Yuriko Kazama

この度3月17日から24日までウィーン大学にて開催された模擬仲裁裁判に参加しました。ウィーンには生まれて初めて行ったのですが、その統一された町並みやそこにいる人びとの温厚な人柄は私にとってとても魅力的でした。このような場で、5ヶ月間に及ぶ国際商事模擬仲裁裁判に向けた勉強を締めくくることができたことは私にとって思い出深いものとなりました。実際にウィーンに行って模擬仲裁裁判を経験することで、机に向かうだけでは決して得ることのできない貴重な経験をすることができたと思います。本報告書ではこの模擬仲裁裁判を通じて私が得たものについて報告したいと思います。

国際商事模擬仲裁裁判とは

そもそも、この国際商事模擬仲裁裁判は国際的な紛争解決の手段として仲裁が好まれる実務を反映して、ロースクールの学生にもこのような本番さながらの模擬仲裁裁判を経験させ、実務家になるための訓練をさせることを目的としています。そしてその方法として実務家として必須の2つの技能について課題が課せられます。ひとつは申立人および被申立人、双方の立場からのメモランダム(書面)の提出。そしてもうひとつはその提出したメモランダムに基づく口頭弁論です。要するに学生は課題として示された事実関係についての書類や仲裁の申立ての書類などをもとに自らの依頼人の主張を論理構成し事実によってそれらを根拠付け、それを書面にまとめるのです。また、口頭弁論ではその主張をいかに説得的に論じることができるかが問われます。そして当然メモランダム、口頭弁論は共に英語で行われます。

メモランダム作成および口頭弁論について

まず12月のはじめに1通目の申立人側のメモランダムの提出期限が到来します。課題で使われる実体法はUnited Nations Convention on Contracts for the International Sale of Goods(ウィーン国際売買条約)で、手続きに関してはある特定の仲裁法が毎回指定されます。今回はRules of Arbitration of the Chamber of Commerce and Industry of Geneva, Switzerland(Geneva Rules), およびSwiss Rules of Arbitration(Swiss Rules)が使用されました。私にとってウィーン国際売買条約およびこれらの手続法はこの模擬仲裁裁判の勉強に取り組んで初めて勉強することになったもので、本当に一からのスタートとなりました。何から勉強すればいいのかと考えたところ、やはり条文を読まなければ何も始まらないと思い、日本民法を勉強するときには怠りがちであった条文を読むということに従事しました。ある程度自分で理解した後は今回共に模擬仲裁裁判に参加することになったメンバーと何回も条文の理解について話し合いました。また同時に、課題の事実関係を自分なりにまとめて完全に把握する必要もありました。

これらの作業を通じて私は法律の勉強の原点とも言うべき条文にあたるという作業の重要性を再認識できました。実務についても見たこともない法律がでてくることは日常茶飯事であると思いますが、この経験によってそのようなときでもなんとか対処できるのではないかという自信がもてたように思います。また、事実関係についてのたくさんの書類を整理し重要なポイントを押さえ、不要な情報を切り捨てて把握するという作業は、実務家としての情報整理能力を養う練習になったと思います。メモランダムを書きながら、少し実務家の世界を模擬体験できた気分になれました。

1月の終わりには被申立人側のメモランダムの提出期限がきます。すでに申立人側のメモランダムを作成したことで、このころにはある程度事実関係も一通り把握し、どのような主張をするべきかわかっているので、申立人側のメモランダム作成時よりはスムーズに作業を進めることができました。また、この頃までに口頭弁論で対戦する学校の申立人側のメモランダムが送られてくるので、相手がどのような主張をしてくるかということを考慮しながら被申立人側としてどのような主張をするかを考えればいいという点で、申立人側のメモランダム作成時より早くメモランダムをまとめることができたと思います。

日本の司法試験の勉強する時にはバランス感覚を持つことが重要とされ、裁判官的視点に立って答案を書くことが求められ、かつ法律論がその主たる内容といえると思います。あてはめを行う際にも公平な視点が求められます。これに対して、模擬仲裁裁判のメモランダムを作成する際にはどちらか一方の当事者の利益を考えるので、いかに自分の依頼人側が有利になる状況に持っていくかということを念頭に置くことになります。そしてこれを、事実の評価を争うことによって主張していきます。先ほど日本の現行司法試験が裁判官的視点に立つことが求められると説明したのに対して、こちらはまさに弁護士的視点に立つことが求められるのです。私にとってこのような視点にたって考えることはとても刺激的でしたし、現実味がありました。

