態度が悪い    司馬 純詩


 改めて読み直してみると、06年改定教育基本法(18年法律120号)は国民を規定し、国民に要求することが多くなったようである。
 旧法前文の簡単な「・・真理と平和を希求する人間・・」が「真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成・・・伝統を継承し、新しい文化の形成・・」となっている。戦後のやけっぱちな平和希求的基本法から、いつの間にか伝統が形成されて、国民の公共精神や豊かな人間性を(誰かが)断定できるようになったということか。
 第一章第一条教育の目的では、旧法にあった「平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人をたっとび、・・・自主的精神に充ちた・・・」の真理と正義や、個人、自主的精神が新法では消えて、単純に「身心ともに健康な国民の育成を期し」となっている。
 消えた個人や自主的精神に代わり、教育の目標(第二条)は五項目に増やされている。
 よく知られているように五項には「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」と、「愛国心」の要求項目がある。
 ちなみに前文にあった「公共の精神」は三項にも再度出現する。
 さらに一項「真理を求める態度」、二項「勤労を重んずる態度」、三項「発展に寄与する態度」、四項「環境の保全に寄与する態度」と、全項である種の「態度」が教育目標とされている。誰かよほど「国民の態度がなっとらん」と怒っているのだろうか。
 第五条には露骨な「国家隷属教育」宣言がある。義務教育は「・・・国家及び社会の形成者として必要とされる基本的な資質を養うことを目的として行われる」(二項)とある。
 なお、宗教に関して改定法では「寛容の態度」以外に「宗教に関する一般的な教養・・・(の)尊重」(第十五条宗教教育)と妙な限定をつけた文言が入っている。
 この基本法は政府公共機関が作ったというより、誰か個人の怒れる感情の下に作られたような品格のなさを感じるのは私だけだろうか。
 
ヨハネによる福音書15章12節にはこうある。「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」。これはその前段9節に続く。「父が私を愛されたように、私もあなたがたを愛してきた」。ゆえに、「あなたがたも互いに愛し合いなさい」。   
この国は逆に国民の態度を改め、国家を愛する基本教育を行うと宣言しているのである。

文科省教育基本法のサイト:
http://www.mext.go.jp/b_menu/kihon/houan.htm

(しば じゅんじ 国際学部教授)










神は小さきところに宿る   鍛冶 智也


 卒業論文の指導の際に学生に対して,普遍的な真実というものは,天下国家を語ったり,壮大なテーマのもとに高邁な理想を示したりする時に明らかになるのではなくて,むしろ固有の特殊事情があって些細な事実の意味を探究する際にひっそりと浮かび上がってくるものであることを伝えたい時に,表題の言葉をよく使います。
 事例研究をする際にも,想定外の事実がわかったり,期待した結果が得られなかったりした時は,途方に暮れるのではなくむしろ喜ぶべきで,細部の矛盾や直面する不合理の複雑に絡まった糸を解きほぐしていく過程で,本来解明すべき課題の全体像が明らかになる場合が経験的に多いので,「神は小さきところに宿る」と学生に呪文のように唱えることがあります。そして,思い込みが強かったり,目が曇っていたりすると,ひっそりと佇んでいる神に出会うことができないので,批判的精神と内省と併せもった「知的誠実さ」を常に心掛けなさい,などと訓示を垂れるわけです。
 大学という高等教育研究機関は,真善美を追究し,人間の根源的な課題に応え,正義を希求して学問に切磋琢磨し,その成果を次世代に引き継ぐことが使命であります。しかしながら,この課題は遠大であり,普遍的であるだけに,しばしば「小さきところ」を見過ごされてしまいがちでもあります。明治学院大学がキャンパスを白金と戸塚におくことになったのは,「必然と偶然」の所産ですが,校地の地域性と大学の研究・教育活動は,これまで密接に連携されてきたとは言えません。むしろ,矮小なものとして,大学の掲げる遠大かつ普遍的な課題の陰に隠れてきたといっても過言ではなく,「灯台もと暗し」の典型例かもしれません。
 大学にとっての「隣人」である地域社会は,どのような歴史と郷土性をもち,どのような課題を抱えているのか。大学は,そうした課題にどのように対応し,問題解決に取り組むことができるのか,そして地域社会が大学の研究と教育にどのような支援ができるのか。大学と地域社会の相互貢献の問題,「地域を学び・地域で学び・地域と学ぶ」という試みと営みは,今日,光が射し始めた「小さきところ」のように思えます。
 私は都市行政・地方自治が専門なので,市政の専門家を自認しております。最近は,その大学の市政の専門家が地域の市井の専門家と協働して,大学や文部科学省に新しい教育プログラムを提案したり,地域の諸課題を地道に調査したり,国土交通省と協力して「地域ルールに基づく新しい権利を構築することでまちづくりに生かす」法案を策定したり,ゼミ生と一緒に港区に政策提言をしたり,学生ボランティア団体と一緒に社会活動を行ったり,地域有志と共に地域活性化のイベントを企画したり安全のためのパトロールをしたり,地域で社会福祉施設やNPOを経営・運営したりと,「地域との関係」を目下模索しているところです。市政と市井の専門家は,果たして小さきところに宿った神に出会うことができるのでしょうか?

