです。
そして、このような脈絡で改めて考えてみると、古代のギリシア人たちは、「教養」の問題をまさに「人間形成」との関連で見ていたわけです。
2. 専門教育 = 奴隷の教育
ではギリシア人たちは「教養」 (パイデイア) をどのようなものとして考えていたのか。以下、このことを示している典型的なテキストを掲げます。
1. [ソクラテスの弟子アリスティポスの言葉]
無教育な人間であるよりは、むしろ乞食である方がましだ。乞食に欠けているのは金だが、無教育 な者には人間性が欠けているからだ。
(ディオゲネス・ラエルティオス『ギリシア哲学者列伝』2.8.70)
2. [アリスティポスについての逸話]
ある人が息子を弟子入りさせるために彼の所へ連れてきたら、彼は 500ドラクメを請求した。そこ でその人が「それだけ出せば、奴隷が1人買えますよ」と言うと、「では、そうなさい。そうすれば、 あなたは奴隷を2人持てるでしょう」と彼は応じた。 (『同上』2.8.72)
3. [アリスティポスについての逸話]
ソクラテス派の哲学者アリスティッポスは、難船してロードスの海岸に打ち上げられ、そこに幾何学 的図形が描かれてあるのに気づいたとき、仲間の者たちに向かって叫んだ、「きっといいことがある ぞ。人間の痕跡がここに認められるから」。 (Viturvius 6.1)
嵐がその人物を大海原から見も知らぬ土地の荒涼とした浜辺に押し流したとき、他の者たちは見知ら ぬ土地のこととて怖れおびえたが、彼は浜辺にある幾何学的図形の描かれているのに気づいた。これ を見ると彼はこう叫んだと言われている。「元気を出せ。人間の痕跡があるぞ」。彼はしかし、このこ とを、彼も目にした耕作地からではなく、学問のしるしから解したことは明らかである」。 (Cicero, Rep.1.29)
これらのテキストから、私たちは次のことを知ることができます。
1.教育・教養とは、人間が人間となるためのものである。
2. 教育・教養を持たない人間は奴隷であり、これを持つ人間は自由人である。
3. 教育・教養は、実利的・専門的知識 (耕作地の技術) からではなく、非実利的な学問
(幾何学) によってもたらされる。
実はこのテキストの出典は、廣川洋一『イソクラテスの修辞学校』 (岩波書店) という書物なのですが、廣川先生は同書の中で、3 のテーゼをさらに過激に展開してこういっておられます。
4. 専門教育とは奴隷の教育である。
廣川先生がなぜこのようなことを言っておられるのか----このことを知るためには、古代ギリシア社会における「自由人」や「奴隷」がどのようなものであったかを知っておく必要があります。
具体的に言うと、市民権を持ったギリシア人たちは家長でした。ギリシアの家は、かなり大所帯であったわけです。そしてこの家の中には多くの奴隷がいました。例えば家の財政をつかさどる会計士、子供を教育する家庭教師、それから馬の面倒を見る馬丁もいました。家に耕作地がある場合には農夫もいました。奥さんというのはいわゆる主婦で、家の台所系統を取り仕切っているわけですが、この主婦の指示の下に買い出しに行き食事を作る女中もいました。そしてそのような奴隷たちは自分たちに与えられた仕事のみを行なう、いわゆる「専門家」として雇われていたわけです。そして主人はそういう奴隷たちを使って、家の全体的な運営を行なう。つまり、家の全体的な運営をやるというところに、自由人である主人の力や役割があるわけですね。これが、ギリシアの家の制度であったわけです。
3. 教養とは何か
このようなことを考えてみると、「教養をもつ人間は自由人てある」といわれることの意味もおのずと分かってきます。つまり教養とは、特定の専門領域の考え方に「縛られる」ことなく、様々な知識を「自由に」用いて問題を解決して行く能力なのです。しばしば、大学の教養科目のことを
"liberal arts" と呼びますが、この"liberal" という語のニュアンスはこの点にあるわけです。
というわけで、「教養とは何か」という問に対しては、次のような定義が与えられると思います。
教養とは、自らの前に与えられた課題に対して、あらゆる知識を総合的に動員して解決していくことのできる能力である。
考えてみると、われわれが「生きる」ということは、まさにこのような〈総合的問題解決〉の連続なわけです。われわれは、生まれたときからこの方、様々な試行錯誤や挫折を繰り返しながら、眼の前に置かれた課題に立ち向かい、自分のもてる知識を動員してこれを解決しようとし、〈自己実現〉を果たそうとしている。そして、この〈自己実現〉の結果はじめて、人間は「人間となる」のです。ギリシア人が「教養とは、人間が人間となるためのものである」と主張したのは、まさにこの意味においてだったといえるでしょう。
では、自己実現をして人間となった人、つまり教養ある人とはいかなる人なのでしょうか。紀元前四世紀の教育者・修辞学者イソクラテスはその理想をこう書いています。
いかなる人をもって教養ある人と呼ぶべきであろうか。まず第一に、日々に出会う物事を立派に処理し、物事の好機をとらえ、そして多くの場合有益な策を得ることのできるドクサ
(健全なる判断) を持つ人びとがそれである。第二に、常に仲間として交わる者たちとふさわしくまた正しく交際し、他の人びとの与える不快や無礼も静かにそして容易に耐えることができ、仲間たちにたいして自分自身をできる限り爽やかに、節度あるものとしてしうる人びとがそれである。第三に、快楽をつねに支配することができ、不幸によっても過度に圧倒されず、それらの不幸のもとにあっても勇敢に、そしてわれわれが等しく授かっている〔人間の〕本性にふさわしい仕方で、耐えることのできる人びと。第四に、そしてこれが最大のものであるが、成功によって身を滅ぼすことも、自己を見失うことも、傲慢となることもなく、思慮に富む人びとの列に留まり、彼ら自身の本性と思慮によって最初から生じたものよりも偶然によって彼らのもとに生じ来たものを喜ぶようなことは決してない、そういう人びとである。それらの事項の1つだけではなく、それらのすべてに対して、精神のよき調和をもつことのできる人びと、この人びとを、私は、賢き人、全き人、すべての徳をもつ人と呼ぶのである。
(『パンアテナイア祭演説』30)
以上の説明で、「教養」 (パイデイア) なるもののおおよその輪郭が明らかとなったのはないでしょうか。
4. 学生たちの反応
さて、私は『キリスト教の諸相』の授業で、以上のようなギリシア人の教養観を学生にぶつけてみたのですが、そうしましたら、私の想像をはるかに上回るショッキングな反応が返って来ました。以下、特に考えさせられたものを紹介いたします。
(研究会では、学生の生の声を紹介したのですが、ここでは紙面の関係で要約に留めます。)
1.「現代の日本社会では、断片的・専門的知識しかない人が、総合的判断をすべき立場についている。」
(第二部社会福祉学科女子・社会人入学)
