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1 : 社会学とはどのような学問とお考えですか。
2 : 先生が専攻されている、あるいは、
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『脱常識の社会学-社会の読み方入門』(ランドル・コリンズ 岩波書店 1992) 「どんな学問も次の二つのことをめざさなければならない。すなわち、明快であること、そして当たり前でないこと」と書き出され、社会学上の主要な5つのテーマを巡って脱常識的な社会学的分析のおもしろさを披露する。 |
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『知的複眼思考法』(苅谷剛彦 講談社+α文庫 2002) 社会学の学生向けに、批判的な読書の仕方、問いの立て方など、論文・レポートを書く際に不可欠な思考法を明快に解説する。常識やステレオタイプ的な思考から脱し、知的自立をめざすための手引き。ゼミを選ぶ前に一度は読んでおきたい。 |
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『社会学の作法・初級編【改訂版】』(野村一夫 文化書房博文社 1999) 社会学の世界に足を踏み入れることにまだ不安・違和感がある人はまずこれを読もう。読書の作法からゼミの作法に至るまでを丁寧に説いた入門書。レポートをどうかいたらよいのか、期末試験の準備はどうすればよいのか迷ったら、とにかくまず読んでみよう。 |
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『日本人のしつけは衰退したか-「教育する家族」のゆくえ』(広田照幸 講談社現代新書 1999) 青少年による凶悪犯罪や幼児虐待の事件が毎日のようにマスメディアにとりあげられるたびに、「昔の家庭(あるいは地域社会)はきちんとしたしつけを行っていた」のに、現代の「家庭の教育力は低下した」という常識的イメージを私たちは当然のように再確認する。しかし、教育社会学者である著者は、歴史的資料や古い社会調査データを引用しながらこの常識に挑戦する(そもそも少年による凶悪犯罪は本当に増えているかを疑う)。そして、むしろ「教育する家族」が社会全体に浸透し続けてきた近代日本の歴史を描き出す。その論理はきわめて社会学的だ。 |
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『OLたちの<レジスタンス>-サラリーマンとOLのパワーゲーム』(小笠原祐子 中公新書 1998) 現代日本のOLたちは、男性社員に比べて一方的に無力なわけではなく、職場の人間関係(上司など)に対する独自の抵抗力をもっていることを調査から明らかにしている。このような事実は、サラリーマンやOLの経験者には常識なのかもしれないが、ではそれはなぜかを社会学的に説明しようとすると意外に難しい。それがこの本の主題である。著者は、OLが男性の上司や同僚に抵抗力を行使すればするほど「ジェンダーの落とし穴」に落ち込む(女性への偏見が固定化する)と言う。フィールドワークから二重の逆説を引き出した点で出色。職場と家族の関連を考える上でも示唆に富む一冊である。 |
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『結婚の社会学-未婚化・晩婚化はつづくのか』(山田昌弘 丸善ライブラリー 1996) 日本の若い世代がなぜ結婚しなくなっているのかという問いを巡って、通説に反駁し、ユニークな仮説をいくつも提示している。常識に囚われず、現代の結婚を考えるための好著。同じ著者による続編『パラサイト・シングルの時代』(ちくま新書 1999)は流行語を生みだし、親に依存して続ける未婚者たちが社会的な注目を集めることになった。 |
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『公園デビュー-母たちのオキテ』(本山ちさと 学陽文庫 1998) 自らの「公園デビュー」体験を綴ったエッセイ。著者は、あたかも参与観察を実践している社会調査者のように、自らの日常的体験を客観的に眺め、疑問を発見し、考察を加えていく。そのやり方はきわめて社会学的である。自分の幼い子どもを連れて近所の公園に出かけた著者は母親同士の小集団(ハハ族)に遭遇する。公園に通うようになり、次第にこの「ハハ族」の一員となっていくと、その集団の内部にはつきあい方の「オキテ」(社会学の用語で言えば「規範」)があり、メンバー間にも「序列」があることに気づいてゆく。他の母親グループや外国人、孫を連れたおばあちゃん、ホームレスの人たちがその公園に出現したときにハハ族がどのような反応を示すのかが観察され、異質な人との接触が回避される様子が描かれる。社会学者でも人類学者でもない著者が、自らの体験と思考を客観的に綴ったこの本は、社会学的思考とフィールドワークのおもしろさ(つまり自分の経験を相対化するおもしろさ)が私たちのすぐそばにあることを教えてくれる。 |