(かじ ともや  所員・法学部教授)











知の翼、霊の翼   深谷 美枝


 大学教員の傍ら、物好きにも神学生になってみて、もう三年にもなった。来年は最終学年である。専門外の学問をするということは、少なくともその最中は本業の効率を落とすことは否めなくて、溜まりに溜まった原稿にいつも追われている。しかしそのことが却って怪我の功名というか、知的好奇心を近年になく増大させることになって、脳年齢が十歳も若返ったような気がしている。
 知性もさることながら、在籍する神学校は日本キリスト教団認可神学校だが、リベラル、ラディカル系の教員を多く擁する学校であった。自然、プロセス神学、フェミニスト神学、解放の神学などの刺激を三年間受け続けることになる。正統派神学で育った大半の神学生は、そうした授業が結構苦痛で、当初「宗門改め」「踏み絵」などと冗談めかして呼んでいたものだが、リベラル、ラディカル系の発想が、無意識にそこからのスタートを強いられていた「擦り込み」の束縛―殆ど呪縛というか霊縛に近いもの―からいつの間にか自分を解き放っているのに気が付くことがある。
 一例だが、聖書解釈学ではフェミニスト神学者が、聖書の批評を多様な批評学の枠組みで行う講義をしていた。聖書解釈方法の多様性が示され、「どこから見るかによって何が見えるかが違う(グスタヴォ・グティエレス)」という言葉を引用しつつ、誰もが潜在的に持つイデオロギーを自覚して聖書と向かい合うことが強調された。そこで学んだことは教義の摺り込みから解き放たれて、自分の立ち位置を意識化し、創造性を以って聖書を読んでいいということであった。
 四十半ばを過ぎて既に開拓伝道をしている身としては、神学的にそれほど強く揺すぶられたわけではない。しかし、どこから見ても教義的には正しいが潤いのないメッセージを語る必要がないこと、どこに立ってものを見るのかを意識化し、明確に打ち出していいということだけは残った。個人的な文脈でいえば、人生の半ばで障害を与えられた人間としての立ち位置や神秘主義的傾向を持つ信仰者としての立場性というものを明白にしていいのである。また社会福祉実践者中心の、そして鬱病や社会的にはみ出しかけた青年のコミュニティーという文脈の中でそこへ向けて語っていいのである。いずれにせよ、その立場で体験することを抑圧する必要はなく、与えられたメッセージを語っていいということである。
それは思いがけずに与えられた知の翼であると同時に、信じ祈り、かつ生きていくための霊の翼でもあった。

(ふかや みえ 所員・社会学部教授)










