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「観客も楽しめる応援」を目指して。不屈の闘志で應援團を率いる第70代團長!

2018年1月、リーダー部、チアリーディング部、ブラスバンド部の3部から構成される應援團のトップ、第70代團長に就任した和栗さん。「観客も楽しめる応援」を目標に応援活動の改革に取り組んでいます。「人生で最も辛かったのは大学2年の春学期。あの時の経験がなければ今の自分はありません」。そう語る彼の應援團生活とは? 今後の目標と共に聞きました。

和栗伊留加(心理学部 心理学科 3年)
小説から読み解く人間の心理に興味を持ち、2015年4月に心理学科に入学。入学2日後には歴代最速で應援團リーダー部に入部。現在はリーダー部長と團長を兼務し、自身の研鑽と後輩の指導に力を注ぐ日々。日本生命のCMやバカリズムの30分ワンカット紀行(BSジャパン)にも出演し、応援する姿を披露しています。

入学後、迷わず入部

「明学は都会的でおしゃれ」そんな印象とかけ離れた自分は明学生としてうまくやっていけるのか? そんなことばかり考えていた入学式当日。気さくに声をかけてくれる同級生や先輩たちが、不安を一蹴してくれました。今思えば、新入生は友達作りに、先輩はサークルへの勧誘のために、声掛けに必死の時期。けれど、自分にとってはその声掛けが本当にありがたかった。不安が解消されたこともあり、一気に明学が好きになりました。

高校ではバレーボール部と生徒会に入っていたので、大学生活でも「何か熱中できるものに取り組みたい」と考えていました。入学前にインターネットで偶然見つけた他大学の應援團の動画が目に留まり、演舞のカッコよさに惹かれました。「自分がやりたいのはこれだ!」と。何か本能に響く、ものすごい高揚感に包まれたことを今でも覚えています。

入学式翌日の横浜キャンパスで行われたサークル勧誘では應援團リーダー部のブースに直行。迷わず入部を決めました。当時、リーダー部の部員数は私を含め4名のみ。同期がおらず、4名中2名は4年生の先輩でした。リーダー部としての行く末が案じられていたこともあり、先輩方からの指導は大変厳しいものでした。指導内容に納得がいかないこともありましたが、團長となった今、当時の指導のありがたみを感じています。毎日早朝から夜まで、部の庶務や演舞の練習に明け暮れる日々。体育会団体のシーズンである夏休み以降の土日の多くは試合の応援活動のため、1年があっという間に過ぎていきました。

「叩き込まれる」から「教えを乞う」へ

2016年春学期は、私の人生の中で最もつらい時期でした。勧誘活動がうまくいかず、新入部員はゼロ。先輩たちも卒業してしまい、リーダー部は私だけに。同じ應援團であるチアリーディング部やブラスバンド部には同期がいましたが、コミュニケーションがうまくいかず、何をやっても失敗の連続でした。

「應援團の中でもリーダー部は別格。力づくでも良いからチアリーディング部とブラスバンド部を引っ張っていかなければならない!」もともと、こんな考えを持っていたことが失敗の根幹です。率先垂範しないくせに、口だけは達者。特にチアリーディング部からは厄介者扱いされていました。先輩もいない、後輩もいない。やりたいことを提案しても周囲から認められない。「リーダー部は、そして自分は、必要とされていないのかも」こんなことが頭に浮かび、身体の力が一気に抜けてしまいました。ある大雨の日、横浜キャンパスのチャペル近くのベンチから、立つことができなくなったのです。

それから何分経ったかわかりません。「大丈夫かい?」声を掛けてくださった職員の方が私に近づき、傘を渡してくれました。そして、ろくにお礼も言えなかった私に向かって「君が心配だ、力になるよ」と。後日、改めてお礼を伝えた際に、その方が應援團OBだったことがわかりました。たった一人で活動していたリーダー部(私)のことをずっと心配してくださっていたことも知り、本当に嬉しくなりました。「リーダー部である前に、まずは人として接し、相手の良さを認め、仲良くなることに努めなさい」。悩みの種だった應援團内のコミュニケーションも、この一言が解決への第一歩となりました。「自分の長所も短所も相手に伝え、知ってもらうことから始めよう」。こう考えてからは、自分からどんどんコミュニケーションをとるようになりました。

