意見書    防波堤に係留中の船舶(プレジャーボート)に対する公有水面埋め立て権者の妨害 排除請求権        1999年1月21日      東京大学法学博士      阿部泰隆(神戸大学教授)        次の問題に関する私の意見は左記の通りである。    相生市土地開発公社理事長 宮崎國生殿    船舶(プレジャーボート)が許可を要することなく(自由使用で)防波堤に係留さ れている海面において、公有水面埋立法により埋立免許を受けた者は、その埋立工事 をするため、この船舶の撤去を求める私法上の請求権を有するか。    結論  設問は肯定される。    要旨  船舶の水面使用は、法制度上自由使用といわれるものであって、埋立を阻止しうる ものではなく、他方、埋立権は、物権とはされていないが、埋立海域を支配して、そ の海域を陸地にする権利であって、物権に準ずるものとして、妨害排除請求権を与え られている権利と同等である。なお、港湾管理者の長がこの船舶を除却しうる権限は、 埋立権者の権利を排除する効果を有するものではなく、また、港則法上港湾交通の安 全が確保されないと港湾内の工事の許可がなされないことからも、埋立権者はこの船 舶の撤去を求める必要性がある。したがって、埋立権者は、現行法の解釈として、そ の埋め立てる海域に存在する船舶に対して妨害排除請求権を有すると解するほかはな い。もし、反対に解すると仮定すれば、本来埋立を阻止しえない自由使用権者が埋立 を妨害できるという不合理な結果になろう。    理由 引用語句・文献略語 三善『埋立法』=三善政二『公有水面埋立法』(日本港湾協会、一九七○年) 山口=住田『港湾行攻』=山口真弘=住田正二『港湾行政』(日本港湾協会、一九五五年) 山口=住田『埋立法』=山口真弘=住田正二『公有水面埋立法』(日本港湾協会、一九 五四年) 海上保安庁『港則法』=海上保安庁監修『港則法の解説』(海、文堂、一九七七年) 『公有水面埋立法案逐条理由』(三善『埋立法』八七頁以下に掲載) 公水法=公有水面埋立法  当事者の略称 X=相生市土地開発公社、埋立権者 Yら=係留船(プレジャーボート)所有者 Z=兵庫県知事(港湾管理者の長、埋立免許権者、港湾法五八条二項、公有水面埋立 法二条一項)    一 前提事実と本件の論点  X(相生市土地開発公社)は、公有地拡大法(公有地の拡大の推進に関する法律) に基づき相生市が全額出資して設立した法人で、Z(兵庫県知事)から平成九年(一 九九七年)九月三○日相生港内の埋立免許を得た埋立権者である(同公社はこの事業 について相生市から委託を受けている)。Yらはその船舶(プレジャーボート)を、 この港湾内の埋立予定水域の中にある防波堤に係留することによって、この水域を占 用している。この船舶は港湾法三七条一項の水域占用の許可(許可権者はZ)を得て いない。  相生市はYらと交渉して、その船舶を相生港内の他の場所(平成一〇年一月二四日 完成した仮桟橋その他)に移動するよう要請したところ、九一隻の中で四隻以外はこ れに応じたが、四隻の所有者Yらは移転先に難色を示して、これに応じない。また、 Yらは、那波港に係留するについて許可を求めているが、許可権者は港湾管理者であ るZであり、Zは運輸省の方針もあって、こうした船舶には許可を与えない方針である。 Xなり相生市としてはどうにもならないことを求められているのである。  Zは、埋立工事の施行区域内における公有水面に工作物その他の物件が存するとき は、その物件の除却を所有者に命ずることができる(公水法三一条)。XはZに、この 権限の行使を依頼したが、Zはこれに応じない。また、埋立工事の着手については、 法則法三一条により「港内工事作業許可」が必要であるが、現況では防波堤に係留さ れた船舶の航行に支障をきたすという理由から許可を得られていない。そこで、Xは、 埋立免許に基づく埋立工事を行うため、Yらの船舶を民事訴訟により排除したいと考 えている。ここで、Xは、Yらの船舶をこの港湾の埋立区域から排除する私法上の請求 権を有するかが論点になる。  この問題の解答は、二 排除を求められる方のYらの権利と、三 排除を請求するX の公有水面埋立権の両方の法的性質を分析検討することによって得られるであろう。 ただ、あわせて、港湾管理者の長(本件の場合にはZ)による工作物除却権、港長( 本件の場合には姫路海上保安署長)による法則法の許可との関係も検討することにする。     二 水面占用の法的性質   l 法の仕組み  公水法によれば、「法令ニ依り公有水面占用ノ許可ヲ受ケタル者」、「漁業権者又 ハ入漁権者」、「法令ニ依り公有水面ヨリ引水ヲ為シ又ハ公有水面ニ排水ヲ為ス許可 ヲ受ケタル者」、「慣習ニ体リ公有水面ヨリ引水ヲ為シ又ハ公有水面ニ排水ヲ為ス者 」がいる場合には、その者の同意を得ることなくして埋立免許をなすことはできない のが原則である(同法四条三項一号、五条。その例外は、同法四条三項二号、三号)。 漁業権者がいる場合には、通常は先にこれに補償して、漁業権を消滅させてから埋立 免許を申請することになっている。逆に、公有水面において何らかの行為をしている 者がいても、これらに該当しなければ、埋立免許の際には無視してよいのである。   2 埋立にさいし同意を要する権利 (1)船舶の防波堤係留はもともと自由使用防波堤に船舶を係留しているYらの地位は、 右のいずれかに該当するであろうか。これは右記の条文の文理上明らかにいずれも否 定される。あえていえば、「法令ニ依り公有水面占用ノ許可ヲ受ケタル者」に当たる かどうかが問題として提起されないこともない。 そこで考えてみると、船舶の防波堤係留は、もともと、河川法上も、港湾法上も、占 用許可を要する行為に当たるとは考えられていなかった。いわゆる自由使用である。 (2)河川法の新解釈・運用-要許可  ただ、最近、建設省河川局は、「河川区域内におけるプレジャーボート等の船舶の 係留については、係留杭等の施設を設置して係留する場合には法(河川法)第二四条、 第二六条等の規定に基づく河川管理者の許可が必要であり、また、係留施設を設置す ることなく係留する場合においても、当該係留が通常の一時係留でない場合には、法 二四条等の規定に基づく河川管理者け許可が必要である。したがって、河川管理者の 許可に基かずに河川区域内に係留している船舶は不法係留船であり、法に基づく強制 的な撤去対象となるものである」と解釈して(建設省河川局長河政発第一六号平成一 ○年二月一二日「計画的な不法係留船対策の促進について」)、違反は代執行で対応 するという方針を打ち出した。  そこで、建設省河川局の立場では、占用許可を得なければならない者が占用許可を 得ていなければ違法占用である。そして、占用許可を申請しても、当然に許可になる ものではない。それには河川管理上の制約があるし、この種の占用は国家に属する権 利を付与する一種の特許使用にあたるから、その付与は行政の裁量にかからしめられ るものであって、営業許可のような許可請求権があるものではないからである。河川 法二四条も、「河川区域内の土地を占用しようとする者は、・・・河川管理者の許可 を受けなければならない」とのみ規定し、許可を与えなければならないといった規定 の仕方はしていない。なお、河川区域内の土地の占用許可は、土地と水を分ける用語 法によれば、河原の土地の占用許可だけのようにも見えるが、流れる水の上に船を浮 かべるのも、結局は河川区域内の土地(川底の土地)の上を占用するので、この許可 を要すると解されている。  そこで、本件公有水面が河川法の適用のある河川であれば、占用許可を得ていない 船舶ははじめから違法占用であり、公有水面の埋立とは関係がなく、除却命令と代執 行の対象である。まして、公有水面埋立法にいう、「法令ニ体リ公有水面占用ノ許可 ヲ受ケタル者」に当たらないことは明らかである。逆に、占用許可を受けていれば、 「法令ニ依り公有水面占用ノ許可ヲ受ケタル者」に該当し、埋立免許のさいには、同 意権者となる。 (3)港湾法では自由使用  ところが、本件は河川区域内の事件ではなく、港湾区域内の事件であり、港湾法の 適用を受ける(なお、本件は漁港法の適用を受けない)。港湾法三七条一項によれば、 港湾区域内の水域の占用には港湾管理者の長の許可を要するが、船舶の防波堤係留は、 運輸省によれば目下のところ許可を要するとは解されていない。運輸省港湾局は、こ れについて建設省河川局とは異なり、特段の通達を発していないのである。従来通り、 これは港湾の水域の占用には当たらないから、占用許可を要しないという扱いとなっ ている。船舶の防波堤係留は、港での釣りや水泳のように講学上のいわゆる自由使用 として、特に許可を要することなく適法に行うことができるということである。 ただ、こうした船舶による港湾占用には各地の港湾管理者も頭を痛めて対策を講じ始 めているところであり、広島県は、「プレジャーボートの係留保管の適正化に関する 条例」をこの一九九八年一○月一月から施行して、重点放置禁止区域を指定して、強 制移動を図ることにしている。  いずれにしても、自由使用状態であれば、目下のところは法的に許容された行為で ある。それは許可を申請しても、許可されないが、それは許されないという意味では なく、許可を要しないし、許可を取ることもできない(許可を得て一定の法的地位を 得ることもできない)という意味である。たとえば、われわれが道路を歩行するのに 警察に許可を申請しても、許可されないが、かといって歩行が禁止されるわけではな いのと同じである。したがって、港湾管理者の長は埋立の場合を別にすれば、防波堤 に係留された船舶に対して除却命令を発して代執行で除却することはできない。  しかし、埋め立ての際には、この自由使用している者は、公有水面埋立法にいう、 「法令ニ依り公有水一面占用ノ許可ヲ受ケタル者」に当たらないことは明らかである から、この者の同意なくして与えられた埋立免許は適法である。 (4)自由使用権は埋立に対抗できない  ここで、自由使用権の法的性質に関して、多少一般理論的に検討しよう。水域占用 の例ではないが、村道通行を妨害された者が妨害排除請求を求めた事案において、こ れを認めた最高裁の判例がある(最判昭和三九・一・一六民集一八巻一号一頁) 注 (1)。村道通行は許可使用ではなく単なる自由使用であるが、この自由使用権が第 三者により妨害された場合に、自由使用権に基づく妨害排除請求権を認めたものと解 される。  注(l)「地方公共団体の開設している村道に対しては村民各自は他の村民がその 道路に対して有ずる利益ないし自由を侵害しない程柱度において、自己の生活上・必 須の行動を自由に行い得べきところの使用の自由権(民法七一○条参照)を有するも のと解するを相当とする。勿論、この通行の自由格は公法関係から由来するものであ ろけれども、各自が日常生活上諸般の権利を行使するについて欠くことのできない要 具であるからこれに対しては民法上の保護を与うべきは当然の筋合である。故に一村 民がこの権利を妨害されたときは民法上不法行為の問題の生ずるのは当然であり、こ の妨害が継続するときは、これが排除を求めろ権利を有することは、また言を俟たな いところである。」  この判例を応用し、さらに進めれば、一般的には、水面を自由使用している船舶の 係留を第三者が妨害すれば、自由便用権を侵害したものとして、不法行為になる。こ の船舶の所有者はこれに対して、妨害排除請求権を有すると解される可能性がある。 これに対して、この自由使用権により埋立を阻止できるかどうかは全く別の問題であ る。埋立免許に対抗できるのは、法文上、「法令ニ依り公有水面占用ノ許可ヲ受ケタ ル者」などに限られることは前述したところである。自由使用は、概念上許可使用と は区別されているので、これに当たらないことは明らかである。