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消費情報環境法学科の10年に寄せて

平川幸彦


 

 

 本当は、「時の過ぎるのは早く、本学科は開設から『あっ』という間に10年経過してしまった」と書きたいところだが、私にとっては、本学科は開設から「まだ10年しかたってない」と感じられる。本学科が開設してからの10年は、非常に長く感じられる。なぜなら本学科は、法律の授業を、パソコンを活用して行うという教育方針を掲げていて、少なくとも、私は、その教育方針に対応するのに追われて、現在も、あわただしい日々を過ごしているからである。

 

1.本学科の教育における「先進的な取り組み」 - パソコンの活用した授業について


 ノートパソコンを使って授業を行なうという教育方針は、自然科学を担当する先生方にとっては理解しやすく、授業を組み立てるのが容易なのかもしれないが、法律を研究対象とする教師にとっては、どのように授業を構成すべきか悩むところである。教える内容は法律、そのためのツールはパソコンと言われても、そもそも両者は融合するものなのか、疑問がなくはない。私のように法律を専門とする教員は、授業の革新を迫られ、苦悩の日々を送ることになった。
 第1に、授業の準備に時間がかかり、授業に追われた。最近は、PCにより適切な情報が得られるインターネットサイトは比較的明確となってきたが、10年前は、官庁のサイトも現在のように多彩で充実したものではなかったし、信頼できるサイトして著名なサイトも多くはなかった。教師が、授業で利用可能なサイトをあらかじめ選別すること、学生が探してくるサイトが適切か否かを判別するのに時間がかかった。特に、法情報処理の授業は大変で、学生がインターネットで資料を探して書くレポートは、添削するのに多大な時間を必要とした。白金校舎で法情報処理の授業がある前日までにレポートの添削を終了できず、仕方なく、白金校舎の研究室で徹夜することが少なくなく、守衛さんに何度も注意されるあり様だった。インターネットの利用は、ソフト面で問題があったし、パソコンの性能も、現在と比較すると非常に低くて、効率的ではなかったのである。
 第2に、パソコンを活用とした教材の作成、授業の進め方、定期試験に工夫が必要となった。本学科の開設からしばらくして、学生や保証人から、もっとノートパソコンを活用して法律の授業をしてほしいという要望が強くなった。当時のノートパソコンはケーブル類を含めると総重量が重たかったせいもあるだろうが、せっかく買った高価なノートパソコンを大学に持って来ない学生が少なからず見られるようになった。そこで保証人からも、もっと大学の授業で使ってほしいという要望が出されるようになったわけだが、早速、教員の間で議論して、学科で作ったCD-ROMに授業の教材を多く掲載すること、レポートをメールで出させること、ミニテストや定期試験で役立つ練習問題を入れること等を申し合わせた。私の「競争法1」の授業で言うと、授業は、学科が学生に配布したCD-ROMで行なうことはもちろん、CD-ROMに掲載する練習問題を多くしてパソコンの利用を促すとともに、練習問題の解説は、授業でのみ行ない、学生が講義に出席するよう工夫した。また定期試験の問題は、必ず練習問題と関係付けるようにした。さらに「法情報処理」の授業では、学生の出席もメールでとり、授業の後には、毎回、メールでレポートを提出させた。また一連のレポートの最後には、学生がパワーポイントというソフトで作ったレジュメに従って、学生自身にプレゼンテーションさせることにした。当初、学生はスキルが足りないのか、なかなか授業について来ることができなかったし、学生がパワーポイントで作ったレジュメもそれほど感心するものはなかった。しかし最近は、多くの先生方が、学生に対して、同様な課題を出されるようで、その相乗効果のせいか、学生は、自分で作ったパワーポイントのレジュメをプロジェクターで示しながら、立派なプレゼンテーションをするようになった。学生のスキルは、格段に上がってきたと実感する。
 多分、学生は、授業を受けているうちにパソコンで作業するのが楽しくなり、一生懸命に作業するのだと思う。学生は意識していないかもしれないが、この作業は「法学の観点から、社会現象を認識し、問題点を抽出し、解決策を探る」という基礎的な訓練である。そしてこの作業は、学生生活を終えて社会に出てからも、法律以外に分野にも、応用可能である。私は、法情報処理の授業は、学生の頭脳の発達にとっても、また学生が他者とのコミュニケーションの在り方を考えるという点においても、非常に有益であると思う。授業での体験は、学生の就職活動にも生かされているようである。
 入学してから学生が成長する姿を見ていると、やはりノートパソコンを学生に持たせ、法律の授業をパソコンと関連付けたことは良かったと思っている。