このことを指摘したのは、社会人入学で入って来た看護婦の学生です。彼女は、看護婦としてすでにある程度のキャリアをもち、新人看護婦を教育しなければならない立場にありますが、狭義の専門教育としての医学教育しか受けてこなかった医師が、医療現場では、本来教養教育を受けた人が就くべき地位についていること、そしてそこから様々な矛盾が生まれているを痛切に感じ、そのことを訴えていました。
2.「この世界で働く人のほとんどが奴隷なのだ。どんなに頑張っても命じられたことしかできない。アルバイトなんてもろにそうだ。」
(第一部社会学科女子)
現代社会は、ほとんどの人間が奴隷として働かされる、そういう構造になっている、自由な判断が可能な場所に立つことのできる人間が非常に少ない、という指摘です。私は、この感想を読んで、「大学で専門教育ばかりやるということは、結局、一部の自由人の意のままになる〈奴隷〉ばかりを社会に送り出していることになるのではないか」と考えてしまいました。明治学院の建学の精神である「人格教育」との兼ね合いを考えてみる必要がある、と思いました。
以上ふたつの感想は、教養 (パイデイア) について話したときのものですが、私の授業では、その後で、プラトンとアリストテレスのテキストを使いながら、「確実な知識」、「真理」、「善」の話をしました。以下はその時の学生たちの感想です。
3.「この世の中に真とか善があるのかどうかということは、現在の私も考えていることである。でも、答えはいまだに見つからない。それでも必ずどこかに答えがあると信じて、今も探し続けていた。そしたらこの授業の中で、プラトンの考えに出会うことができた。イデアについても早く知りたいし、もっと研究してみたいと思った。」(第二部英文科男子)
「真理」とか「善」などという語は、今の学生にとって死語になっているのかと思ったら、そんなことはないのですね。この学生の真剣な探究の眼差しに接し、このような学生が今でもいるのだということ知って、私は勇気づけられる思いでした。
4.「知ることはなぜ喜びにつながるのだろうかと、今日の講義を聞いていて思いました。人間は、常 に知ることの欲望に飢えているような気がします。なぜ知りたがるのかについて考えてみても、まだ はっきりした答えが見つかりません。ただ、知ることが喜びに変わることは事実であると思いました。」 (第二部英文科男子)
「知の喜び」----これもいまだ死語ではないのだと思いました。
5.「人は知りたいという欲求が強いのだなあと思いました。最近、私は知りたいなと思うことがありません。あいまいな知識がたくさんあり、そのあいまいな知識だけで処理しているからだと思います。 あいまいな知識を確かな知識とし、正しく判断したいなと思いました。」
(第一部経営学科男子)
確実な知識を求めつつも曖昧な知識の洪水に窒息しかけている現代の学生の「叫び」が聞こえるよう です。
授業では、以上のような話と平行して、人間が真の知識や教養を身につけるための〈方法論〉の話 もしました。プラトンやイソクラテスが述べている「対話」 (ディアレクティケー) のことを話し、 他者との共同探求を行なうには、自分の考えていることを〈言語化〉する必要があること、日本人が外国人とコミュニケートできないのは、外国語能力の不足よりも、自分の考えを〈言語化〉できていないことにその根拠がある、ということを話しました。するとある学生がこう書いて来ました。
6.「古代ギリシアの人々の思想は現代社会に当てはまるということに、同じことを感じました。でもこのことだけでなく時代、時代にいろいろな考え方や思想が生まれ伝えられていることは、現代社会に当てはまることが多いはずだと思う。言葉で正しく伝えることは本当に一番必要であり、本当に難しいことではないでしょうか。私はそれが苦手だ」
(第二部英文科男子)
5. 幾つかの提言
このような学生の反応を見てみると、学生は、われわれ教師が思っている以上に、アルバイトなどの様々な場面で時代の現実に直面し、その中で「変わらないもの」を求め〈自己実現〉をして行こうとしているように思われます。このような学生の現実を踏まえ、先に述べた教養の概念なども考えあわせながら、最後に、大学のカリキュラムに関する幾つかの提言をさせていただいて話の締めくくりとさせていただきます。
1. 転部、転学科、学部間にまたがる履修を容易にする教育システム
もし教育・教養が「自己実現の過程」であるとすると、自己実現には試行錯誤と挫折とが必ずつきまとうものですから、学生の「揺れ」に柔軟に対応できる教育システムが重要になって来ます。私の学部時代を考えてみると、母校であった国際基督教大学(ICU)のこのような教育システムにどれだけ助けられたか分かりませんし、また、私が留学していたミュンヘン大学----ここはドイツ文 学だけで一万人の学生を擁するドイツ一の大学ですが----にもこのシステムがありました。
2. 学生に、自ら考えていることを〈言語化〉する場を与える教育システム
これは、今紹介した学生の感想との関連で、もうお分かりだと思います。
3.〈自らの専門とは異質の思考様式 Denkweise〉に触れ続けることができる教育システム
学生が専門の中に入って行くと、どうしてもものの考え方がひとつに凝り固まり狭くなりがちです。そのような上級生の時程、異質の思考様式に触れる必要があると考えます。このことによって専門の学習も活性化して来ると思われるのですが....。私は哲学の学徒ですが、学部時代に学んだ数学の授業
(ユークリッド幾何学と非ユークリッド幾何学 とを平行してやらされた) と経営学の授業
(自ら社長になり会社を倒産させないように仕入と在庫管理を行なうシミュレーションをやらされた)
は今でも鮮明に脳裏に焼きついています。
4.学生が日常的に経験できないような経験を与える実践的カリキュラム
前項 3 とも関わることですが、学生が、たとえば知恵遅れの子供の施設でのボランティアなどを経験すると、相当のショックだろうと思います。日常の世界とは全く違う世界を見るわけですから。そのような異質な世界の経験が、学生の経験・知識の幅を広げ、成長を促し、知的営みにも深い影響を与えることは改めて述べるまでもないことでしょう。
* * * *
以上で私の話は終わりなのですが、最後にキリスト教の問題ということで、スイスの哲学者カール・バルトの「教養」(Bildung) の定義を掲げさせていただきたいと思います。バルトはこう語っているわけですね。
教養とは、人間存在をその起源的、最終的、本来的な規定と可能性への考慮において形成していく外的、内的な形成の課題である。
今回は、主に「教養と専門の関係を明確にする」、「教養の概念を明確にする」ということで話をしたものですから、「教養と専門的訓練(disciplina)との関連」という、もうひとつの非常に重要なテーマについては触れられなかったのですが、これについてはまた機会を改めて考えてみたいと思います。
(みずおち けんじ 所員・一般教育部教授)
ロー・スクールは大学にどんな影響を及ぼすか 辻 泰一郎
水落先生の話とは丁度逆で、いわゆる専門学部の方からの話ということになります。私のテーマは「ロー・スクールは大学にどんな影響を及ぼすか」ということですが、本学にとってどういう意味を持つかということに中心を置いてお話しさせていただきたいと思います。