要するに、自由使用 とは、公物が存在し公衆の利用に供されているかぎりにおいて、公衆はこれを利用で きる権利があるということである。これはこれまでは反射的利益として説明されてき た(山口=住田『港湾行政』三三○頁)が、これは前述のように第三者の妨害を排除 できるのであるから、そのかぎりでは権利というべきである。道路の自由使用がその 典型である。  これに対して、自由使用権は公物の廃止には対抗できないのである。たとえば、こ れまで道路を自由使用していた者としては、道路が廃止されれば不便になるが、それ を廃止するなという権利は存在しないのと同じである。あるいは、これまで駐車禁止 になっていなかったので、頻繁に駐車していたが、その辺一体が駐車禁止になったの で、駐車場を借りなければならなくなったというのと同じであって、この場合、これ までの利用者は何ら保護されるものではない。この意味では、公物の利用者の地位は 反射的利益にとどまる 注(2)。  注(2)ただし、例外として、道路の廃止により公道への出口を失った者には、そ の廃止決定の取消訴訟を提起する原告適格を認めるべきであるという考え方がある。 最高裁も傍論においてこれを認めている(昭和六二・一一・二四判時一二八四号五六 頁)。私見では、道路に接して建物を建てたところあとで道路が廃止されたのでは、 二階に上がったら梯子を外されたようなものであるし(しかも、都市計画区域内では 建物は公道に接して建てなければならないとされている。建築基準法四三条一項)、 生活上重大な不利益を被るから、沿道者を保護する旨の規定が実定法に特段なくても、 原告適格を認めるべきであろう。これは原告適格に関して判例の採る「法律上保護さ れた利益説」から離れ、事実上の利益説に傾いた判例として筆者は注目している(阿 部泰隆『政策法学の基本指針』(弘文堂、一九九七年)一一五頁)が、なぜか判例は これを軽視しているようである。 いずれにせよ、ここではとりあえず、沿道者の原告適格が認められるだけで、本案で 道路廃止を違法とする基準は明らかではない。生活上重大な不利益を及ぼすことがあ れば、道路廃止を違法とする解釈もあり得ないではないが、それは二階に上がったら 梯子をとられたということと、廃止される道路を残しても公共性が著しく失われるも のではないことが根拠と考えられる。  本件の水域占用については、行政の方が水域占用を余儀なくさせたものではなく、 住居とは異なり、海面の廃止が生活上重大な不利益を被らせるものでもなく、海面を 残すことは埋立免許により実現される公共性を阻害するから、右の最高裁判例を基準 に考えても、海の廃止に対抗する権利が水域占用者に生ずるものではない。    公物の使用に関する反射的利益論には批判 注(3)も少なくない。しかし、議論 の整理が必要であることに留意すべきである。公物が公物として存在している以上は、 それを利用するのは大衆の権利である。しかし、公物を永久に存続させよという権利 は、実定法上どこにもない。むしろ、道路法も河川法も、道路や河川の廃止を予定し ている。これを権利侵害だとか違憲だとするためには、これらの法律よりも上の憲法 に、公物の利用請求権が規定されていなければならない。しかし、憲法の規定にはこ れらの実定法を違憲だとする手がかりとなるような規定は見あたらない。憲法学上は 環境権が憲法二五条、一三条から導かれるとされるが、その内容は茫漠としたもので あるから、そこから、埋立を一般的に禁止する趣旨と読み込むのは無理である。今日 埋立を抑制すべきではないかということが課題になっているが、解釈論としてこれを 主張することは困難で、埋立をどの程度許容するかは立法政策の課題である。少なく とも環境権に基づく差止め請求は裁判例では認められておらず、民法学説でも多数説 ではない 注(4)。  港湾の場合、公有水面埋立法がその廃止を予定しているから、実定法の解釈上は、 港湾の自由使用をしている者が埋立を阻止する権利を有するはずはない。  このように、港湾を自由使用しているにすぎないYらは、埋立に対抗する権利を有 しないのである。 行政実例(昭和四○年四月七日訟務局第三課長回答、三善『埋立法』八七頁による) でも、海上運送法により旅客定期航路事業の免許を受けた者は特定の航路についての 事業経営権を有するが、それ以外に航路権というような権利を有するものではないか ら、公有水面埋立との関係では埋立により埋立法一○条にいう施設の効用が妨げられ る場合でないかぎり補償の必要はないとしている。定期船の航路が変更を余儀なくさ れ、損失が生じても、公有水面は本来自由使用が原則であるから、権利侵害の問題を 生じないのである(三善『埋立法』八七頁)。  なお、拙著『行政の法システム(新版)』(有斐閣、一九九七年)一九六〜一九七 頁は、右記と同旨のことを述べており、本意見書で特段改説したわけではないし、本 意見書を執筆するために特別新奇の説を立てたわけではない。  注(3)原田尚彦「公物管理行為と司法審査」『環境権と裁判』(弘文堂、一九七 七年、初出は一九七三年)九一頁以下は、公物の自由使用を反射的利益とする見解を 批判して公権とするが、このことは自由便用の開始または維持存続を求める市民の権 利を承認するものではないとする(一○四頁)。原田尚彦は、こうした公物観を転換 し利用者の地位を権利化する方向へと理論構成するが(一一六頁以下)、そこでも、 埋立免許のさいに埋立に反対の利害関係を有する者の意見を考慮したかどうかという 手続き上の制度の整備を主張しているにとどまる。そして、この提案は一九七三年に 公有水面埋立法が改正される直前に行われたもので、今では利害関係人に意見書の提 出の機会が与えられている(公水法三条三項、一九七三年同法改正前は、三条には現 行三条四項に相当する規定しかなかったのである)ので、とりあえずは原田尚彦説は 実現したと言える。