 

2.本学科の「基本コンセプト」 - 法科大学院との相乗効果について


 私は、2000年に開設された本学科に対して、良い影響を与えたのは、本学に2004年に開設された法科大学院ではないかと思う。その根拠は、次のとおりである。
 前述のように、本学科は、「法律の授業を、パソコンを活用して行う」という基本方針を立てているが、ここで言う法律の授業には、「現代社会の問題に対して、法律がどのように対処できるか学ぶ」という意味が込められている。それを本学科は、「消費」「情報」「環境」という視点から現代法を学ぶという基本コンセプトにまとめ、本学科の名称を「消費情報環境法学科」としている。すなわち本学科は、消費者法関連分野、環境法関連分野、企業法関連分野を3つの柱とし、3つの柱を結ぶ付けるものが情報関連分野としている。このような基本コンセプトは、2003年の白金法学会年報第7号12頁以下に掲載された「消費情報環境法学科 第1期生卒業記念 ― この4年間」という座談会においても、確認されている。
 これに対して、法科大学院の教育は、本学科と同様に、「現代社会の問題に対して、法律がどのように対処できるか学ぶ」というコンセプトを持ち、このコンセプトを実務的教育の観点から追及していると考えることができる。本学科の実務教育バージョンが、法科大学院の教育とも言うことができるのである。また法科大学院は、「パソコンを活用した授業の革新」という点においても、本学科と似通っている。法科大学院は、学生の実力を即効的に引き上げるという観点から、対話型の授業形態を原則としている。しかし何の資料もヒントもなく、対話型の授業ができるわけがない。結局、対話型の授業の資料として、パワーポイントで作成された資料が利用されるのが、一般的な授業形態となっている。学生のレポートもパソコンを駆使して作られており、プレゼンテーションもパワーポイントで作られた資料を基礎としたしたものが多い。基本コンセプトを効果的に学ぶためにパソコンが活用されているのである。
 このように、法科大学院の教育と比較すると、本学科が、基本コンセプトの面において、先行していることがわかる。そもそも本学科に種があり、法科大学院において花が咲いたのかもしれない。いずれにせよ法科大学院が開設されたことで、私のように学部所属でありながら法科大学院でも教える教員は、法律科目について、積極的に、パソコンを活用して授業を行なわなければならなくなった。本学科の基本コンセプトは、法科大学院との相乗効果により深化したのである。
 私は、本学科が、学部教育であるにもかかわらず、意識的に、現代社会における法の可能性にチャレンジしてきたこと、授業の革新に取り組んだことは、本学科の先進性を示すものおして、もっと評価されて良いと思う。
 では、法科大学院が、大学院教育であり実務教育である一方、本学科が学部教育であり、従来からの理論的な専門教育を行なっている点の相違、あるいは学部教育の良さは、どこにあるのだろうか。私は、この問いに対して、正面から答えることはできないが、次のように指摘することができる。
 学部教育を担当し、本学科で教える場合は、学習の速度は、法科大学院と比べて遅い。また学生とのコミュニケーションも、ゆったりとした時間の中で、自然に展開していく。私は、学生の精神的な成長を感じることができる。そして、ごくたまにではあるが、学生が、急に精神的に成長して驚かされることがある。それは学生が、まだ多感な成長期にあるからで、そんな時、自分が学生の成長に関与できたことを、幸せに感じる。自分が「人様の役に立った」と実感できるからである。また大学を卒業して、しばらくしてから活躍しはじめる学生もいて、彼らが大学時代に私との関係で何かを得て、卒業後に活躍しているのかもしれないと感じて、うれしくなることがある。このような体験は、学生の人格がすでに確立して、教員が学生の心に入り込む余地が多くない法科大学院では、なかなか味わえない。学部教育ならではの体験なのかもしれない。


