Modes of Reception: Heike monogatari and "Kogo"

Michael Watson
明治学院大学

 登場人物の死後、その生前の様々な挿話が語られるというのは、重盛(巻二)、頼政(巻四)、清盛(巻六)の例などからも明らかなように『平家物語』のナラトロジーにおける顕著な特徴の一つであるといえよう。覚一本『平家物語』巻六は高倉院崩御の叙述に続き、良く知られているように葵前、小督の話を含む院の生前の四つの挿話で始まる。本発表では、これらの挿話、また他の巻にみられる高倉院の描写に着目し、その分析を通して『平家物語』における「小督」の位置付けを明らかにし、また愛姫を失った帝王の悲哀を描く文学的トポスについて論じる。

 登場人物としての高倉天皇は、巻三の後半部までは後白河院の息子、清盛の義理の息子として、特に踏み込んだ性格描写はなされないといってよいであろう。しかし巻三「法印問答」において、地震の時、高倉天皇は「君も叡慮をおどろかせ」たと叙述される。感情の片鱗が始めてあらわされる。周知のようにこの地震は凶兆と卜される。清盛のクーデターに恐怖する基房が自身の運命を憂慮する時、高倉天皇は「そこにいかなる目にもあはむは、ひとへにただわがあふにてこそあらんずらめ」と答える。ここに基房の恐怖に共感し、感情移入(empathyエンパシー)する高倉天皇が描かれ、巻六の崩御後の挿話に至るまで、これが基本的な高倉天皇の性格描写となっていく。

 この描写はすぐ後の巻三「法王被流 」にも表われる。幽閉の身となった後白河院は「君は昨日のあした、法住寺にて供御きこし召されて後は、よべも今朝もきこしめしも入れず。長き夜すがら御寝もならず」と描かれる時、高倉天皇は(1)「関白のながされ給ひ」(2)「臣下の多く亡びぬる事をこそ御歎ありけるに」(3)「剰へ法皇鳥羽殿におし籠められさせ給ふときこしめされて後は」(a)「つやつや供御もきこしめされず」(b)「御悩とて常はよるのおとどにのみぞいせ給ひける」と叙述される。高倉天皇の断食と籠りは法皇の状況と意図的に平行して描写されていると考えられる。延慶本は「日を経つつ。思食沈みて、供御もはかばしくまひらず、御寝も打解てならず。常は御心地なやましとて、夜のおとどに入せおはしませば…」と不眠の様なども加わり、幽閉の法皇の状態と高倉天皇の様子の描写は更に重なる。

 巻六「新院崩御」においては世の乱れが高倉院の苦悩に反映し(「 上皇はをととし法王の鳥羽殿におしこめられさせ給ひし御事」、「 去年高倉の宮のうたれさせ給ひし御有様」、「都うつりとてあさましかりし天下の乱」、「かやうの事ども御心ぐるしうおぼしめされけるより、御悩つかせ給ひて、常はわづらはしうきこえさせ給ひしが」、「 東大寺、興福寺のほろびぬるよしきこしめされて」、「御悩いよいよおもらせ給ふ。法王なのめならず御歎ありし程に、同正月十四日、六波羅池殿にて、上皇遂に崩御なりぬ」)、そして南都炎上のしらせが、遂に院を死に追いやる。つまり高倉院の死は政治的状況の結果によると描かれているのである。ここの「かやうの事ども」とは明らかに様々な世の乱れをさしている。巻六「小督」にも「か様の事共に、御悩はつかせ給ひて、遂に御かくれありけるとぞきこえし」という表現がある。この「か様の事共」は葵前の死と小督の強制された出家という高倉院の個人的な事柄に関わることであり、それ故に院は死を迎えたと描かれており、明らかにその死因は「新院崩御」のそれとは相違する。

 「小督」を読む限り、高倉院の死は小督の出家に起因すると理解できるのだが、時間的には「小督」は周知の通り高倉院の死よりも早く、おそらく後白河法皇の幽閉と同時期か、それより幾らか早いとみなされている。屋代本などでは「小督」の挿話は巻三に置かれ、清盛の悪行の一つとして扱われている。これが巻六に移されることにより、全く新しい文脈がこの挿話にもたらされたといえるのではないか。

 つまり覚一本はより王朝文学的要素が強いと考えられるのであるが、このことを「葵前」と「小督」における高倉院の描写、「恋人を失う帝王」というモチーフ(文学的トポス)の分析を通して論じる。またこれらの挿話などにおいて、『源氏物語』以来引かれる『長恨歌』ならびに『長恨歌伝』の影響を分析して、覚一本の平安王朝文学、ならびに漢籍の独創的な享受(creative reception)の在り方について考えてみたい。

Notes on Chinese names and translations

玄宗皇帝 Emperor Xuanzong

楊貴姫 Yang Guifei

白居易 Bo Juyi, 長恨歌 "Song of Lasting Pain"

長恨歌伝 "Account to Go with the 'Song of Lasting Pain'"