少なくとも、海面の自由使用者に埋立を阻止する実体的な権利が ないことは原田尚彦説でも承認されている。  注(4)大塚直「環境権」法学教室一七一号三四頁(一九九四年)、「(研究会) 公害・環境判例の軌跡と展望」シュリストー○一五号(一九九三年)二三六頁以下、 畠山武道ほか編著『環境行攻判例の総合的研究』(北海道大学図書刊行会、一九九五 年)九〜一○頁、岐阜地判平成六・七・二○判時一五○八号二九頁(長良川河口堰訴 訟、その七六頁は、憲法一三、二五条、環境基本法三条、八条は個々の国民に具体的 な権利を付与したものではないという理由で、環境権に基づく差止め請求を否定)参照。  さらに、長浜入浜権訴訟(松山地判昭和五三・五・二九行集二九巻五号一○八一頁 )において、住民は、漁港の修築は、長浜町民等が長浜海水浴場の利用及びその景観 美を享有することを内容とする同町民らの生存権及び環境権ないし入浜権を侵害する ので、その修築は違法である旨主張した。これに対して、判決は次のようである。  「一般に、海水浴場たる一定の海岸及び海面は、国が管理する自然公物であって、 付近住民等において海水浴をなしうるのは、国がその利用を許していること(禁止し ないこと)の反射的効果であって、付近住民等が海水浴をなす権利を有するによるの ではないのであるが、長浜海水浴場についても右の例外であるとの主張と立証はない から、本件漁港修築により、原告らのいう同海水浴場の破壌がなされたとしても、原 告らの権利が害されることとならないので、その修築が違法であるとは言えない。  2 また、一般に、開放せられた自然の景観美を楽しむことは、いつでも、推でも これをなしうるのてあるから、これを権利ということはできず、長浜海水俗場につい てもその例外でないのて、長浜町民等が同海水浴場の景観美を享有することに権利性 がないことが明らかであるから、本件漁港の修築により同海水浴場の景観美がそこな われるようなことがあるとしても、その修築が違法であろとは言えない。」  この判決は、海水浴の権利を反射的利益とした点で批判されるべきものをもってい ろが、国家が海のまま大衆の利用に供している状態て第三者が海水浴を妨害したので はなく、国家が海水浴場を漁港に改変することの許否が争われていろのであろから、 これに対して大衆が対抗する権利を有しないことは本文に述べたように正しい理解で、 そのかぎりでは大衆の利益はやはり反射的利益にすぎない。   三 公有水面埋立権の法的性質     一 埋立権とは?  公有水面理立権は、公有水面埋立法の権威ある解説書(山口=住田『埋立法』一五 七頁、さらに、二九頁参照)によれば、「国家の特許を受けて、一定の公有水面の埋 立を排他的に行い、土地の造成を行うとともに、条件附きに埋立地の所有権を取得す ることを内容とする権利である」。  三善著(『埋立法』五○−五一頁)によれば、公有水面の埋立免許は、「公有水面 を埋め立てて土地を造成できる権利を設定する行政行為」であり、「竣功認可を条件 として公有水面の公用を廃止する行政行為」であり、「竣功認可の日に、公有水面に 造成された埋立地を『土地所有権』の客体とする行政行為」である。  判例もほぼ同旨である(最判昭和四七・一二・一二民集二六巻一○号一八七七頁、 東京地判昭和三三・一○・二三行集九巻一○号二二七三頁、津地判昭和四四・九・一 八下級民第二○巻九=一○号六五八頁、札幌地判昭和五一・七・二九行集二七巻七号 一○九六頁)。  これらの解説・判例は妥当である。公有水面は「国の所有に属する水面」(公水法 一条)であるから、その水面を支配し管理することは国家の権能に属し、国はこの権 能に基づき、特定の者に埋立をすることを認めるのである。これは国家に属する権能 を私人に付与するもので、講学上の特許に当たる。  ここで、特許について説明すると、学問上は一定の行為を国家が許容する手法の法 的性質を分析し、それには、大きく分けて、許可、特許(法文の用語法とは異なる) があるとしてきた。許可は、もともと国民の権利自由に属することを法令により一般 的に禁止しておき、特定の場合に解除して自由を回復させる手法であるのに対し、特 許は国家に属する権利を私人に付与する(私人に法律上の権利を設定する)手法であ る。ただ、最近は許可も特許も法令の基準に照らして私人の活動を許容する手法で、 その違いは相対的なものであるという意見も多い。たしかに、ガス事業、電気事業の 許可などは、これまで特許とされてきたが、国家に属する権利の私人への付与という よりは営業許可の一種といえよう(ただ、これらは、国家に広い介入が認められてい る点で、衛生上の問題がなければ国家は介入しない飲食店営業の許可のような許可と は異なる)。しかし、特許の中でも、公有水面の埋立免許は、私法的な構成であれば、 国家に属する海底・海面の所有権を陸地を造成するという条件で廉価に払い下げる行 為であって、これを、行政法規により国家に属する権利を私人に付与する行為として 構成したものであるから、民間企業の事業を規制する電気、ガスなどの事業の許可と は異なる。  したがって、今日、一般的に言えば、許可と特許の違いが相対化したことはたしか であるが、公有水面埋立免許は、まさに言葉の本来の意味での特許として、今日も理 解されるのである。そして、埋立免許は、国家に属する公有水面の埋立を私人に許す 行為であるから、埋立権は、「一定の公有水面の埋立を排他的に行い、土地の造成を 行う」権利である。そして、埋立人は竣功認可(その効力は告示によって発生する) により土地所有権を取得する(二四条)から、埋立権は条件附きに埋立地の所有権を 取得することを内容とする権利ということができる。   2 埋立権の水面支配権  このように、公有水面埋立権の内容は、一定の公有水面において排他的に埋立をな し、土地を造成し、埋立地の所有権を取得することであるから、この排他的な効力は、 「埋立を行い、土地を造成すること、及びそのために当該公有水面を占用すること、 並びに埋立地の所有権を取得することにのみ及ぶものであり、埋立を妨害しない限度 において、他の目的のためにその水面を利用することは、公有水面埋立権の侵害とい うことはできない。