表紙メッセージ  小田島 太郎


 アンゲロスは天使、すなわち「神の使い」なり。アブラハム夫婦を訪う三天使、

 マリアの前に立つガブリエル、

 使徒たちを解き放つ夜の天使など、

 彼らは静かに東方西走する。

 天使を放遂したプロテスタント合理主義は、
 何かを喪失しなかったか。

 ルブリョーフの書く天使が、

 頭を傾け、

 落涙せんばかりに悲しげな、その理由をわれらは理解できるだろうか。

 (おだしま たろう 所員)


明治学院のキリスト教   大井上 滋


 私が明治学院高校に就職したのは昭和28年(1953)、高校長は日下一氏、院長は村田四郎氏であった。第一期5ヵ年計画で、大学の本館を建てるころだった。

 村田(〜1957)、都留院長(〜1962)時代   当時はミッショナリーとJ-3(日本に3年)の方たちが多くいた。Presbyterianではオールトマン、シュミット、ドラモンド、フォアマンなど。Reformed Churchでコーバー、ヴァン・ワイク、クライイニャンズ、フラハティー、シャフスマ、ビリエルモ、ウイン、エステル、など。理想教育、一貫教育を標榜し、主としてキリスト教と英語教育について中学から大学まで一貫したカリキュラムで教育したいと論議された。

 総主事と法人ーミッションとの関係ー   当時の総主事は松本亨氏で、氏はミッショナリーでもあった。ミッションの寄付金で海軍墓地の購入を終わり、建築募金に入っていたが、ミッションは国内募金と同額を寄付するというアメリカの募金方式で協力するということであったと思う。当時は、アメリカのミッションボードとの繋がりは強かった。アメリカでは教会がミッションスクールを支えているが、日本では先ず教会を生み出す母体として神学校が作られ、そこから教会が生まれるという過程を辿ったものが多い。明治学院も、一致神学校から発足し、多くの牧師を輩出した。このような歴史があるので、当時はキリスト教の伝道ということはかなり色濃くあった。

 礼拝   歴代の院長は、キリスト教、建学の精神の象徴で、村田、都留院長時代は、中学、高校、大学の礼拝には必ず院長が出席していた。その礼拝も、長老派、改革派の流れを汲むもので、ある教師の奨励が、カトリック的であったと院長が校長に注意をしたこともあった。

 武藤院長時代(〜1972)  この時代に、東村山高校開設(1963)、社会学部独立(1965)、仏文学科新設、法学部新設(1966)、中学の移転、学園紛争(1968)など様々なことが起こった。武藤院長は新設の学部学科には複数のプロテスタントクリスチャンがいなければならないと言っていたのを想起する。教員採用についても、「クリスチャンが望ましい」という一項が大学の拡大とともに考慮されなくなってきた。明治学院では、伝統的に、宗教、信仰のことは専門家にお任せということにならないように、チャプレン制を造ることに消極的であったと思う。それぞれの教師が教育の場で証を立てることが望まれた。Universal priesthood(万人祭司)である。その点では、クリスチャン教師が少なくなることは危機である。

 与えられた紙数が尽きたので何となく纏まらないものになってしまった。お許しをこう。

(おおいのうえ しげる 所員・文学部教授)

*大井上先生は、この3月をもって明治学院大学を退任されます。長い間本当にご苦労様でした。ここに御礼申し上げます。


Public Theologyによせて  加山 久夫


 1992年7月から11月にかけて、特別研究休暇の一部をボストンで過ごしましたが、この間に大統領選挙やコロンブス500年記念など興味深いイベントがあり、今日のアメリカ社会に直接触れる機会でもありました。しかしこれらについては他の機会にゆずることにして、以下に私が一つの宿題として持ち帰ってきた標記のテーマについて一 したいと思います。

 ボストン滞在中、アンドーヴァーニュートン神学大学院でキリスト教社会倫理を教えているマックス・スタックハウス教授との親交を得ました。同教授には多くの著作がありますが、最近、public theologyについて2、3の著書や論文を発表しておられます。実は同氏にお会いする前に、ある日、テレビの対談のなかでハーバード大学神学部長のR.シーアマン教授が、かつての活力を失ったアメリカの教会が現代社会に広く発言しうる言葉を必要としていることを訴え、自らの試みをやはりpublic theologyと呼ぶのを聞いていましたので、それについてもっと知りたいという願いをもっていました。

 これまでキリスト教会は1960年代のキング牧師を中心とする公民権運動の実践から黒人神学を生み出し、ラテンアメリカの解放の神学や韓国の民衆の神学など、広く現代社会に連帯する解放のメッセージを語ってきました。スタックハウス教授はこれらを積極的に肯定しつつも、それらがともすれば社会構造を二極化(例えば白人と黒人、抑圧する側とされる側等)したり、古いものはだめで新しいものはよいといった価値判断のもとで、例えば、民衆の伝統文化を十分評価してきたかどうかという点で問いかけ、神学をさらに開かれた広いパースペクティブのなかに位置付けようとしています。そこには環境問題や自然科学との対話なども課題となります。その際、public theologyはアカデミック・コミュニティや現代社会に通じるかどうかというテストに応えうるものであるとともに、教会で語りうるかどうかということも問われなければなりません。このことはまさしく日本の文化や社会の中で、特に大学という場でキリスト教に求められていることではないかと思います。しかし、そもそも'public'をどう解し、日本語にすることができるのかと考えてみると、これが実に厄介なのです。私たち日本人は、’公’は’私’の反対概念として、つい’御上’を連想してしまいます。かといって、’公共’や’公衆’や’社会’も十分ではないようです。このことで頭を抱える私に、「公園」を連想してみてはどうかというのが同氏の示唆でした。それは一部の人だけのものか、それともすべての人に開かれた場かどうか。つまり〈現代のアレオパゴス〉としての神学が求められているのです。

(かやま ひさお 所員・キリスト教学)


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