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『約束された場所で』(村上春樹 文春文庫 2001) 私たちの理解を超えた出来事として社会を騒然とさせた「オウム」も次第に人々の意識のなかに沈殿しかかっている。あの村上春樹が、(元)信者たちに直接インタビューしてオウム現象の意味に迫ろうとする。そして、「あの人たちは『エリートにもかかわらず』という文脈においてではなく、逆にエリートだからこそ、すっとあっちに行っちゃったんじゃないか」と指摘する。同じ著者による、「地下鉄サリン事件」の被害者へのインタビュー集『アンダーグラウンド』(講談社文庫 1999)とあわせて、現代日本社会を考察するための貴重な材料を提供している。 |
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『定年ゴジラ』(重松清 講談社文庫 2001)ほか 現代の家族に社会学的な関心がある人にお薦めしたいのが重松清の小説。重松清ほど、現代の多様な「家族」状況にこだわっている作家はいないだろう。この長編小説は、都心にある銀行を定年退職した主人公が、郊外ニュータウンの自宅近辺で毎日を過ごす生活に再適応しながら、「家族」と「コミュニティ」を再発見し、アイデンティティとネットワークを再生する物語。テレビドラマ化、漫画化もされた。彼の作品は、直木賞を取った短編集『ビタミンF』(新潮文庫 2003-これもテレビドラマ化された)や長編『流星ワゴン』(講談社文庫 2005)など、現代の「ふつうの」父親たちが直面する抜き差しならない状況を描いたものが多い。思春期の子どもたちの決して明るくはない日常世界(『ナイフ』新潮文庫 2000、『エイジ』新潮文庫 2004)、ステップファミリーにおける家族関係と感情の複雑さ(『幼な子われらに生まれ』幻冬舎文庫 1999)、ニュータウンに住む若い母親が公園デビューすることによって巻き込まれていく人間関係の難しさ(『送り火』文春文庫 2007 所収の短編「漂流記」)など、哀しく苦しい状況を描きながら絶望させず、希望を与えながら甘くは終わらない無数の家族物語は、社会学的想像力を活性化するための良質な素材である。 |
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『ランドル・コリンズが語る社会学の歴史』(ランドル・コリンズ 有斐閣 1997) コリンズの本をもう一冊。社会学の理論的展開を四つの潮流として解説している。著者の思い入れが強いが、その分無味乾燥な教科書でないので読みやすい。社会学の歴史をたどりながら、自分の好きな社会学はどこからやって来たものなのかを探ってみよう。 |
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『都市の日本人』(ロナルド・ドーア 岩波書店 1962) |
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『日本の新中間階級-サラリーマンとその家族』(エズラ・ボーゲル 誠信書房 1968) (2)と(3)はそれぞれ英国と米国の社会学者による古典的な日本研究モノグラフ。(2)は高度経済成長期以前の東京中心部における地域社会や家族生活を、(3)は高度成長の初期に東京郊外に台頭したサラリーマン家族の生活を、調査に基づいて詳細に描き出している。戦後の家族変動・社会変動の原点(原風景)がどのようなものだったかを教えてくれる。外国の読者向けに書かれたものだけに、当時の日本人にとって当たり前だったこともちゃんと記されており、その時代を知らない世代にとっては発見に満ちた貴重な歴史的資料となっている。 |
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『近代家族の形成』(エドワード・ショーター 昭和堂 1987) さらに昔、近代以前の歴史的資料に基づきながら、現代の私たちが「自然だ」と感じる家族のあり方(恋愛結婚や母性愛)は決して普遍的なものではなく、近代という時代の産物であることを明快に主張した問題提起の書。自分の家族観を相対化するために有益な社会史にして近代家族論の代表作である。 |
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『故郷喪失者たち-近代化と日常意識』(ピーター・バーガーほか 新曜社 1977) 近代人の意識の特徴を「ホームレス・マインド」というキーワードで切ってみせ、近代人のアイデンティティが悩ましい状況に陥っていることを理論的に描き出す。バーガーたちに言わせると、都市化や官僚制の進展により、生活世界が私的世界と公的世界へと分裂し、さらにそれぞれが複数の生活世界へと分離した状況の中で生きる現代人は、メディアの発達によって情報やコミュニケーションの複数性にも晒され、アイデンティティの危機に直面している。つまり、「自分」を追求しつづけ「自分」を確定できないという特異なアイデンティティの持ち主になっているというのである。それが現代人の置かれているアイデンティティの「ホームレス」状況だ。自分の人生こそそれにあてはまると思うだろうか。それともバーガーらに何らかの反論ができるだろうか。 |