法学部の教授会では、11月22日の臨時教授会でロー・スクール(以下法科大学院)を設立するということについて全会一致で決議を行ったという経緯があり、来週12月13日の教授会で改めて法科大学院の構想案を提出する予定にしています。目下その文案を取りまとめる最後の段階にいるところです。
法科大学院が導入されることを前提としたとき、大学、特に法学部にどんな影響が出るかですが、3つのことを考えなければならないと思います。
第1は、大学は今後、法科大学院を持つ大学と持たない大学に分かれ、後者、即ち法科大学院を持たない大学は、社会的評価の点で前者の下に位置づけられることになるということです。
第2に、法科大学院設立後は、法曹になるためには法科大学院修了が原則となり、しかも、法科大学院入学要件として、法学部卒の資格は必要でないということなので、法学部の法学教育の性格が大きく変わることになります。それに対応してカリキュラムも大幅に見直さざるを得ず、教育目標も基礎的な法学的要素を持つ市民を育成することに置かれると思われます。
第3に、法曹養成という機能は法科大学院に奪われることになり、法学部自体はよほど教育努力をしない限り、長期的には少子化、受験人口減少の波の中で全入はおろか、他大学に吸収されたり消滅していくことすら考えられることになるわけです。
従って、法科大学院問題は、法学部にとっても大学にとっても、組織の格付けと浮沈の問題として認識されているわけです。 そこで、今日の本題に入っていきますが、以上の問題提起をふまえて、ここで法科大学院とは一体何のことなのかについて、簡単にお話しておきたいと思います。
日本の司法制度、要するに裁判の在り方については、かねがね非常に大きな問題点が指摘されてきました。例えば、国民が裁判をしたい、何か法的問題を解決して欲しいという場合、弁護士を探そうとしても、なかなか見つからない。頼みに行くと、非常に高い。30分5000円とか、1時間1万円とかを払わないと、相談にも乗ってくれない。それから、裁判に実際訴えてみると、結審するまでに非常に長く時間がかかる。従って非常に多額のお金と時間を費やして、それで初めて結論が出されるということで、これは個人にとってもまた企業にとっても非常に具合が悪い。
グローバル時代になりましたから、企業を含めて国際的な関係が非常に濃密になっています。そういう中で法的な関係もいろいろな形で結ばれていて、当然トラブルも出てくる。この時、日本の裁判所に訴えて対応を求めても、時間ひとつとっても十分対応しきれないという問題がある。やはり日本の司法制度を抜本的に変えなきゃいけないという見方が次第に強くなってきたということがあります。これはもう、単なる小手先の改革ではなくて、抜本的な司法制度改革が必要だということで、政治日程に上ってきたということです。
そこで、その司法制度改革は、司法の人的基盤を強化すること、そして制度的基盤の拡充強化と、さらに司法制度の担い手が国民であるという観点から、国民の司法制度への参加について議論することが必要だという認識に立って、昨年7月に司法制度改革審議会が政府に出来たのです。任期2年ということで、現在すでに1年半が経過し、来年6月頃に最終答申を出すということで、現在急ピッチで審議が進められているわけです。
そうした中で、人的基盤の強化というのは、要するに法曹の質と量を拡大強化するということ、国民が司法サービスを受ける条件として裁判官や検察官、弁護士の数を増やす必要があるということです。その中心的な問題は、そうした人間、即ち、国民の期待に応えうる質の高い法曹をどうやって養成していくのかということです。これに対する答えが、まさに法曹を養成する専門的な教育機関としての法科大学院の設置という制度提案なわけです。
法科大学院の制度内容については専門的、技術的な部分もあるということで、文部省に設置された検討会議にその検討が委嘱され、検討会議は9月29日最終的な審議結果を取りまとめて司法制度改革審議会に提出したわけです。審議会はこれを受けて審議を行い、この11月20日中間答申を発表しました。
この中間答申をご覧になりますと、要約が付せられているのですが、その中の「新たな法曹養成制度の構築」という部分で、「21世紀の司法を担う質・量ともに豊かな法曹を育成し、司法の人的基盤を確立するため、司法試験という『点』のみによる選択」ではなくて、「法科大学院を中核とし法学教育・司法試験・司法修習を有機的に連携させた『プロセス』としての法曹養成制度を新たに整備すべきである」というふうに書かれています。
要するに、法曹養成のための教育は、法科大学院で始まるわけです。即ち、法科大学院というのは、中間答申によれば、「司法試験・司法修習と連携した基幹的な高度専門教育機関として、公平性・開放性・多様性を旨とし、理論的教育と実務的教育の架橋を図るもの」と性格づけられています。
どれだけの法律家を年間出していくかについて審議会で合意できたのですが、年間3000人程度の新規法曹の確保を出来るだけ早急に目指すということで、大体10年間ぐらいをかけてこういう人数にするということです。それでも恐らく20年ぐらいかかってヨーロッパ主要国中最も少ない法曹人口を、対人口比率で持つフランスに追いつくかどうかという数字です。ドイツには及びませんし、アメリカにははるかに及ばない数字です。
そして、現在、法科大学院の設置基準については、中間答申の中で関係機関にその基準の内容を具体化するよう指示が盛り込まれており、恐らく来年6月頃には出されることになると思います。それからこの法科大学院の教育の質を担保するため、第三者評価機関による厳正な評価を受けることが決まっており、この第三者評価機関の認定基準も関係機関で検討するように指示が盛り込まれています。
法科大学院の教育が少人数で行われるべきだということは、文部省検討会議の中でも確認されており、コア科目の教育については50人を単位とする必修科目を積み上げ、これに選択的な科目を加え、実務導入部分までを含む3年間の教育を行うとしています。そして、文部省の従来の説明では法科大学院は専門大学院基準が当てはまるとされてますので、それを前提とすると、大学院生10名に対しマルゴウ資格の教員1名が必要となり、50名の3学年制とすると、150人が法科大学院の目安になり、そのためには最低で15名のマルゴウ教員が必要となるわけです。しかし、最低ではダメで若干名のプラスが必要となるでしょう。しかも、ここでは理論と実務を架橋する教育が行われるわけで、実務家の教員がその中に必要になってきます。専門大学院の基準によれば、3割の実務家教員が必要だということになります。
こうした司法制度改革審議会の審議動向に対し、大学側がどう対応してきているか一言ふれておきますと、現在約40くらいの大学が法科大学院設立の意思表示をし、実際そのための準備を急いでいます。最終的には50くらいの大学が法科大学院設立の希望をもっているのではないかと推測します。