地理学研究者として思うこと   齋藤 元子


 私が専門とする地理学は、大きく分けて自然地理学と人文地理学の二分野に分けられますが、自然地理学、なかでも気候を扱う分野の研究者の間で、ヘボンはかなり知られた存在です。というのは、ヘボンが日本で長期間にわたって気象観測を行っていたからです。
 明治学院が以前に発行した小冊子『明治学院 日本はじめて物語』でも、このことに触れています。お読みになった方も多いと思いますが、その一部を引用すると「米国気象学会の会員でもあったヘボン博士は、神奈川に到着し、1859(安政6)年11月1日から10年以上の間、日の出時と午後2時の気温を測り、雨量を記録し、晴・曇・雨などの日数、月別最高・最低気温や平均気温を出して観測表を作成」とあります。
 私の知る女性地理学者の一人は、ヘボンの観測記録(彼女はオランダの大学図書館で見たと確か言っていました)や少し前の時代の長崎出島におけるオランダ商館員による気象観測と近年の気象データを比較し、地球温暖化の影響が日本にどの程度及んでいるかを研究しています。つまり、ヘボンは今日地球規模の問題となっている温暖化を食い止めるための研究に一役買っているわけです。
 実は、私の学位論文を指導してくれた大学院時代の恩師も、気象庁出身の地理学者です。昨年、私がキリスト教研究所の客員研究員としてお世話になることが決まった際、その報告に行くと「まだ地理学者が知らないヘボンの史料が見つかるとおもしろいですね」と言われました。残念ながら、私の努力不足もあって、未だ新たな史料の発見はありませんが、来年3月の任期終了までに、地理学とヘボンを結ぶような報告が何かできればと思っています。
 もう一人、地理学と縁の深いクリスチャンがいます。それは内村鑑三です。こちらは人文地理学、とりわけ、地理学史や地理教育の研究者の間では、頻繁に名前が挙がります。その理由は、内村の著書『地人論』(最初のタイトルは『地理学考』)が地理学書とみなされているからです。『地人論』は、プリンストン大学教授の地理学者アーノルド・ギョーの著書The Earth and Manをもとに書かれました。ギョーはアメリカにペスタロッチ主義地理教育を広めた人物として有名で、彼の作成した地理教科書は全米で使用されました。
 近年では、内村の『地人論』を地理教育論のテキストとして読み直そうという動きがあり、「社会科地理教育論の先駆者内村鑑三」・「内村鑑三の地理思想に関する地理教育論的考察」といった論文も発表されています。地理学者による『地人論』研究は、かなりの蓄積があると言えるでしょう。しかしながら、そこでは、クリスチャンとしての内村鑑三の姿は深くは追求されていません。
 他方、内村鑑三研究においては、内村と地理学の関係はあまり注目されていないようです。内村研究者のなかには、内村が地理学者から注目されていると聞くと不思議そうな顔をする人もいますし、ギョーを知らない人もいました。
 私のなかでは、地理学の世界で耳にする内村鑑三とキリスト教の世界で耳にする内村鑑三が、あたかも別人のように存在しています。クリスチャン内村鑑三が、地理学者アーノルド・ギョーとどのような交流を持ち、いかに影響を受けて、『地人論』を書くに至ったかに関心のある私は、内村研究の現状にある種の物足りなさを感じると同時に、地理学と内村研究をクロスオーバーさせれば、新たな内村鑑三論が提示できるのではとも感じています。この試みは、現在の私の力では、全く歯が立たないことですが、いつかはトライしてみたいと思っています。

(さいとう もとこ 客員研究員・本学非常勤講師)











学校の信仰〜信仰の主体たる組織とは何か   北川一明


 2008年3月の理事・評議員会で、明治学院の寄付行為のうち信仰にかかわる部分が改定されることが決まりました。いわゆる「クリスチャン・コードの弾力化」です。
 第6条で定められている理事、監事および評議員の資格について、これまでは「福音主義の教会に属し、寄付行為第3条の信仰告白を有する基督信者」とされていましたが、これを単に「キリスト信者」と改定する案が出されました。「有為な人材を広く求めるため」という理由からです。
 政治的要素のからむ問題ですが、ここではただ「明治学院の信仰」という場合の教義学上問題になるであろう事項を指摘します。

 キリスト教会の伝道が停滞し、クリスチャンが高齢化しています。そのため学校の運営を担える人材をこれまでの規定の範囲で集めることが難しくなりました。今回の議決からは、こうした判断が明治学院理事、評議員の間でほとんど共通の認識になっていることがうかがわれます。
 人材払底に対応する施策としては、(a)「明治学院の信仰」自体を変更する;という方法と、(b)「明治学院の信仰」を有さない者にまで役員の範囲を拡げる;方法が考えられます。
 今回は「明治学院の信仰」は変更せず、(b)「明治学院の信仰」を有さない者にまで範囲を拡げる中で人材を求める方法が選択されました。自分自身の信仰を取り下げて別なものにすることは簡単にはできません。信仰は旧来のものを堅持したまま、人材を多少広い範囲に求めるとしたことは現実的ではありますが、問題もいくつか考えられます。
 人材登用の範囲は「改革長老主義教会等に属する」など別のくくりかたもあり得ましたが、今回の改定では「キリスト者」にまで拡大されました。それでも「明治学院の信仰」自体が堅持されたことで、異端等の問題は解決できます。「明治学院の信仰」から判断して異端とされる者は排除できるからです。ただ異端か否かを判断する制度が整備されることが望まれます。宗教法人格を有さない単立教会を誰でもただちに設立できる以上、「キリスト者」であるかどうかが自己申告で定まることと変わりありません。異端審問制度を設けないならば、キリスト者条項は、いずれはなしくずし的に崩壊するでしょう。(もっとも明確な規準が定めにくい中で異端審問制度を設けることになれば、制度が政治利用される危険が大いにあります。)
 さらに新制度では、「明治学院の運営に責任を負うものの中に『明治学院の信仰』を有する者が一人もいない」という事態も起こり得ます。この問題は上よりも深刻で、「明治学院の信仰」が有名無実化する危険をはらんでいます。