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『日本人の生き方-現代における成熟のドラマ』(デイビッド・プラース 岩波書店 1985) 現代のふつうの熟年日本人4人にインタビューし、そこから浮かび上がるアイデンティティの「成熟」の軌跡を、4つの小説のストーリーに重ね合わせて読み解いていくライフコース論。著名なアメリカの人類学者・日本研究者によるこの職人芸的作品は、理論と事例を結びつけるひとつの方法論的モデルを示してくれてもいる。この日本語訳の序文で「成熟に関する原子論や素粒子論と同時に電磁場理論も必要である」と述べる著者には、相互作用論のみならず、ネットワーク分析的な構造論の風味も感じられる。 |
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『都市的体験-都市生活の社会心理学』(クロード・フィッシャー 未来社 1996) 都市的環境は、家族や親族の絆、友人や民族の絆、さらには心理的安寧にどんな影響を及ぼすのか。既存の理論と自らの「下位文化理論」を対置させ、夥しい経験的研究の成果に目配りしながらその優劣を検討していくかたちで書かれた都市社会学の教科書(原著第2版は1984年の出版)。理論的革新と実証的裏付けの双方を追究する研究姿勢に圧倒される。この本の主張の重要な論拠となっている同じ著者による北カリフォルニア調査の詳しい数量データ分析については、その後翻訳出版された『友人のあいだで暮らす-北カリフォルニアのパーソナル・ネットワーク』(フィッシャー 未来社 2002)を参照。こちらは、原著が1982年の出版で、今やパーソナル・ネットワーク研究の古典と呼んでもよいだろう。 |
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『ネットワーク分析-何が行為を決定するか』(安田雪 新曜社 1997) 社会学のみならず人類学や心理学などの領域にまたがる「ネットワーク分析」の発想、方法論、研究成果をわかりやすく解説した入門書。人々の意識や行為に影響を与えている、見えない(人間関係の)構造を捉える道具としてのネットワーク、という視点は社会学的に大きな発展可能性を秘めている。同じ著者による応用編『実践ネットワーク分析』(新曜社 2001)および『人脈づくりの科学』(日本経済新聞社 2004)もある。 |
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野沢慎司『ネットワーク論に何ができるか-「家族・コミュニティ問題」を解く』勁草書房 2009年 家族とコミュニティの接点、両者の相互関係をネットワーク論という視点から多角的に分析している。夫婦関係とネットワーク、核家族の連帯性とネットワーク、若者の結婚意欲とネットワーク、居住地移動とネットワーク、ひとりの職人の人生航路とネットワークなど、個人の意識・行動、個人間の関係がいかにネットワーク現象であるかを示そうとした。 |
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宮田加久子、野沢慎司編『オンライン化する日常生活-サポートはどう変わるのか』文化書房博文社 2008年 インターネットは私たちの生活にどう取り込まれ、どのように使われているのかを探究した明学・社会学部における共同研究プロジェクトの成果。家族やコミュニティなど、人間関係形成に微妙な、しかし重要な変容をもたらしている事例を追いかけた。 |
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野沢慎司、茨木尚子、早野俊明、SAJ編『Q&Aステップファミリーの基礎知識-子連れ再婚家族と支援者のために』明石書店 2006年 これまで日本では研究されることがほとんどなかったステップファミリーについて、社会学、法学、社会福祉学、心理学、支援実践など多様な視点から論じた日本で初めての概説書。当事者や支援者が日々直面する問題に関しても有用な情報やヒントを提供しようとした。 |
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野沢慎司編・監訳『リーディングス ネットワーク論-家族・コミュニティ・社会関係資本』勁草書房 2006年 社会的ネットワーク論の古典から、ネットワーク分析的な社会関係資本研究の最先端まで、7つの重要論文の翻訳を収録。章末に各論文の理解を助ける解説文をつけ、この一冊で社会的ネットワーク論の半世紀にわたる展開をざっとつかめるように編集した。 |