現実には希望する大学のすべてが法科大学院の設立に至るとは限りませんので、全国93ある法学部のうち約半分弱ぐらいが法科大学院をもつことになろうかと思います。
ですから、明治学院大学が法科大学院を設置しないことになれば、設置した大学の後塵を拝するという形になることは、先ず間違いないということになります。その意味で、法科大学院の有無は、今後、恐らく大学の社会的評価と直結してくるのではないかというふうに考えているわけです。
これは法学部の中の問題であると、皆さんがお考えかどうか分かりませんが、決して法学部に局限された問題なのではありません。まさに、それが問題なのです。
第1に、法科大学院の制度設計の中で、法曹養成をするのに、法学部の卒業生を問題にしているわけではないということです。法科大学院の入試は全学部の卒業生(のみならず、制度上は3年修了でも受験できることになります)が対象となるもので、しかも、この試験は法律学の知識を問うものではありません。問われるのは、論理的な能力や分析力、判断力、そういう能力が試されるのであって、要するに法律学の専門的分野に耐え得るかどうかという、その手前の能力を測る全国統一型の試験が行われることが予想されています。
従って、理学部の卒業生でも文学部の卒業生でも勿論いいわけで、なぜ多様性ということが言われるかというと、現在法的問題として訴えられている裁判事件はありとあらゆる事柄に及んでいるからです。事件を理解し、あるいはまた裁判官としてそれに判決を下すというときに、その対象となっている問題の意味が分からないというのでは、どうしようもないわけです。従って、法科大学院の入学において一定の割合で他学部出身者を取らなければならないことを、中間答申自体の中で要求しているわけなのです。
第2に、法科大学院は、従来の大学院のように学部に直結するものではなく、全ての学部から独立した専門大学院として、法曹という専門職業人を養成します。逆に言えば、原則として法科大学院での修了者のみが法曹となります。つまり、法科大学院を持つ大学のみが、法曹を出していけるわけです。今までのように誰でも司法試験を受けられるわけではなくなるのです。明治学院大学が法科大学院を持てば、明治学院大学から数多くの法曹を産み出すことが出来るわけです。明治学院の開学の祖のひとり、フルベッキは弁護士として明治初年活躍しました。その歴史を受け継いで発展させることができるのです。しかも法科大学院の設立はまさにすべての大学に平等に開かれており、しかも大きなチャンスとして与えられているのです。我々はこれを活かさなければならないと思います。
第3に、仮に法科大学院を持てない場合についても、考えてみる必要があります。この場合、法科大学院を持つ大学と持たない大学との間に目に見える社会的格差が生じ、後者の大学と法学部は前者に比して弱い立場に置かれることになります。予想される結果は、その場合法学部が競争上厳しい状況に追い込まれていくこと、従って財政的にも厳しい事態に見舞われないとも限らないということであり、大学全体にとって決して見過ごすわけにはいかない危惧が潜んでいると言えるでしょう。
従ってこれは決断の問題になります。設立を決するか決しないかが何を意味することになるのか、は充分事前に知っておく必要があります。
法学部は11月22日の教授会で本学に法科大学院を設立することを全会一致で決議しました。
それは、法科大学院を設立することが本学の将来にとって絶対必要であり、かつ、その設立は充分に可能であると判断したからです。
そこで、最後に、法科大学院の設立の可能性と問題点にふれておきたいと思います。
第1には、皆様に一番関心があると思われる財政的な可能性です。先ず、大前提は、法科大学院は制度上、学部と結びつかない独立の教育機関であり、従って、財政的にも学部とは切り離して制度設計されるべきだと考えます。
そこで、先程言ったように大学院生10名に対してマルゴウ教員を最低1名、実務家を3割という基準を立てますと、50名×3年間の150名の場合は教員が最低15名(うち実務家が数名)必要となりますが、文部省の話では15名ではダメだということなので若干のプラスアルファーが必要になるわけです。しかも設備も基本的に独立でもっている必要があるということを条件に入れますと、我々の計算ですが、大体授業料その他の校納金の平均が275万円ぐらいになります。内訳は240万円の授業料と、現在大学生から徴収しているのと同じ金額の設備費、教育維持費を加え、別途建物を造ることになりますので、75万円の設備費を分割で払っていただくということで考えているわけです。これについては、いろいろなシュミレーションをしました。他大学の話も聞いていますが基本的に大同小異です。
法科大学院の規模については、@50名・3年制とA50名・3年制に50名・2年制を併用したプランを現在考えていますが、後者Aの方が経営的には安定して運営ができる計算結果ですが、そのためには外部からある程度の人材を取ってくる必要があります。これに対して前者の場合は、現状の法学部のスタッフをやりくりすれば、あとは実務家教員の補充で基本的に設立することが可能です。しかし、財政的にはきつきつの面があります。いずれにしても、どちらも可能です。
立ち上げ資金は、計算の域を出ませんが、恐らく数億円程度は必要でしょう。勿論これとは別に、建物を建てる必要がありますから、そのために最初投下する資金が必要となります。先程申し上げた授業料その他の金額は、これらの資金の借入金返済額の大半をまかなえるという数字になっているわけです。従って、財政的には、立ち上げ資金のメドさえつけばあとは独立採算で運営していけることになります。後者の250名のプランの場合は、運営的にはさらに余裕がでてきます。もしも、施設を賃貸で賄うことが可能になれば、建築費の初期投資は必要なくなります。
次の問題は、計算上の収支は成り立つとしても、実際現実に入学希望者が集まるのか、という疑問がでてまいります。
これについては、次の数字が参考になると思います。現在司法試験の合格者は約1000名になっています。昔は500名だったのですが、倍になったわけです。それにつれて司法試験受験者ですが、平成8年度が2万5000人、翌年が2万7千人、順に3万人、3万3000人となり、今年が3万6000人です。段々に増えてきていることが分かります。他方法学部の入学者数は大体4万7000人で、卒業生は4万5000人です。
法科大学院の入学総定員は現在のところ、3000人の新司法試験合格者を前提とし、7,8割の合格率で計算して、3500人から4000人というのがマックスの数字になります。これに対して、4万5000人の法学部卒業者がおり、現に司法試験受験者が3万数千人いることからすると、立ち上げられる法科大学院の入学総定員が埋まらなくて困るという事態にならないことは先ず明らかなのです。むしろ、東大や早稲田の学生ですら、自分の大学の法科大学院に入学できないという現状が生じることになります。なぜなら、法科大学院の入学枠が学部定員に比べて格段に少なくなるからです。
法科大学院の入試は相当シビアーなものとなることが予想されますし、また法科大学院間の競争も激しいものとなるでしょう。
