| 石原俊 |
Shun Ishihara |
|
1-0712(本館7階): |
---: |
ishihara@soc. : |
---: |
|
近年の研究テーマ
1 <群島と海>からみた近現代日本の歴史社会学的・社会史的研究
近代日本国家=帝国によって占領・併合され「南島」「南洋」などと呼ばれた領域の人びとが、19世紀から現代にいたるアジア太平洋のグローバリゼーションの過程で、近代的な諸システムの力に巻き込まれ「周辺」化されながら、<群島と海>を拠点にどのように生きぬいてきたのかを、文献資料調査とインタヴュー調査に基づいて考察してきました。こうした研究テーマに関連して、科学研究費補助金による研究課題「小笠原諸島の先住移民の生活世界に関する社会学的研究:20世紀を中心に」(若手研究B、研究代表者、2006~2009年)、「島嶼地域からの疎開離散者に関する社会学的研究:小笠原・硫黄諸島を中心に」(若手研究B、研究代表者、2009~2013年)などに採択されています。
2 近代システムの<波打ち際>に関する方法論的研究
1の研究テーマにとっての理論的作業にも相当します。資本主義・主権国家・国民国家・近代法・官僚制など近代的な諸システムが、そうしたシステム形成の牽引役とならなかった(なれなかった)領域を巻き込むさいに、その<波打ち際>に置かれた人びとにとってどのような意味をもってきたのかを捉えるための、方法論的考察を進めています。
担当授業
主な業績
| 1 |
『近代日本と小笠原諸島――移動民の島々と帝国』(平凡社、2007年)
→第7回日本社会学会奨励賞【著書の部】受賞作 |
| 1 |
「国民国家の形成――ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』」『社会学ベーシックス 9巻――政治・権力・公共性』(井上 俊、伊藤公雄 編 世界思想社から近刊) |
| 2 |
「市場・群島・国家――太平洋世界/小笠原諸島/帝国日本」『グローバリゼーションと植民地主義』(西川長夫、高橋秀寿 編 人文書院 2009年) |
| 3 |
「水兵たちと島人たち、あるいは<治外法権>の系譜学──琉球=沖縄における蒸気軍艦の衝撃をめぐって」『複数の沖縄──ディアスポラから希望へ』(西 成彦、原 毅彦 編 人文書院 2003年) |
| 4 |
「海賊から帝国へ──小笠原諸島における占領経験の歴史社会学・序説」(『小笠原学ことはじめ』ダニエル・ロング 編 南方新社 2002年) |
| 1 |
「そこに社会があった――硫黄島地上戦と<島民>たち」(『Mobile Society Review 未来心理』15号 NTTドコモ・モバイル社会研究所 2009年) |
| 2 |
「忘れられた<植民地>――帝国日本と小笠原諸島」(『言語文化研究』19巻1号 立命館大学国際言語文化研究所 2007年) |
| 3 |
「主権・接触領域・秩序形成――法の“波打ち際”から“近代”を考えるための社会学的試論」(『グローバル化の過程において国民国家を越境する公共圏の諸相──「植民地」と「都市」を軸とする比較歴史社会学的研究』西川長夫 編 科学研究費補助金成果報告書 2007年) |
| 4 |
「移動民と文明国のはざまから――ジョン万次郎と船乗りの島々」(『思想』990号 岩波書店2006年) |
| 5 |
「主権的な法と越境する生活世界──『日本帝国』占領下小笠原諸島の『帰化人』をめぐる自律的諸実践」(『社会学評論』224号 日本社会学会 2006年) →第6回日本社会学会奨励賞【論文の部】最終候補作(次点) |
| 6 |
「自由な帝国の臨界──世紀転換期の『南洋』をめぐる言説と実践を焦点に」(『京都社会学年報』13号 京都大学大学院文学研究科社会学研究室 2005年) |
| 7 |
「<沖縄>の発見 1──琉球王国の自己呈示とヤマトからの視線を中心に」「<沖縄>の発見 2──欧米植民地帝国からの視線を中心に」(『InterCommunication』46号 NTT出版 2003年) |
| 8 |
「<移住者>として生きるということ──小笠原諸島における一女性『ケテさん』をめぐる複数の歴史」(『日本学報』20号 大阪大学大学院文学研究科日本学研究室 2001年) |
| 9 |
「ある<占領経験>の社会学的考察──沖縄軍政における住民統治の変容と民主化運動の諸様態」(『京都社会学年報』7号 京都大学大学院文学研究科社会学研究室 1999年) |
| 10 |
「軍事占領をめぐる知の重層的編成――沖縄における<歴史の収奪>」『ソシオロジ』135号社会学研究会 1999年) |
「研究手帖:<法の波打ち際>からの近代社会史」(『現代思想』36巻4号 青土社 2008年)
岩崎 稔、本橋哲也、石原 俊「年末回顧座談会:2007年の思想界を振り返る――貧困・脱国民化・歴史への問い」(『週刊読書人』12月28日号 2007年)
→岩崎 稔、本橋哲也 編『21世紀を生き抜くためのブックガイド』(河出書房新社 2009年)に再録
そのほか、事典・コラム・書評などをいくつか執筆。
- 調査地における住民講座での報告、大学における公開講座での報告などを少々
- 『週刊読書人』の「論潮」欄(論壇時評)担当(2009年1月から1年間)
メッセージ
大学生の4年間は<自由>です。このことにめいっぱい開き直り、思いきり本やマンガを読んだり、映画を観たり、旅行をしたり、語り合ったり、予想もしなかったものを生み出したり、サークル活動をしたり、社会運動をしたり、好きなことをしてください。
わたしは30歳まで関西のとある学生街で暮らしていたので、どうしても東京/首都圏の社会や文化を外側の視点からみてしまうことが多いのですが、東京/首都圏の市民社会のルーツはやはり武家社会だったのか!と思うぐらい、ここは資本主義的な<身分社会>だなあと痛感しています(もちろん他の地域がまったく<身分社会>でないわけではありませんが)。とりわけ「社会人」と「学生」の社会的地位の格差が、他の地域より大きいような気がしています。はっきり言ってしまえば、このストレスフルな<大東京身分社会>において、「ガクセイ」は「オトナ」を自任する人びと全般から格好の差別の標的にされている。「ガクセイはいいよなあ」、「ガクセイにもどりたいなあ」、「ガクセイのくせに」、「しょせんガクセイ」、「ちゃんとしろよガクセイ」などなど。こうしたまなざしには、「ガクセイ」をいったん差別し飼い慣らしたうえで「社会人予備軍」として動員するための、巧妙な情動の回路づけが隠されています。
でも、そうしたまなざしはなるべく気にしないようにしましょう。みなさんの多くは、このけっして学費が安くない都心の私立大学に合格・在学できるだけの経済的・社会的・文化的資源を、親や周囲の人たちから移転されてきた立場です(なかにはアルバイトで学費や生活費までをも工面している「苦学生」もいるでしょうが、この世界においては現在でも大学に進学できる立場にいること自体が特権的です)。この恵まれた立場を最大限活かす道は、上のようなまなざしを内面化して自分が<自由>であることに萎縮し、<不自由>な「社会人予備軍」になってしまうことではなく、現在のグローバル社会のなかで自分が置かれている特権的な環境につねに自覚的でありながら、<自由>であることを享受し善用することなのだと思います。
おもしろい学生生活を!
|