そして、冒頭で触れたとおり3月にはウィーンで口頭弁論がありました。

日本の法学部では模擬仲裁裁判はもとより模擬裁判というような実践的な授業は一切なかったので、いったいどのようなことが行われるのか不安だらけでした。そこで過去のビデオを見たりすることで仲裁裁判における独特の表現や口頭弁論の進め方を勉強しました。そして、口頭弁論では原稿を読むわけにはいかないので、自分たちの主張を覚える努力をしました。私はメモランダム作成よりもこの口頭弁論の準備の方が時間がかかった気がします。他のメンバーとも何回も議論を重ね、英語の練習もたくさんしました。しかし、不安はつのるばかりでした。

ウィーンに着いた翌日には、同じホテルに泊まっていたボン大学とノートルダム大学の学生に口頭弁論の練習をしてもらい、やっと仲裁がどのような雰囲気で進められるのかということや、どのようなことが仲裁人によって質問されるのかということがある程度明らかになりました。そして、その日の夜にはウィーンの中心部にある劇場で開会式が行われました。この劇場はメインフロアだけでなく2階席も3階席もありとてもステキなところでその豪華さに私は感動しました。そこに集まった学生たちもみなスーツを着ているせいかとても 学生にはみえず、プロフェッショナルに見えました。

開会式も終わった次の日には私たちにとって第一回目の口頭弁論があったのですが、私はこの日は観客として他の二人のメンバーが討論するのを見ていました。二人の緊張が私にも伝わってきて見ているだけの私も仲裁人から私たちのチームが質問されるたびにどきどきしていました。私が客観的に自分のチームの口頭弁論を見る機会はこの日だけだったのですが、仲裁人の質問に機敏に反応することができることや事実関係をしっかり押さえていること、仲裁人の質問に正面から答えることなどは説得的な主張をする上でとても重要だと思いました。

翌日の第二回目の口頭弁論では、私は申立人の代理人として実体法関係を担当しました。極度の緊張と前日に自分の主張を大幅に変更したせいで本当に自分の原稿を読むという状態で精一杯でした。また自分の言いたいことを十分に表現できたかというと、とても満足できるものではありませんでした。毎回口頭弁論の終わりには仲裁人からの講評が発表されるのですが、そこでも自分の主張は原稿からではなく自分の頭から話すべきということと、チームには二人いるのだからお互い助け合う姿勢が必要ということを指摘されました。

たくさん勉強したことを与えられた30分の時間で十分発揮できなかったことと自分の弁論があまりに未熟だったことが残念でとてもくやしい思いをしました。それと同時に自分のことに精一杯になっていて他のメンバーと協力するという姿勢が完全に抜けてしまっていたことを反省しました。

第三回目の口頭弁論では、被申立人の代理人として手続法関係を担当したのですが、こちらは勉強不足で、仲裁人からの質問に対してその場しのぎの返答しかできなかったように思います。しかし、講評の場面では時間配分のよさを評価されて、与えられた弁論の時間をきちんと守ることも重要な要素であると気づかされました。

また、この日私はメンバーの成長に感動しました。日本で口頭弁論の練習していたときにはこのままで私たち英語大丈夫かな・・・と思ったりもしたのですが、この日20分間原稿を見ることもなく英語で自らの主張を話し続けた彼を見て、改めてすごいなぁと感動しました。彼の努力も相当なものだったと思いますが、英語を話すのが苦手と思われがちな日本人でも話そうと思えば話せるのだと実感しました。

私にとっての最終日には、第四回目の口頭弁論がありました。この日はこれまでの口頭弁論の集大成のみならず、昨年10月からの本模擬仲裁裁判に向けた勉強の集大成であったことから、今までの反省をすべてふまえて挑みました。この日は申立人の代理人として実体法関係を担当しました。前々回に指摘されたチームワークを意識して、仲裁人とのアイコンタクトだけでなく隣にいるチームのメンバーともコミュニケーションをとるように心がけました。また、この頃までには自分のなすべき主張も頭に定着したので、原稿は持たず自分の言葉で仲裁人に説明する形で落ち着いて話すことができたように思います。しかし、今度は問題や事実関係に対する慣れから、触れるべき事実関係を簡略化してしまったりして、その30分間だけを見るととてもあっさりした主張になってしまったように思います。

このように反省点は多々あります。しかし、これらはこの4日間の口頭弁論を通じて多くの実践的なことを学んだからこそ生まれた反省点であるといえると思います。実際にウィーンに行って模擬裁判を経験することによって、それまでの「きっと国際舞台でも活躍できるだろう」という実体のない自信が打ち砕かれると共に、「もっともっとがんばれば私でも国際舞台に立てるかもしれない」という新たな自信がうまれました。

また、このような長期間にわたる作業をしたことで私は大事な仲間をつくることができました。5ヶ月間最後までがんばることができたのはチームのメンバーのおかげですし、一緒に悩んだり、勉強したり、徹夜で作業したことは忘れることのできないいい思い出です。

最後に、このような機会を与えてくださった吉野教授をはじめ、その他協力してくださった先生方や研究室の方々にも感謝しています。ありがとうございました。