ですから明治学院が法科大学院を設立すれば、充分に成功するチャンスがあるのです。法学部としては、単に何でも良いから法科大学院を作ればいいと考えているわけではありません。我々は、作る以上は非常に質の高い一流の教育を行う法科大学院を設立するのでなくてはならないと思っています。従って、出来るだけ特色を持たせ、社会的にも開かれた法科大学院の構想を考えていまして、現在の法学部の学生を主たるターゲットにして法科大学院を設立することは考えていません。むしろ非常に高いレベルの学生が多数集まってくることを予想していて、その中に本学の学生も入学していけるような制度設計にすべきだと考えているわけです。何度も申しますが、本学の学生というのは、法学部の学生だけではありません。文学部や社会学部、経済学部や国際学部の学生を受け入れるという入学制度をその中で考えようとしているわけです。
難しい問題は、法科大学院問題を審議し決定していく学内の手続き問題です。なぜかと言いますと、法科大学院は、学部とは独立した組織の専門大学院ですので、学部・学科と一体をなして存在している現行の大学院とも違うものです。形態一つとっても、大学の中に作ることもできますが、法人の中に大学と同格の形で単独の独立大学院として設置することも可能です。教員の身分や処遇、教育形態の自由度などを考えればそれも十分考えられることなのです。そういうこともあって、法科大学院の設立問題をそもそもどこで議論するのかすら、必ずしも明確でないのです。結局今のところは、現行の大学院委員会が一番近いであろうということで、そこで審議されることになると思います。
この問題は、新聞紙上で法科大学院の設立が2003年4月と報道されており、それから逆算して文部省への申請が2002年6月と目されることから、人や施設設備の準備のことを考えると、時間はもうすでにぎりぎりの所に来ているといって良いと思われます。
決断の先送りはもう出来ない状況です。設立の決断が遅くなればなる程、今度は設立そのものが不可能に近づいていきます。なぜなら、マルゴウ教員の確保が事実上不可能となるどころか下手をすると、もたついているうちに本学の教員までもよそに引き抜かれてしまう危険性が大いにあるからです。
他大学の様子や実務世界の動きを見ておりますと、すでに人材の確保のための努力が繰り広げられていることは明らかで、それだけこの法科大学院問題が深刻な意味を大学に投げかけているというわけです。
私は、今明治学院が財政的に厳しい状況にあるから、何もしないでじっと我慢しているべきだ、という論調には与したくありません。
財政問題の決着ははっきりさせながら、何とか解決策を見出して、やはり将来に向かって必要な布石は打つべきだと考えるのです。
私の考えははっきりしています。21世紀における明治学院大学の発展のためにも、今提起されている法科大学院設立のチャンスを活用すべきであるということ、財政状況の厳しさをすべての答えにしてはならないということです。
法科大学院問題は、わが国の高等教育の在り方に非常に大きなインパクトを与えることになるでしょう。私は、歴史の目から12世紀に神学と医学と法律学を教授する組織として大学が生まれたことを想い起こしながら、明治学院も高いレベルでの学問の府、教育機関としての責任を持ち続けることを願っており、出来るだけ多くの先生方のご理解とご賛同を賜りたいと思っている次第です。
一応これで終わりにさせていただきます。ありがとう存じました。
(つじ たいいちろう 所員・法学部教授)
明治学院の現状と今後 真崎隆治
中身が見えない
[真崎]はじめに、本学の困難な状況について触れてみたいと思います。
今年度私の所属している広報委員会に、「明学をアピールするポイントを検討していただきたい」といった趣旨の学長諮問がなされ、半年ほど話し合ってきましたが、結局見つかりませんでした。(笑)たとえばキリスト教主義教育といっても、それを現代に向かって説得的に語れているでしょうか。前学長の就任直後にも明学のキャッチフレーズ募集があって、あのときも一つも応募がなかったはずです。つまり、今の明学にはとりたてて語るに値する中身がないということです。
しかし、これでは身も蓋もありません。そこで、ないなら自ら創り出そうということになり、委員会で後でお話するアイデアが出されました。しかしながら、これだけでは教育・研究の場たる大学としての明学の全体像を強力にアピールするものとしてはやはり不足の感を否めませんでした。
どこにその原因があるのでしょう。たとえば、自らの存立を図るとき、他の動向の把握も必要ですが、この点明学の反応は鈍いというしかありません。あわてて真似したときにはもう遅いのです。明治のころの本学は他に先駆けて新境地を切り開いてきました。現在は他大学の後追い専門で、自らの主体性をもって打ち出したものがどれだけありますか。「なあなあ」のレベルで一応何でもそろってはいるけれど、真に魅力あるものは何がありますか。これではこの厳しい競争の中では埋没するのみです。私達が埋没するのはともかく、この大学に思いを抱いて入学してきた学生たちになんの申し訳が立ちましょう。
不思議なのは本学の企画部門が判然としていないことです。学部長会ですか、学長・副学長などの執行部ですか、いずれかの事務組織ですか。外部から見ていると見えてきません。つまり、責任ある企画部門がないということです。少なくとも私たちの見えるところには。そして、こうした部門はある程度透明でなければなりますまい。そうでなければ人の心は集まらず、したがって叡知も集まらないことになります。
ところで、アピールといっても、なんでもいいわけではありません。先日山手線で驚くべき電車に乗りました。その車両の広告の全てが大学案内なのです。いや、それどころか、一電車全体が大学案内広告なのです。
[#]一つの大学ですか。
[真崎]いいえ、10校ほどです。一瞬仰天しましたが気を取り直してよく読んでみて呆れました。なぜなら、どの大学も「あなたの個性を育てる」と訴えている。なんと非個性的な個性尊重宣言でしょうか。これと「自由を大事にする」と「最新テクノロジー満載」とで大体おしまい。多少のニュアンスの差はあっても、基本的にはどこもが判で押したようにこれだけなのです。これなら明学を鮮やかにアピールするチャンスありです。執行部にはこうしたところにぜひ目をつけていただきたいのです。
学生の質の低下
ところで、当今の大学の危機は学生の質の低下でしょう。受験生人口激減に、大学を希望する生徒のパーセントの増加が重なって、質の水増し状況がおこっていることはご承知のとおりです。いわゆる大学の高校化の問題です。それは、明学だけでなく、全国的な問題であり、世界的な問題でもあります。
明学での現実をもっとも端的に語るものとして、悲しいながら、私の所属しているフランス文学科の問題を例としてお話しなくてはなりません。20数年も前には、仏文の合格ラインの偏差値は60点を超えるかどうかが問題でした。だいたい58〜59点で、60点を超えない歯がゆさを感じていました。当時は、50点を切る大学などは話にもならないという意識がありました。ところが、今年度、その50点を切ってしまったのです。偏差値がその学生のすべてを語るものでないことは重々承知ながら、今回はさすがにショックでした。