したがって、当該公有水面において、水泳をし、通航をし、又は 魚釣をするがごときは、もちろん公有水面埋立権を侵害するものではないし、又、漁 業権の免許をした場合や、港湾法第三七条の規定により水域の占用の許可をした場合 にも、原則として、公有水面埋立権の侵害とはならない。」(山口=住田『埋立法』 一六○頁)。  この説明は多少わかりにくい面があるので、三善著を参照すると、公有水面の埋立 免許がなされたというだけでは当該水面の公用に供せられる性質が当然に廃止された とは言えない(公用廃止は竣功認可による、函館地判昭和五四・三・二三訟務月報二 五巻一○号二五二頁も同旨)のであって、埋立権は絶対的な排他的支配権ではなく、 たとえば、免許を得た埋立区域について、埋立権者が合理的な理由で陸地化行為を中 断し、いまだ水面状態にある場合においては当該水域は依然として法律上の公有水面 であるから、港湾法三七条を根拠に当該埋立目的を害しない限度において水域占用許 可をなしうるという説明もある(三善『埋立法』五九頁)。  これを逆に言えば、埋立権者は、埋立を行うために当該公有水面を占用することができ、その水面を第三者が利用することは、埋立を妨害する限度において公有水面埋立権を侵害するということができる。  このことを別の説明によって補強しよう。  また、「埋立工事を施行する権利は、当然に埋め立て工事を行うための水面の使用 の権能を有するものと考えられる。したがって、埋立工事の免許を受けた者は、当該 の水面の使用について更に行政庁の許可なり、承認を受けることなく、当然に公有水 面を使用して埋立工事をなしうることになる」(山口=住田『埋立法』二○四頁)。  そして、公有水面埋立権は、「水面を埋め立てて、土地を造成し、条件附きに埋立 地の所有権を取得することを内容とする権利であるから、財産的価値を有する権利で あることは、いうまでもない。」したがって、第三者がこの権利を侵害した場合は、 民法七○九条の不法行為の責任を生ずる(山口=住田『埋立法』一六二頁)。  公有水面埋立免許を受けた者が免許にかかる水域について、水域の占用、土砂の採 取などをするときは許可を要しない(港湾法三七条一項但書き)。もし、これについ て港湾法により改めて許可が必要である(状況により不許可になる)とすれば、公有 水面埋立法と港湾法が矛盾してしまう。公有水面埋立法で埋立免許をした以上、港湾 法でも当然に許可すべきである。しかも、許可権者はいずれも港湾管理者の長で同じ であるから、二度同じ許可を出すのは無駄である。したがって、この場合には、港湾 法ではいちいち許可を要しないとされたのである。  このことは、公有水面埋立免許は水域の占用、土砂の採取の許可を内容とすること を意味している。  そして、港湾法三七条一項による水域の占用の許可は、一般的な禁止の解除(水域 の占用が港湾の管理又は開発に支障を与えるおそれがあるものであることから、これ を一般的に禁止し許可によってこれを解除するということ)の意味のほかに、さらに、 公物管理権の行使として特別に利用する権利を設定するものである。この許可を受け た者は、いわば占用権又は土砂採取権を取得する(磯田荘一郎=大庭靖雄「やさしい 港湾講座 港湾法をめぐる諸問題(3)港湾区域内等における行為規制」港湾一九七 六年三月号)が、これに対して、港湾管理者の長は、港湾法三七条一項一号、二号の 許可を受けたものから占用料又は土砂採取料を徴収することができる(逆に言えば、 埋立権者はこの港湾法の許可を要しないので、この占用料の支払いは不要である。代 わりに、埋立免許については免許料の制度がある。公水法一二条、同法施行令一六、 一七条。公共団体は免除)。   3 妨害排除請求権 (1)差止め請求権の根拠一般論  差止めはもともと私法上の制度であるが、行政法規は私法の仕組みを必ずしも考慮 していないため、明確な規定はなく、埋立権に差止めの効力があるかどうかは、類似 の権利の扱いなどを考慮して総合的に判定するほかはない。  差止め請求権の根拠としては、一般に、法律に明文の規定がある場合のほか、物権 的請求権、占有権又はこれに準ずる根拠によるもの、人格権によるものと、不法行為 によるものがある。債権は一般的にはもともと差止めの根拠にはならない。物権は法 定されており(民法一七五条)、埋立権は物権とはされていない。ここで考えられる のは、物権類似の権利である。民法の判例学説を参照して考えよう。  まず、好美清光の整理を参照しよう。特別法により物権とされた権利は、民法上の 物権と同様に保護されるが(漁業権、鉱業権など)、物権と明定されていないが、そ の一身専属的性質や精神的創造物の財産権としての物権との類似性から、特別法によ って侵害の排除及び予防の差止め請求権が認められる場合がある(商号、無体財産権、 不正競争防止法上の差止めなど)。さらに、公法上の占用権として、「1 国ないし 地方公共団体が、その公法上の権限に基づき私人に物の利用を許可する場合、この利 用権が私法上物権。債権のいずれのカテゴリーに組み入れられうるかを問題とせず、 その占用権としての性質から物権的請求権による保護が承認されている。知事の許可 による河川法上の河川敷地及び堤防の占用権(大判大正二・五・四民集一巻二三五頁 )、国有財産の寺院境内地としての無償使用権(大判大正一二・四・一四民集二巻二 三七頁、大判昭和六・四・二八法律新聞三二七○号一○頁)など。」  さらに、慣習法上の物権として承認されているものとして、地上流水使用権、地下 水利用権などがある 注(5)。  ここで、右の河川敷地及び堤防の占用権に関する大審院判例は、それは一種の財産 権として対世的性質を有するから、その侵害者に対しては排除の請求をすることがで きるとしている。   