 かといって、明治学院の信仰を変更することにも種々の問題があります。
 現行の「明治学院の信仰」は、制度上は法外に奇妙なものです。寄付行為第3条では、明治学院の信仰が「日本基督教団の信仰に準ずる」と定められています。
 この《日本基督教団と明治学院》の関係は、《明治学院と竃セ治学院サービス》の関係に似ています。竃セ治学院サービスは、定款上は明治学院が消滅した時点で存在理由が無くなり活動不能となります。明治学院も、どれほど優れた研究・教育をしていようとも、日本基督教団が解散した時点で教団ともども無に帰すのは残念でなりません!
 また明治学院が他の法人組織の信仰を信じることは、信仰上も問題があります。明治学院の信仰について、それを決定する機関は「日本基督教団」であることになるからです。われわれは、われわれ自身の信仰を他者の決定に委ねており、個人の信仰告白を重んじる福音主義の信仰と既に矛盾しています。
 寄付行為第3条で「明治学院の信仰」を決めた時点では、「日本基督教団の信仰」が、日本の福音主義的信仰の大多数であり、また福音主義的信仰の良識であると信じられるにたる教勢と人材を日本基督教団が保持していたのでしょう。さらに、実際に明治学院の運営に責任を持つ多くの人が日本基督教団の信徒だったのかもしれません。日本基督教団の内実は、当時と大きく変わってしまいました。それなのに、「日本基督教団の信仰改変」や「日本基督教団解散」等の見通しを、日本基督教団の側から明治学院に伝えて警告する制度はありません。明治学院が現行の寄付行為第3条を継続するのであれば、日本基督教団に対して、信仰改変、解散等の重大な決定については事前に報告するよう、その規則に盛り込んでもらわなければなりません。
 本来であれば、日本基督教団とは完全に別の独立した組織である明治学院は、独自の信仰を持つのが当たり前です。
 たとえば日本基督教団の信仰告白と全く同じ文言の文章「我らは信じかつ告白す、旧新約聖書は神の霊感によりてなり……」を「明治学院の信仰とする」と定めれば、晴れて独自の信仰を持つことになります。実際に、単立教会が自教会の信仰として日本基督教団の信仰告白と同じ文言の文章を掲げているケースは存在しますし、同じ内容を現代文に改めた教会もあります。日本基督教団は合同教会であるため緩やかな簡易信条を信仰告白に定めました。そのため最大公約数的な内容になっているからです。
 日本基督教団と全く同じ文言の文章を「明治学院の信仰」とすれば、信仰上は何の変更もせずに、異端を除くほとんど全ての教派の信徒が参加できそうです。先に述べた制度上の諸問題の全てを解決でき、また人材も広範囲から集めることが可能となります。

 しかしこの方法の問題点は、教会論上もっと根本的なものです。
 そもそも「学校の信仰(学校が信仰を持っている)」という考え方があり得るのか、ということが問題です。
 まず第一に、「明治学院の信仰」なるものが存在するとしても、それはいったい誰が信じているのでしょうか。教会の会員は信仰告白を信じることを誓約して入会しますが、学生、生徒は「明治学院の信仰」とは無関係に入学します。教職員も信じることは約しません。役員には「明治学院の信仰」を「尊重」することを誓約させることは可能かもしれません。しかし役員に「信じる」ことを約させることは、役員に学内の役職枠がある以上、憲法違反になる危険があります。
 それよりも大きな問題は、仮に役員に「明治学院の信仰」を誓約させることが出来たとしても、その誓約の霊的有効性が保証されるのかということです。誓約が神の前で無効であれば信仰とは見なされません。
 教派神学校の神学者は、「教会論上教会性を有する機関は教会をおいて他になく、『信仰』を有する組織は教会以外にあり得ない」と考えるでしょう。そのため、教会の構成員の多くが自教会の信仰告白を忘れ、覚えていても理解せず、内心は信じていなくても、それでも教会は「信仰を有する主体なる組織」とみなされます。教会での誓約が霊的に有効と考えられるからです。
 「霊的教会性を有するのは教会のみである」とするのは、教会や教派神学校の既得権益者たちの発想かもしれません。しかし同時に宗教改革以来500年の伝統に守られた考え方でもあります。明治学院は今や教派立の学校ではありませんので、教派の利害から自由です。それでも伝統を全く無視して「キリスト教主義に立つ」と宣言したところで、「キリスト教主義」が独善的なもの、すなわち異端になってしまいます。
 明治学院の信仰が「日本基督教団の信仰に『準ずる』」としているのは、教会の霊的「教会性」を尊重した結果であり、寄付行為を定めた時代には妥当だったのでしょう。教会自体が大きく変化しようとしている今、教派の利害からは自由なキリスト教学校で、しかし教会の伝統を考慮しつつ、「信仰の主体たる組織」の新しい考え方を探りたいものです。

(きたがわ かずあき 学院牧師・協力研究員)





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