フランス語の文法は、私が学生のころは週1コマの授業で、前期の10回ぐらいで全部終わってしまい、後期はモーパッサンなんかを読むんですが、今は、フランス文学科では、週2コマで1年間かけてやっと終わるのです。そんなにゆっくり懇切丁寧にやっても、学生からは「早すぎる」「わからない」「ノートがとれるように話してほしい」といった注文が必ず出てきます。特にここ数年それが目立つようになりました。
こうした学生たちに旧態然としたカリキュラムを提供していてはどうなるものでもありません。明学に来る学生の質とか、何を大学に期待しているかなどをよく調査して、それへの対策を早急に講ずる必要がありましょう。その答えの一つとして、私たちは学部教育の基本を「教養教育」におくことにしましたが、しかしその言葉で語られるものの実態はいまだしであり、そのためにつくられた組織も十分機能しているとはいえません。なぜ言葉のみなのか、なぜ機能していないのか。それは大学改革が学部の充実を図るレベルにとどまっていて、明学全体としていかなる大学であろうとするのかの視点が欠落しているからではないでしょうか。ただし大学は学生に迎合してはいけません。迎合ではなく、受け入れることです。受け入れるとは責任をもつことです。学生の実情を嘆く前に、なすべきことは多いと思います。
学生生活の沈滞
さて、歴代の学長、森井先生も福田先生も大場先生も、課外活動を重視して、学問と課外活動とは大学教育の両輪であると申されましたが、両輪論はお題目としてあるのみで、実際には課外活動は沈滞の一途をたどっていきました。スポーツは結果がはっきりしているのでわかりやすいと思いますが、全国のトップレベルにあった野球部は今リーグのどんづまりの最下位で、日本で唯一監督不在の大学チームであり、かつてスポーツ新聞が一面をさいて活躍ぶりを称賛してくれたラグビー部もはるかに低迷、多くの学生が熱烈な応援に駆けつけていたアメフトもどこにあるのかわからないありさまです。普通の努力で高いレベルにあったものをわざわざ意図的に貶めた代償に明学は何を得たのでしょうか。あのレベルまで回復するのは並大抵のことではありません。「持つ者はますます持ち、持たないものはますます持たなくなる」の典型です。大学はこのことに責任があります。
他方、管弦楽部は、昨年でしたか、全国一位の表彰を受けました。白金通信に小さな記事で紹介されていましたが、皆さんお気づきでしたか。(当該部の顧問である橋本茂先生を除いて全員が首を横に振る)こうした素晴らしい出来事をどうしてほとんどの人が知らないでいるのでしょう。これでは学生の大学生活は教室に限定され、キャンパスは活気を失い、そうなると大学の活力そのものが弱まってきてしまいます。学問の場という共通の土壌の上で、さまざまな人々のさまざまな才能なり可能性なりを十全に発露させていくのも、今日の大学の大切な役割ではないのでしょうか。
貧乏所帯
脇田学長になられて、一年も経っていませんから、先行きはまだ見えてきませんが、いやというほど分からせていただけたのは明学が貧乏だということです。(笑)たしかにお金はないんだと思いますけれど、ただ倹約すればいいというものでもない。入試の弁当なども寂しくて、もう力が出ない。(笑)
冗談はともかく、金がないから倹約せよではなく、この困難な時代にわれわれは何をなすべきかの指針を明示し、そのためにしかじかの予算でどこまで出来るか工夫しろというのであれば、私達だって一所懸命考える気にもなりますが、ここのところ聞こえるのは、金がないから余計なことは考えるなといったことのようで、これでは気力が失せていくばかりです。
明学がなんらかの魅力を社会に示すためには、人的努力の他に当然ある程度の出費もかかりましょう。しかし、金がないからそれをしないでいると、魅力のないところに人はますます集まらないことになり、それがさらなる収入減につながり、かくしてじり貧の道をまっしぐらということになります。財政を引き締めることは大切です。しかし、同じ倹約といっても、機械的な削減ではなく、倹約の意味が生きるような倹約の仕方がなされなければなりますまい。それが知恵というものでありましょう。
たとえば派遣社員のことですが、嘱託職員の契約問題をずさんにしてきたツケからか、たんに費用削減のためからか、派遣社員がクローズアップされてきました。ここにおられる白岩さんは派遣社員として入られて、今は正式の職員になられたとのことで、ほんとによかったと思います。私のいるフランス文学科でもこの問題を現在抱えていて、横浜の研究室は研究アシスタントではなく派遣社員でと言われました。しかし、これがいかに現実を無視したものか。アシスタントだとお金がかかるといいますが、派遣社員と驚くほど違うものでもありません。それに、フランス文学科の場合、フランス語がある程度は出来ないと困りますが、フランス語のできる派遣社員となると、能力給が加算され、かえって高くなります。したがって、倹約の問題にはなりません。次にこれこそ最も大切なところですけれど、学生と接する教育現場を派遣社員ですませられると仮初めにも考える人がいたら、その人は大学から去っていただきたい。これこそ本末転倒のとんでもないことです。成績関係から住所録などのさまざまなマル秘資料のある場所に派遣社員とかアルバイトといった、本来的には責任を負わない人が一人だけでいることは問題です。また、個々の学生の問題に柔軟に対応し、教員との橋渡しをしなければならないのに、派遣社員にそんなことお願いする方が無理というものです。この度改善の動きがあるとのことで、まずはほっとしました。キリスト教研究所でも随分苦労しましたから、皆さんよくご存じのことですが、これまではこんな簡単明瞭なことさえまともに聞いてもらえなかったのです。お金だけでなく、時間や無意味なことをすることも倹約するのが本当の倹約でしょう。「時間」と「意味」は知恵から生まれます。それこそ私たちにできることではありませんか。
たとえばボランティアなど
さて、少しは建設的な側面にも触れることにします。はじめの方で、広報委員会でのアイデアについて後に触れると申しましたが、つまり、明学全体を社会に強烈にアピールするイメージをどうつくるかということでした。明学の一番のポイントはやはりキリスト教主義に基づく人格教育ということになりましょう。これは、現在も有効な課題だと思います。ただし、これをどういう形で具体的に提示できるかっていうことです。
キリスト教主義というのが、キリストの愛に感動して、「自分を愛すると同じように隣人を愛する」ことを自己の存在および行動の原点におくことだとすれば、それは他者との関係を愛において構築することであり、他者へ注がれる眼差しが他者への心を尽くした具体的行為となって現れ出ることにほかなりません。それはどこかの国の総理が言っている義務としての奉仕ではなく、真の意味でのボランティア活動に重なりゆくことであります。本学にはすでにボランティアセンターがありますね。これは本学が大事にしているものを世間に認識してもらえる重要な役割を担っているのではないでしょうか。えー、あれは何といいましたっけ、山崎先生、ボランティアセンターにおられて指導してくださる方のこと・・・」
