1 「公共性」概念の再検討
現在、日本並びに多くの先進諸国のリベラル・左派知識人の間では、「公共性」そして「市民社会」という言葉が、一世代ほど前までの「社会主義」に代わり、現代の資本主義の不正や国家の暴力性を批判する際の合い言葉、思想的よりどころとして広く流通しています。しかしそれは果たして、内実のある言葉なのでしょうか。
2 マルクス経済学のリコンストラクションと教育の政治経済学
「グローバル化・ポスト産業化社会における教育社会学の理論的基盤の再構築に関する研究」(日本学術振興会科学研究費補助金、基盤研究B、課題番号:18830176、)の分担。
近代日本社会では長らく、学歴をめぐる熾烈な競争が展開してきました。そこでは「自分のやりたいことをやるにはまず出世してから」という常識が広くいきわたりました。私的に「やりたいこと」はもちろん、もっと大きく「世の中をよくしよう」と思えば偉くなるしかない、と。しかし高度成長が終わり、豊かな社会のなかで私的にはほどほどにみんな満足すると同時に「不平等化」の下で公的な「立身出世」の夢も覚めてきました。「偉くならなくたって幸せになれる」と。それはある意味正しい目覚めでしょう。しかしここで、何かが取りこぼされている。
果たして「偉くなる」以外の仕方で、「世の中をよくする」ことにコミットすることは可能でしょうか?