注(5) 以上は、新版注釈民法(6)物権(1)(有斐閣、一九九七年)一二○−一二三頁 (好美清光執筆)。  温泉権や水利権は、民法上物権とはされていないが、判例学説上、慣習法上の物権 として、あるいは物権類似の権利として、その理論構成は種々あるものの、結論として、その侵害に対して妨害排除請求権が認めらている 注(6)。  注(6)多田利隆「慣習法上の物権-温泉専用権、大審院昭和一五年九月一八日民集 一九巻一六二頁」ジュリスト民法判例百選1[第四版、一九九六年]一○○頁、新版 注釈民法(6)物権(1)(有斐閣、一九九七年)二一三ー二一四頁(徳本領執筆)、 林良平ばか編『逐条民法特別講座(2)物権』(ぎょうせい、一九九○年)一○二二 頁、船橋譲一『物権法』(有斐閣、一九六○年)二○−二二頁、稲本洋之助『民法2 (物権)』(青林書院、一九八三年)五七−五九頁参照。  債権でも、たとえば、不動産賃借権なら、物権でなくても、今日では、占有を取得 する前でも妨害排除請求権の根拠となっている。その根拠としては種々の説明がある が、結論はほぼ一致している。判例は対抗力を具備した賃借権であることを根拠とす る。賃貸人に対する債権者代位権を根拠とするのは迂遠だという意見も多い 注(7)。  注(7)さしあたり、中井美雄「債権に基づく妨害排除」ジュリスト・民法の争点= (一九八五年)八頁、赤松秀岳「第三者の債権侵害と妨害排除、最判昭和二八年一二 月一八日民集七巻一二号一五一五頁」ジュリスト民法判例百選2[第四版](一九九 六年)五四頁、広中俊雄『物権法第二版』(青林書院、一九八二年)二三八−二四一 頁参照。 (2)埋立権の場合  さて、埋立権に戻ると、これは埋立免許が認められただけではいまだ海面を占有し ているわけではないが、占有することができる権利である点で、不動産を賃借して、 いまだ占有を得ない段階で第三者に占有された場合に似ている。埋立権の場合、底の 海底地盤の譲渡はありえないので、不動産賃借権のような対抗力の問題(賃借権をも ってその土地に権利を取得した第三者に対抗できる)は生じないが、二重の埋立免許 は無効になるという点では、埋立免許を得た後その海底地盤が譲渡されると、新しい 所有者に対抗できるのかという問題は生じない。埋立権者は対抗力を有する権利と同 じように保護されているのである。  前述のように、公法上の占用権は、物権がどうかを問わず、妨害排除請求権の根拠 とされている。  前述のように、道路の自由使用権は道路管理者が公共の用に供しているだけで発生 するもので、特に道路に所有権とか利用権とかを有するものではなく、第三者への譲 渡もできず、財産的な権利性もないが、それでも、妨害されたとき、妨害排除請求権 を有するとするのが判例である。  埋立権は、私法的に構成されていないので、物権ではないが、前述のようにその権 利を実現するため埋立区域を支配して工事を行う権能を含む水域の占用権であって、 許可を得て第三者に譲渡することも相続もできる(公水法一六、一七条)財産的な価 値を有するのであるから、道路の自由便用権よりもはるかに強力な権利である。  他方、Yらには、前述のように、埋立に対抗すべき何らの権利もない。  そうすると、Yらが埋立海域にとどまっていることは、Xの埋立権を侵害していると して、Xは、その妨害排除請求権を有すると考えるべきである。    四 県知事の物件除却命令との関係     1 除却命令発給義務  なお、Zの有する物件除却命令がXの民事訴訟を排除するかどうかを考察しておこう。  埋立権者は公水法四条三項の権利者に補償し、または損害防止の施設をなせば埋立 工事に着手できるのである(公水法八条一項、二項)が、そのさいに埋立工事の施行 区域内における公有水面に工作物その他の物件が存するときは、都道府県知事はその 物件の除却を所有者に命ずることができる(同法三一条)。したがって、Xとしては、 まずは、Zに、Yの船舶の除却を求めるほうが便宣である。Xは実際にもそうしたよう であるが、Zは、Zの方針もあって、ここではこの権限の発動を差し控えている。  それなら、地方自治法一五三条二項によりZから相生市長に権限を委任してくれた らよいようなものの、なぜか委任はなされていない。  法律論をいえば、Zは、Xに対して埋立免許を付与しているのであるから、Xがその 埋立権を実際にも行使できるように、可能な範囲で配慮する義務を負うはずである。 先行行為による作為義務の一種である 注(8)。しかも、Xは、免許の条件に付され た期限内に埋立工事を開始する義務を負うのであるが、埋立てする海面に権利のない 妨害者が存するようではこの義務を果たせない。そうすると、ZはYらの船舶を除却し て、Xが埋立工事をすることができるようにする法的な義務を負うはずである。  注(8)土地区画整理法に基づく仮換地指定処分をした施行者が、仮換地にある物 件を除却しなかったので、被処分者が従前地も仮換地も使用できずに困ったケースで、 施行者は仮換地を使用できる状態にする義務があるとされた(最判昭和四六・二・三 ○民第二五巻八号一三八九頁)。先行行為による作為義務(後始末責任)の例とされ るものである。阿部泰隆『国家補償法』(有斐閣、一九八八年)一九○頁。  この法律は、「除却を命ずることを得」と規定しているので、文理上は、命じない 裁量を認めるような規定になっているが、Xの権利を阻害するようなものは除却する 義務があると読み替えるしかないのである。  ただ、話合いで船舶が移動することもあるから、最初から何が何でも除却する義務 があるというのはいきすぎなので、「得」としたにすぎない。本件のように、話合い を徹底しても、最後の数隻だけがこれに応じない場合には、もはや裁量はなくなると いうべきである。