社会学科

教員紹介

澤野雅樹 Masaki Sawano
7-1017(ヘボン館10階):
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sawano@soc.
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  近年の研究テーマ
  • 暴力についての原理的な研究。特に欲望との関係や言語との関係を通して、暴力という、通常は言語や論理を絶する行為と見做されがちな諸現象のうちにひそんでいる論理を抉り出そうと思っています。
  • サドッホという三人組のユニットにおける共同研究(後藤浩子および矢作征男が共同研究者)。諸科学の枠を取っ払い、諸学を横断しながら、新しい文体をともない、新しい思想の創造を目指して、日々切磋琢磨しつつ、論文を生産しています。
  • その他、関心を持っているテーマとしては、人間や動物の「発生」や「発達」にかかわること、そしてミルトン・エリクソンという臨床家における言語使用を哲学的に研究してみること、さらには「群れ」や「集団」の力学についても関心を持っています。

  担当授業

研究休暇中につき、本年度授業は開講されません。


  主な業績

学問も鮮度が大事ですから、新しいものから順番に15点を列挙しておくことにします(ただし、あまり好きじゃない二、三の文章だけは省きました)。

1 論文(サドッホ:後藤浩子・矢作征男との共著)「内在仮面かく語りき」(400字詰め原稿用紙換算で約90枚)、『思想』、2008年4月号、岩波書店。
2 書評(単著)「(タイトルなし)」(約60枚!)、『アルトー後期集成Ⅲ』(河出書房新社)、『思想』、2008年4月号、岩波書店。
3 論文(単著)「患者学事始――伝説の患者と化すために」(約55枚)、『現代思想』、2008年3月号、特集「患者学」、青土社。
4 論文(サドッホ:後藤浩子・矢作征男との共著)「言語の流体力学」(約70枚)、小泉義之・鈴木泉・檜垣立哉編『ドゥルーズ/ガタリの現在』、2008年1月、平凡社。
5 対談(萱野稔人との)「いかにして消尽したものになるか‥‥「主人と奴隷の資本主義から遠く離れて」、『談』vol.80.特集「無意味の意味/非-知の知」、2007年12月、アルシーヴ社、たばこ総合研究センター。
6 書評(単著)「終わりなき苦痛の記録--『アルトー後期集成Ⅰ』--」(約35枚)、『思想』、2007年10月号、岩波書店。
7 インタビュー(江川博和への)「発達への〈信〉--触発する遊びの共同体」、『現代思想』、2007年5月号、特集「発達障害」、青土社。
8 エッセイ(単著)「メモのすすめ--特異性の氾濫を夢みるひとたちへの」(約20枚)、『現代思想』、2007年5月号、特集「発達障害」、青土社。
9 論文(サドッホ:矢作征男との共著)「ペニュルティエーム」(約75枚)『思想』、2007年2月号、岩波書店。
10 論文(単著)「脳内の地図作製術--リハビリをリハビリするための」(約50枚)『現代思想』、2006年11月号、特集「リハビリテーション」、青土社。
11 評論(評論)「DSの思想」(約20枚)『ユリイカ』、2006年6月号、特集「任天堂/Nintendo」、青土社。
12 エッセイ(単著)「酩酊論」(約20枚)『別冊 談』、特集「shikohin world 酒」、2006年3月、アルシーヴ社、たばこ総合研究センター。
13 エッセイ(単著)「危ない奴は本当に危ないのか?」(約20枚)『知のwebマガジンen』2005年10月号、塩事業センター。
URL: http://web-en.com/column/0510/main.cfm
14 論文(単著)「強度と発生」(約50枚)『現代思想』、2004年11月号、特集「生存の争い」、青土社。
15 書評(単著)「(タイトルなし)」(16枚)、ジル・ドゥルーズ『差異と反復』(河出書房新社)、『現代思想』、2004年9月臨時増刊号、「ブックガイド60」、青土社。

◆社会的活動

原則として役に立つことと正しいことはしないことにしているので、ありません。たとえあったとしても、ひた隠しにします。


  メッセージ

大学は学問をするところです。お勉強をするところではありません。変なことを言っているように思われますか? 学問は遊びなんです。それが物凄く刺激的な遊びの世界であり、途方もない自由が広がっている世界であると分かるまでには相応の時間と労力を必要としますが、とにかく遊びの世界であることは疑いありません。実際、遊びの要素を失ったら、途端にどんな学問からも創造性が失われてしまうのです。

私たちは知の世界での泳ぎ方を幾つか伝授することになります。受験生はお勉強の精神から出来るだけ早く離れてください。在校生は自分が刺激的な遊び心を体得できたか否かを常に自分に問い尋ねながら、貪欲に遭遇(出会い)の場を探索してください。卒業生は遊び心を失わず、つまり仕事とは異なる脳の使い方があったということを決して忘れることなく、暇なときには大学の講義に足を運んでみなさい。いいことがあります。きっと私は名前も顔も忘れてしまっているでしょうが・・・・。