3.本学科の「これから」- 特に企業法関連分野について


 本学科の10年を振り返ると、本学科は「情報」が、パソコンを活用した法律の授業という観点から話題を集めることが多かったと思う。それだけ法律の授業とパソコン利用の融合は、難しい課題であった。融合は、今後とも本学科にとって難しい課題であろうが、この10年間で、ある程度、法律を学ぶツールとしての技術が確立し、一段落したように思う。私は、当面は、確立したスタイルを維持し、徹底していくことが重要であろう。
 他方、本学科の3つの消費者法関連分野、環境法関連分野、企業法関連分野、という本学科の3つの主要な法律分野については、特に、次の点が重要ではないかと思う。
 第1に、企業法分野については、強化・充実が必要である。そもそも本学科の開設が準備された当時、社会状況、学部内の事情から、消費者法分野に重点が置かれた。環境法分野も、自然科学の先生方の関心が高く、科目設定を工夫することができた。もちろん企業法分野も、科目設定を工夫したが、現在の時点で考えるならば、さらに科目設定を工夫する余地があるように思う。
 本学科が開設された当時を振り返るならば、当時は現在と異なった社会状況であったことに気付く。10年前は、企業はグローバル化されたと言っても、現在のように、金融機関が、世界的な経済問題を引き起こすことはなかった。この10年間で、テクノロジーが進化し、企業が取り扱う商品の種類も変化した結果、経済構造が変化し、企業や商品のグローバル化の状況も変化したと考えられる。また企業法分野は、近年、法律改正が多く、規定も複雑になっている。知的財産権で保護される商品、会社法や競争法による経済規制のあり方は、10年前とは大きく異なっている。そして現在の企業法は、経済学や会計学、数理的な概念と複雑に関連しており、そう簡単にはフォローできない。まして各分野の全容を単純化して、学生に教えることは、容易なことではない。
 このような状況は、教員のやるべき仕事が多くなったと総括することができる。このような状況では、教員は、相当に努力して、研究・教育に力を注がなければ、現実を的確に教えることはできない。しかし教員にはそれぞれの事情があり、現実は厳しい。特に、全国に法科大学院が設置されてからは、本学科に限らず、全国の法学部においては、商法や会社法を担当する専任の教員が、大学から法科大学院へ、また法科大学院から大学へと移動する、あるいは移動せざるを得ないことが多くなってしまった。従って、本学科も、いずれカリキュラムを手直しせざるを得ないかもしれないと危惧しているが、私は、当面、法律学科や法科大学院と相互に連携していくことが現実的だと考えている。本学科の立場から言えば、本学科のカリキュラムの枠内において、法科大学院の先生方に授業を担当していただけるのであれば、それが一番良いと考えている。また本学科には「リスク管理や制度設計」というオムニバス形式の授業があるが、これと同様の授業形式で、具体的なテーマで、法律学科や法科大学院の先生方が、数回ずつ本学科の授業に参加いただけるのであれば、それも本学科の教育に大いに助けになるかと思う。
 第2に、特に、企業法分野においては、従来にも増して、外国語教育の視点、国際化教育の視点が重要である。前述のように、企業活動のグローバル化は進展しているし、グインターネットがその推進力となっていることは明らかであるが、インターネットの世界は、英語を中心とした世界であるから、学生の教育においては、学生が英語を中心として外国語を読み、理解することは不可欠であると思う。学生の関心を外国語に向けるのは容易ではないが、私は、少なくとも法情報処理や演習の授業において、英語文献を教材を増やして、学生が英語に触れる機会を増やしていきたい。
 他方、教員の研究に関しては、今後とも、学部・学科の方針として、持続的に、海外の大学との交流が発展していくことを期待したい。もっとも教員の研究はさまざまであるから、やはり個々の教員に委ねられる側面は大きくなる。研究は、グローバルに発展する側面を持つと同時に、個々の教員が行なうという属人性を持っていることから、個々の教員の努力は不可欠である。教員それぞれが努力して、海外の研究者と交流し、お互いに刺激し合う、自らの研究レベルを高めることが重要である。

 良い研究がなければ、良い教育もない。それはいつの時代も変わらない。私も、本学科の先生方とともに、学生の教育と自らの研究に、これからも頑張ります。