それから2ヶ月ほどたった2016年8月ごろ、一つ上のチアリーディング部の先輩からの一言。「なんか和栗、良くなったね!」この言葉は、自分にとって大きな自信となりました。「叩き込まれること」が全てだった自分。「自らを伝え、相手から学ぶことの大切さ」を知ったことで、自分の学生生活は大きく転換しはじめました。

観客も楽しめる応援へ

職員である先輩をはじめ、OBOGの皆さんに指導をお願いしたおかげで応援技術もレベルアップ。2017年4月には待望の後輩も入部し、少しずつですがリーダー部にも活気が出てきました。しかし一つの悩みが。 それは応援時に感じる、應援團と観客の距離。應援團は應援團なりの応援を、観客は観客なりの応援を。当然と言えば当然なのですが、せっかく応援に来てくださった方にも、もっと応援そのものを楽しんでもらい、一体となって応援したい。そんなことをずっと考えていました。

もともと、大学の応援方法には大きくわけて2つのスタイルがあります。 まず一つは、東京六大学(慶応、早稲田、明治、東京、立教、法政)。団員が観客を巻き込み、一体となって盛り上げる応援スタイルが特徴です。そして本学が所属する全日本学生応援団連盟は、應援團の演舞に始まり演舞に終わる、伝統的な応援スタイルが特徴。明学も後者の伝統的な応援スタイルです。これまでの方法が悪いとは思いませんが、應援團と観客がより一体となって応援できる新しいスタイルをつくるため、2017年4月以降はさまざまな試行錯誤をしています。

応援開始前に「学院生注目!」と手を掲げ、学生生活でのちょっとした失敗を面白おかしく語ったり、気合いを入れるためバケツ一杯の水を頭から被ってみたり。 応援の対象である選手たちに自分たちの気持ちをどのようにして届けるか? 届けるためには応援する私たちが観客と一体となりどのような気持ちで応援する必要があるのか? これまでのスタイルを維持することが目的化してしまい、本当に大切な目的を見失わないよう、應援團の同期や先輩の意見を聞きながら改善に取り組む日々でした。

「挑戦」、そして・・・

2017年10月、そんな試行錯誤を試す大舞台がやってきました。應援團主催のチャリティーイベント、第52回チャリティーショー「白金の集い」です。収益金をあしなが育英会日本障がい者スポーツ協会に寄付するこのイベントは、應援團の1年間の活動の中でも最大のイベント。毎年、多くの一般学生やOBOGが訪れます。統括責任者として臨んだ「白金の集い」は、これまで考えた新しい取り組みを披露する絶好の場でした。
・司会で笑いをとる
・団旗で入場する
・照明(スポット)を積極的に活用する
・チアリーディング部やブラスバンド部との一体感を演出する、など。
どれも、歴代の應援團ではやったことのないことばかり。一方、伝統的な演舞「白金聖歌」を再現するなど、年代問わず、多くの方に楽しんでいただける内容を目指しました。それだけに、絶対に成功させたいという気持ちでいっぱいでした。先輩方に納得いただくためにも、昨年の来場者数を上回ることは絶対条件。準備に力が入るあまり、盲腸の痛みをこらえて練習に励んでいたため、9月のリハーサル2日前には入院してしまうほどでした。

結果、「白金の集い」の来場者数は200名弱。前年の約150名を上回り、大成功。自分の挑戦が間違っていなかったこと、そして多くの方に応援を楽しんでいただけたことが実感できたあの瞬間は、今でも忘れることができません。

自分は究極の中継ぎ

應援團の目標である「観客も楽しめる応援」の完成が10年先なのか、20年先なのかはわかりません。少なくとも、自分の代で中途半端な形で完成させることは絶対にしたくありません。だからこそ、後輩たちに伝えるべきは、應援團に対する姿勢、そして熱い想い。後輩たちに応援の楽しさ、感動を伝え続けることが、應援團全体の活性化につながると信じています。自分が関わるすべての人たちに「応援が力になった」「応援してよかった」と思ってもらえるよう、これからも研鑽を重ねていきます。