[山崎]コーディネーター。
[真崎]あ、そうでした。そのコーディネーターを置いている大学はまだほとんどないというなかで、明学は置いていることが新聞で評価されていました。素晴らしいことです。それにジュンコスクールのことも朝日新聞で大々的に取り上げられたりしています(注:1月に入ってこの記事がシチズン・オブ・ザ・イヤー賞を受賞したとの朗報が入りました)。
そこまで整備されてきているなかで、私になお分からないのは、大学がボランティア活動をどのような意味で教育のなかに位置づけているのかということです。ボランティア活動を授業を犠牲にして行った場合、たとえば地震のように突発的な事態に対応した学生に対してどう配慮するのか。それが試験期間であったらどうするのか。それとも明学の学生のボランティアは授業に差し支えない範囲での、学内での身障学生へのサポートとか、近隣の施設への訪問とかがふさわしく、それを超えるものは望ましくないというのでしょうか。大学としての姿勢がはっきりしていればどちらでもいのですが、私の思いでは、身障学生へのサポートはわざわざ「ボランティア」というまでもなく、明学の学生であればごく日常的な行動であってほしいところです。せっかくの組織もそれを生かす理念がしっかりしていないと半端なものになりかねません。
広報委員会では、すでに根づきつつあるボランティア問題を、今述べたような意味でさらに全学的な取り組みとしてゆけば、相当のインパクトを世間に与え得ると考えています。ただし、これは望ましい場面の一つにすぎません。こうした自主的な姿勢が随所に現れてくるといいと思います。
たとえばこの学校ははるかアメリカの地から東洋を見つめた一人の人の情熱によって生まれました。その明学は先に中山先生のもと、戦争責任の告白をしました。韓国平和の旅を重ねており、ソウルには提携校があり、北京大学とも縁があります。それらを基盤として、今の日本に欠如しており、しかも必要ななにものかを率先して創り出していけないものでしょうか。先の新設学部構想の中で、朝鮮語コースの新設が謳われながら実現しなかったことはかえすがえすも残念なことです。たしかにさしあたりは学生を集めることも困難でありましょうが、20年、30年の将来を思うとき、今こそ他に先駆けて創っておく時ではなかったかと思えてなりません。
一貫教育
さて、教育は一人の人間の個性や可能性を見据えながら時間の経過のなかでその子にふさわしく成長をサポートするものであって、それこそが個性教育というものであり、その人間の成長や変化は人工的に定められた小・中・高・大のセクションの変化と必ずしも一致しません。下級校は上級校へ行って、その子が支障なく学業ができるように指導し、上級校はその子の受け入れにおいて、その個々の適性や能力を見極めてふさわしい教育指導を行わねばなりません。しかるに、文部省のおしつけるカリキュラムは人の血の通う現場に関わりなく、およそ機械的なものであり、それが大学の高校化を招いている元凶といえるのではないでしょうか。たとえば、今回の新学習指導要領は、なんだか勉強しちゃいけないと言ってるみたいで、それで大学に入ると、明学はセメスター制で、短期間に集中的にがんがん勉強しろっていう。(笑)このギャップってすごいんですよね、学生にとっては。
ここで私立学校は私立に許されるかぎりの自由を行使しなくてなんのための私立でしょうか。明学では、中学・高校・大学と一人の人間が通過しながら育っていくのを見つめられるところです。人間の通り道を制度で分断してはいけません。それぞれの領域での意義は個々にあっても、全体として一貫した流れであることが大切なのです。お互いに干渉しあうのではなく、信頼しあい、理解しあい、しっかり引き継ぎながら、一人の人を育てていくのです。
これまでも一貫教育は叫ばれつづけてきましたが、それが常に大学入学のための陳情になってしまったのは、「明治学院」としての教育理念が曖昧であったことと、大学教員の奢りに原因があります。今、大学・高校・中学の各教員が同じ教育者という立場で教育現場の問題として真剣に語り合うことが切に求められるのではないでしょうか。
一貫教育への真摯な取り組みが始まれば、明学の教育環境はだいぶ変わってくることでしょう。そういう中でこそ、一人ひとりの学生にとって意味のある教養教育も実現していくことでしょう。教養は積み重ねのなかで実現されていきます。教養こそが一人の人間そのものの存在の基盤なのです。教養教育を考えるとき、大学の高校化などというのはたいした問題ではなくなります。現状への迎合からではなく、私達の主体性において教育を行う場としての現代の明治学院を世間に明瞭に示していきたい。そして、教養教育がしっかり行われていく土壌の延長上に、大学院をはじめとする種々の専門教育が大きな可能性をもって開けてくるのです。
(まざき たかはる 所員・文学部教授)
no respect of person とaccountability
−プロジェクト「キリスト教主義教育研究」から− 大西 晴樹
あと数年後に迫った全員入学の時期を目前にして、バブル崩壊後の少ない資源配分のもとで生き残りを賭けた「教学改革」に四苦八苦しているのが各大学の現状ではないだろうか。右肩上がりの経済成長と大学進学者の増大に支えられた「古きよき時代」は過ぎ去り、低成長と少子化による21世紀の「新しい競争時代」は確実に到来しつつある。さて、このような状況において本学の建学の精神であるキリスト教主義教育はどのようなものであるべきか。すなわち「基督(キリスト)教による人格教育を基礎に、広く教養を培うとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的応用能力を発揮させる事を目的とする」という学則第一条を、空文化せずにどのように理解・発展させていったらよいか、これが本プロジェクトの課題である。このあまりにも巨大な課題について、10数年前に学長のクリスチャン・コードの廃止が提起されたさいに教員有志にミニコミ誌『真理を求めて』においていくつかの議論があったことは年配の方ならば記憶に新しいと思うが、その後多くの新しい構成員を迎えたにもかかわらず、コードについて決着を見てからはこの課題について議論が交わされてきたとは必ずしもいえない。そこで、問題提起の意味も込めて最近私が考えている事柄の一端を披瀝し、キリスト教主義教育プロジェクトの紹介に代えさせていただければ幸いである。
