幻のレストラン「アンダンテ」

「幻のレストラン」−そう呼ばれる小さな洋食屋が戸塚にある。名前は「アンダンテ」│ 店の歴史は古く、現在の店長の高橋みち代さんの父が、1938年(昭和13)に横浜の伊勢佐木町に「新開亭」を開店したところから始まる。戦時中に空襲で店を失い、勤め先の関係で戸塚へ。戦後の食糧不足の中、安くおいしいものができないかと思案。当時横浜駅前で何でも50円で出して話題になっていた「片手食堂」にならい、カレー1杯50円で開店。安い食事を豪華な雰囲気で味わってほしいと改築し、現在の姿となった。
実際に、お店を訪ねてみた。踏切から郵便局に向かって一号線沿いを歩いていくと左側にかわいい小窓のある落ち着いた木造の外観が見えてくる。ガラスの入った濃い茶色の扉には準備中の札が掛かっていた。いつ来ても開いているというわけではないようだ。開店時間は、昼が11時から1時50分まで。夕方が5時半から7時50分まで。土曜、日曜、祝祭日はお休みとある。
夕方、再び店を訪ねると温かいオレンジ色の光がガラス越しに見える。鈍く輝くノブをつかみ、扉をあける。暖かい室内は異国情緒あふれる調度品と美しい西洋画に囲まれ、表通りの喧噪を一瞬にして忘れさせてくれる。
メニューの中に変わった名前を見つけた。「ピカタライス」とある。注文すると洋風玉子どんぶりとでも言えばいいのか、薄焼き玉子の乗ったごはんにスープがかけられているものがでてきた。「ピカタ」とは薄切り肉を塩、胡椒で調味し、小麦粉をとき、卵をつけ、油焼きにしたイタリア料理であるが、それとは違っており、神戸にあったトンケチャップというものが元となっているという。そのあっさりとしたおいしさは1度食べると忘れられなくなる。
高橋さんは「店を愛する人に支えられながら先代の味と信念を引き継いでやってきました。心が料理に表れてくるから万全じゃない時は休みにすることもあります。これからも末永くやっていけたら」といって、先代からの言葉を教えてくれた。「高嶺(値)の花を手元に咲かせ 味気ない世に味を売る、味覚の芸術アンダンテ」
ノスタルジックな雰囲気、そして伝えられる味。すべてが時間を越えて愛されていた。しかし、近い将来この周辺も駅前再開発計画によって大きく風景が変わることだろう。
学生編集委員(白金通信1999年2月号)

交通:JR「戸塚駅(西口)」 徒歩2分