鈴木和彦

自分で自分を誘い出すように……

 自己紹介とはふつう、「私の名前は~です」と自分の名前を言うことからはじまります。一年生の最初の授業で習うことですが、「私の名前は~です」はフランス語ではJe m’appelle~といいます。ここでは、自己紹介というあまりにも気の進まない作業にかえて、このフランス語表現について思うところを書いてみたいと思います。
 Je m’appelle~という表現を文法的に解析すると、Jeは「私は」、m’(=me)は「私を」、appelleは「呼ぶ」。つまり「私は私を~と呼ぶ」というわけで、それゆえこの表現は「私は~という名前です」という意味になっています。
 フランス語にはこの「私は私を~する」というタイプの動詞がいくつかあり(代名動詞といいます)、日々の基本的な動作を言い表すのによく使われます。たとえば「起きる」とか「寝る」もそうで、「私は起きる」はje me lève、「私は寝る」はje me coucheという。文法的にはそれぞれ「私は私を起こす」「私は私を寝かす」という意味です。
 日本人もフランス人も朝起きて夜寝る。やってることは同じ。でも、おもしろいですね、日本語とフランス語では「起きる」や「寝る」という動作に対する考え方がちがっている。日本語――私は起きる――では「私」は起きる主体ですが、フランス語――私は私を起こす――では「私」は起きる主体でもあれば起こされる客体でもある。そもそも「起きる」とはどういう行為なのか、私たちは朝「起きる」ときに一体何をしているのか。そんなことを考えさせられる。
 本当はもっと寝てたいのに学校に行かないといけないから、しかたない、自分で自分を起こすようにして目覚める朝が私たちにはある。あるいは、今日あったことを布団の中で思い返しているうちに目が冴えてきて、やだなあ、でも愉しいなあ、と自分で自分を寝かしつけながらようやく眠りに漕ぎ着ける夜も私たちにはある。
 そんな朝や夜に、ふと思うことがあります。起きるというのは、je me lève、自分で自分を起こすことなのかもしれない。寝るというのは、je me couche、自分で自分を寝かすことなのかもしれないと。あたらしい言葉の前で、自分のふるまいをはっと振り返る、あいまいな世界の輪郭が、にわかに澄んで見えてくる。外国語を学んだり詩や小説を読む楽しさはきっと、こういう瞬間にあるのだと思っています。

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 さてこの「私は私を~する」系の動詞(代名動詞という)のなかで、ひとつ好きな表現を紹介します。Je m’inviteという表現です。文法的には「私は私を誘う」、ここから「誘われてもないのに勝手に押しかける」という意味になります。これだけ聞くとただのハタ迷惑な野郎ですが、しかし、考えてみれば、人はみな多かれ少なかれ「誘われてもないのに勝手に押しかけ」ながら生きているのではないでしょうか。たとえばバイトの面接に行くとき。たとえば気になる人に話しかけるとき。たとえば自己紹介ページで素性を明かさない教員に素性を尋ねるとき。それを行うためにはわずかの勇気と無遠慮とが必要なことを行うとき。
 学生諸氏には、誰かに誘われるのを待っているよりも、je m’invite、自分で自分を誘い出すように歩んでほしいと思います。
 自己紹介ならぬ、自己招待のすすめでした。


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