近代におけるキリスト教、なかんずくプロテスタンティズムの意義は、マックス・ヴェーバーによって「第一次的人権」とよばれた「良心の自由」の獲得にあったといえよう。この自由の論理の核心にあった言葉は、新訳聖書のガラテア書や使徒行伝にも出てくる「神は人を分け隔てせず」 (God is no respecter of person)であった。そもそもこの言葉は、ユダヤ教を絶対視していた原始キリスト教のエルサレム教団に対し、パウロが異邦人伝道を認知させるさいに用いた言葉であり、ユダヤ教の一派であったキリスト教を世界宗教へ飛躍させる梃子の役割を果たした。近代プロテスタントの人権観念の形成においても、この言葉はその論理の核心に位置していた。すなわち、正当派カルヴァン主義が二重予定説のもとに少数の「神聖な者」の選びを正当化したのに対して、ゼクテは「無限の慈しみを持つ神は・・・人を分け隔てせず、万人に対して等しく慈しみ深く、等しく公平であられる」と述べ、正当派カルヴァン主義がもつ「僭越さ」やそれが大衆に与える「絶望」を容赦無く告発し、異端であろうともその「良心の自由」は保証されなければならないと唱えたのである。
こうして「神は人を分け隔てせず」という聖書の言葉は、「神の前における人間の本質」という問題を提起し、人間が現実の生活のなかで拘泥されて止まない容姿・学歴・富・権力・人種・国籍・性別などに囚われない「自由」、すなわち、「被造物神化の拒否」という視点を提供し、これは、キリスト教世界でもある西洋近代における人間解放の論理として機能し、皇国史観に心酔していた日本人をも解放した。ところで近年のヴェーバー研究においてこのようなプロテスタント近代をも相対化しようとする意欲的な試みがなされているが、人間解放の論理がもつ事象的性格に着目し、この論理がもつ官僚的合理主義の論理との類似性を指摘している。すなわちno
respectof personを直訳すれば「人間を重んじない」「人間を顧みない」という意味になり、「倫理化を遂行する力」が弱まれば、自由を提供したこの論理は人間を事象的、あるいは無人間的に取り扱う論理に容易に転化するのである。世紀末に横行したカルト集団の狂気、少年凶悪犯罪や警察不祥事の頻発はそのような近代の崩壊を告げる出来事なのであろう。
では、ポスト近代の大学教育においてなにを目指すべきであろうか。私はaccount-abilityの重要性を訴えたい。アカウンティングといえば通常、財産勘定である会計を想起するが、キリスト教のコンテキストにおいては、死後、審判のさいに神の前に立たされた個人が自分の行状を申し開きすることを意味する。唯一者のまえで自己を相対化する事のない人間には、アカウンティングはあまりも馴染まないのではないだろうか。日本人が自己の帰属する集団の内部でしか言葉を持ち得ないこと、外国の会計基準と比較した場合の不明瞭さ、これらはaccountability、すなわち、「原因とその結果について責任をもって説明する能力」の欠如に由来している。プロテスタント近代の遺産である「自由」の溶解現象のなかで、明治学院大学がキリスト教主義教育をいまなお大切にしているとしたら、全学共通科目はもとより専門科目においてaccountabilityの教育を目的とする事は意味のあることのように思われるが、どうであろうか。
(おおにし はるき 所員・経済学部教授)
キリスト教研究所研究員を終えて 福元 真由美
しだいに季節は夏に近づき、白金校舎の銀並木もあふれんばかりの青い葉を茂らせていることと思います。キリスト教研究所の研究員として迎えていただいてから2年間、賀川豊彦プロジェクトの先生方をはじめ、さまざまな学問分野の先生方から私の研究に対する多くのアドバイスをいただきました。自分の研究を進めながらプロジェクトにどう貢献できるか、研究員としての役目を十分果たしたとはいえないまでも、私が在職中に行った研究の内容について、主なものを以下に報告したします。
第1に、賀川の光の園保育組合(1927年設立)を、新たに設定した協同組合型保育施設の系譜に位置づける研究を行いました。光の園保育組合に関しては、賀川の著作と1920−30年代の本所基督教産業青年会の史料をもちいて検討を進めています。関東大震災(1923年)の被災地で新たな人間、経済、社会関係を立ち上げようとしたセツルメントの中で、母親の協同組合(アソシエーション)として保育施設が成立した過程とその意味、「栄食」の実践をめぐる地域と保育組合、保育者と母親の関係の諸相を明らかにしました。
第2に、賀川の松沢幼稚園(1931年設立)を、同じく新たに設定した郊外型幼稚園の系譜に位置づける研究を行いました。松沢幼稚園に関しては、幼稚園の社会的・文化的基盤として松沢村の郊外住宅地としての成立と新中間層のライフスタイルとの関連を解明し、賀川の「幼児自然教案」をテキストに自然中心の幼児教育について検討しました。さらに、神戸スラムから松沢村への移住にともなって賀川の子ども観、自然観が変容するプロセスを明らかにし、同じく郊外での保育を実践した橋詰せみ郎、志賀志那人との比較で賀川の幼児教育の特徴を浮き彫りにしました。
従来、わが国の幼児教育の歴史は文部省の管轄する幼稚園、厚生省の管轄する保育所という2つの系譜によって理解されてきました。これに対し、大正期から昭和初期にかけて成立した協同組合型保育施設の系譜と郊外型幼稚園の系譜について研究を進めることによって、幼児教育の歴史的系譜を再検討し、その多様性、重層性を明らかにしたいと考えています。賀川は、この新たな2つの系譜に属する保育施設を設立したという意味で、私の研究のkey personの一人といえます。これまでも、賀川研究を端緒として、協同組合型保育施設の系譜として大阪北市民館保育組合(志賀志那人)、子供の村保育園(平田のぶ)など、郊外型幼稚園として家なき幼稚園(橋詰せみ郎)、玉川学園幼稚(小原国芳)など、について賀川との関係を捉えつつ研究を進めてきました。
第3に、明治学院神学部を賀川と同期で卒業した高崎能樹の幼児教育と母親教育に関する研究を進めました。高崎は鹿児島県種子島の出身で、明治学院を卒業して九州で伝道活動を行った後に赤坂教会の牧師となり、被災後は阿佐ヶ谷に移住して1929年にキリスト教主義の阿佐ヶ谷幼稚園、2年後に阿佐ヶ谷東教会を設立しています。高崎は、阿佐ヶ谷という郊外住宅地で新中間層の母親と子どもの教育活動を展開しましたが、これまでに彼に関する学術研究はみられません。高崎は、郊外型幼稚園の一つの典型を示す幼稚園を設立しただけでなく、賀川や新渡戸稲造とともに東京医療組合運動にも携わっており、明治学院の卒業生という点でも興味深い人物です。今後は収集した彼の著作を整理し直し、簡略の書誌を作成しつつ、研究の成果を発表していくつもりでおります。
最後になりましたが、キリスト教研究所の加山先生、久山先生、橋本先生をはじめ、お世話になりました諸先生方、副手の岡村(旧姓)さん、アシスタントの山岸さん、本当にどうもありがとうございました。現在は日本学術振興会特別研究員として青山学院大学に所属しておりますが、これからも協力研究員として研究会、講演会などに参加させていただこうと思っております。キリスト教研究所のご活動が、今後ますます実り多きものでありますよう、お祈りいたします。
(ふくもと まゆみ・キリスト教研究所元研究員)
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