なお、これは、裁量はあるが、状況により裁量がゼロに縮減すると いう例の一つとも言えよう(阿部泰隆『国家補償法』(有斐閣、一九八八年)一七六 頁以下)。   2 除却命令と民事訴訟の関係  それでは、Xの権利は、Zの除却命令(さらには、代執行)によって実現できるので あるから、民事訴訟はこれによって排除されるのかという問題が提起されよう。これ は公法上の手段と私法上の手段の関係の問題である。論理的に考えると、・ 公法上 の手段があるなら、それによるべきで、民事訴訟は許されない、・ いずれも許され る、という説がありうる。  同じ主体が、権利を行使するときは、一般には、公法上の手段があれば、私法上の 手段は不要だということができる。それで目的を達することができるからである。た とえば、滞納処分の権限を有する税務署は、民事訴訟により租税債権を実現する必要 は普通にはない 注(9)。  注(9)なお、行政上の義務の実現は通常は公法上の手段によるが、行政主体でも、 公法上の手段が用意されていなければ、例外的には、行攻上の義務を民事訴訟で実現 することが許されると解される。たとえば、パチンコ店の出店禁止区域内に出店しよ うとするパチンコ店に対して建築禁止命令を出したが、建築が続行されるとき、民事 訴訟でその続行禁止を求めることを許されるとする説が多いし、これを肯定した判例 (大阪高判昭和六○・一一・二五判時一一八九号三九頁、阿部泰隆『行政法の解釈』 (信山社、一九九○年)三一三頁以下に詳しい)もある。  しかし、民事訴訟と公法上の手段を行使する主体が異なるときは、普通に考えると、 それぞれ要件を満たせば、それぞれが権限を行使することができる。たとえば、違反 建築のため、日照が著しく害されたとき、建築基準法上の特定行政庁は、違反建築物 の除却命令を発し、代執行でこれを除却することができるが、日照被害を受けている 北側の住民は民事訴訟によりその被害回復のため建物の除却を求める訴訟を提起する ことも許されている。この二つの訴訟は別個の平面にあるので、いずれも許されるの である。  商業用原子力発電所に対しては、通産省が監督しており、その許可に瑕疵があれば、 付近住民はその取消訴訟で勝訴できるはずであるが、他方これにより人格権などが侵 害されれば、民事訴訟も提起することができる。もんしゅ訴訟では、民事訴訟と行政 訴訟が並行して提起され、いずれも適法とされている 注(10)。  注(l0)名古屋高裁金沢文判平成元・七・一九判時一三二二号三三頁、最判平成・ 四・九・二二判時一四三七号二九頁、阿部泰隆『行政法の解釈』(信山社、一九九○ 年)二一五頁以下。  そこで、本件でも、Xらの提起する民事訴訟が許容されるかどうかは、それ自体の 要件を満たすかどうかできまるものであり、ZがYらに対して除却命令を発しうるとい うこととは関係がない。  なお、山口=住田著(『埋立法』二一○頁)も、この制度の趣旨を、「民事上の手 続きによって、工作物の除却を求めるとすると、多くの日を要することになる」と説 明し、民事訴訟の道があることを言外に認めている。      五 港則法三一条による海上保安署の「構内工事作業許可」との関係       1 港則法の趣旨 (1)港則法は警察取締法  海上交通の安全を図る観点からの工事許可制度は、海上交通安全法三○条と港則法 三一条に規定されているが、前者は特定の海域にのみ適用される(海上交通安全法一 条二項)もので、港則法の適用される港湾には適用されない。本件では港則法が適用 される(港則法二条、同法施行令一条)。  港則法三一条一項は、「特定港内・・・で工事又は作業をしようとする者は、港長 の許可を受けなければならない。」と定めている。本件埋立免許の対象となる海域で 埋立工事をするさいにもこの許可を要する。これとYらの船舶との関係はどうなるで あろうか。  港則法は、「港内における船舶交通の安全及び港内の整とんを図ることを目的」と し(一条)、三一条一項の「許可をするに当たり、船舶交通の安全のために必要な措 置を命ずることができる」(三一条二項)。要するに、船舶の交通安全法である。  ちなみに、道路の場合、公物管理法としての道路法と公物警察法としての道路交通 法がある。道路法は権原に基づき道路を設置管理する法律であり、道路交通法は権原 とは関係がなく交通の安全を確保する法律である。たとえば、私道(建基法四二条一 項五号な土とによる道路)は、道路法上は道路ではないが、現に一般交通の用に供さ れている以上、道路交通法上は道路であり、交通取締りの対象になる(道交法二条一 項一号)。  港湾法は港湾の管理者が港湾を管理する法律であるが、港則法は道路における道路 交通法のように港湾内の交通を取り締まる警察行政法である(海上保安庁『港則法』 九頁以下参照)。  ところで、埋立免許の対象となった海域でも、現実に埋め立てられるまでは船舶が 航行することがある。そこで、現に船舶が航行している以上、埋立工事が船舶の航行 の安全を脅かさないように措置する必要がある。港則法はこの観点から規制するので、 船舶が航行する権利なり防波堤に係留される権利を有するかどうかは、港則法の判断 事項ではない。  したがって、港則法の港内工事の許可は、Xに対してYらの船舶を撤去・移動する権 限を与えるものでもなけれぱ、逆に、同法の許可がないことがYらに防波堤船舶係留 の権利を与えるものでもない。 (2)本件の場合  そこで、第一に、埋立工事が船舶の安全航行に支障を生じないかぎりは許可される。 Yらの船舶が防波堤に係留され、港外に出ていったりすることを妨げないかぎりは、 工事は許可されるはずである。埋立を一部だけでも開始するために右許可を得ること ができるかどうかは、「航行の安全」への影響という事実問題であって、ここで論ず るかぎりではないが、工法と状況次第では一部は埋立開始することが許容されよう。  しかし、いずれにせよ、埋立が進めばYらの船舶に影響が及ぶ。その段階では、Yら の船舶が係争防波堤に係留されている以上、港則法の許可はなされない。  したがって、Xは埋立を実施するためには、まずは、Yらを被告(被申請人)として、 妨害排除を求める必要があるのである。   2 港則法と埋立法の関係  なお、次のような見解もありうるであろう。Yらが防波堤に船舶を係留させている 以上、Xは港内工事の許可を(少なくともYらの船舶の部分にまでは)得られず、埋立 権を実現できないのであれば、Yらが埋立に同意しないかぎりは、Xは埋立免許を得て も、永久に埋立をすることができないことになる。Yらは先に見たように、公有水面 埋立法上埋立に際して同意を求められる権利者ではないのであるから、それが埋立を 永久に阻止することができると解するのはきわめて不合理ではないか。埋立権者は、 埋立免許の排他的な効力に基づき、その対象となった水域を排他的に占用することが でき、水面を使用することができるのであるから、その水域内の防波堤に係留された 船舶の航行に支障をきたす行為をすることを許容されているのである。「船舶交通の 妨害となるおそれがないと認められること」という許可基準は、いかにも、これに反 する埋立を制限・禁止するように見えるが、これは港則法が公有水面埋立法のことを 考慮していないからであって、法律はお互いに調和するように解釈する必要があるか ら、埋立権の及ぶ範囲では埋立権が優先すると解すべきではないか、したがって、海 上保安署長らはYらの存在にもかかわらず、Xに港内工事の許可をすべきではないか という見解もありうるであろう。  しかし、港則法の許可制度は、前記のように民事上の権利関係とは全く関係なく、 船舶交通の安全という公共性の観点からの規制にすぎないのであるし、また、たとえ この許可がなされても、Yらを排除しなければ、Xは埋立を最終的に実施することはで きないのであるから、埋立工事が実施できるかどうかは、港則法の許可制度とは関係 がないのである。  Xとしては、Yらを相手に船舶の撤去を求めるしかないのである。そのさいには、港 則法の許可がなければ船舶の撤去を求めることができないという関係にはなく、逆に、 船舶の撤去を得て初めて、港則法の許可を得られるという関係にあるのである。    六 結論  以上の検討によれば、Yらは、港湾が港湾であるかぎりで自由使用権を有するにす ぎず、港湾を廃止する埋立権に対抗する権利を有しない。他方、Xは埋立権により埋 立海域を支配して、そこにおける妨害物を除却する権原を有する。Zの船舶排除権、 港則法三一条の港内工事許可がなされていないことは、この妨害排除請求権を妨げる ものではなく、逆に、Yらの船舶の妨害を排除して初めて、港湾工事許可を得られる 関係にある。  したがって、Yらの船舶が防波堤に係留されていようとも、Xはこの海を埋め立てる ことが許される。ただ、現実にこの船が存在するときその船まで勝手に埋め立てるこ とは自力救済の一種で許されない。その代わりに、Xは裁判所にYらの船舶の撤去を求 めることができる。    附言  1 仮処分の必要性  Xの埋立事業は工事開始期限を徒過すれば失効するし、すでに、Yらとの交渉で時間 を費やしており、また、Yらの船舶以外にはこの事業を妨げるものはない。この事業 も巨費を投じて、早期の実現が望まれているものである。他方、この船舶は、撤去さ れても、他の港に係留されるか陸上保管されるだけで、財産的な価値が失われるもの ではなく、すでに仮設桟橋に移転した船舶と同じく、重大な損失はあり得ない。  なお、XはYらに対して船舶の係留先の斡旋などをしているが、これは法律上必要と されることではなく、問題を円滑に解決するための便宜的な処置である。したがって、 これに多少不満があったからといって、移転しない理由になるものではない。  そうすれば、本件では、Xには、Yらの船舶の撤去を求める緊急の必要性がある。  2 Yらの方からの権利救済方法  Yらのほうから、Xの埋立工事を争う方法はあるか。埋立免許の取消訴訟は三カ月の 出訴期間が徒過しているので、不適法であり(行証法一四条)、行政訴訟として残る のは無効確認訴訟であるが、これは免許に重大かつ明白な瑕疵(説によっては少なく とも重大な瑕疵)がなければ認められないので、認められる可能性はきわめて低い。 しかも、海面の自由便用者は判例では原告適格を有しないこととされている(埋め立 てられる海域に隣接して漁業を営む者には原告適格がない。最判昭和六○。一二・一 七判時二七九号五六頁。周辺住民も同じ、神戸地判昭和五四・二・二○行第三○巻二 号一八九四頁)。  わが国法では、公権力の行使については抗告訴訟を用意し、民事訴訟は認めていな い(行証法三条、四四条)。そこで、民事の差止め訴訟は、埋立免許の効力を阻止す ることになるので、公権力を妨げるから許されない(埋立免許の効力を争うのは行政 訴訟によるべきである。東京地判昭和三三・一○・二三行集九巻一○号二二七三頁、 津地判昭和四四・九・一八下級民第二○・巻九川一○号六五八頁、ただし、埋立免許 の効力を否定することにならない仮処分は許される、熊本地判昭和五五・四・一六訟 務月報二六巻七号二一六頁)。  埋立について同意権を有する者以外は、利害関係者として意見を述べる(公水法三 条三項)ほかは、争う方法もない。法律は、利害関係人はその意思如何にかかわらず、 免許を受けた埋立工事を受忍しなければならないとしていると解される(東京地判昭 和三三・一○・二三行集九巻一○号二二七三頁)。  そうすると、Yらの方から埋立を法的に阻止することはできない。それにもかかわ らず、XがYらを民事訴訟で排除できないと仮定すれば、Yらは、埋立を阻止する法的 な地位にないのに、事実上頑張れば、埋立を阻止できるという不合理なことになる。 このことは、XにYらの排除請求権を認める以外には事態の合理的な解決策がないとい うことを意味する。先に述べた結論の妥当性を側面から補強するものである。    11