都営地下鉄浅草線、高輪台から7つ目の日本橋で下車する。昭和通りに面する郵便局の向かいを一本裏道に入ると、「たいめいけん」と縦に大きく書かれた看板を目にする。「たいめいけん」は東京でも老舗の洋食屋であるが、その前主人が開いた博物館が同館五階にある「凧の博物館」だ。フロアは、天井から壁まで見事なまでに凧づくしだ。どの凧も極彩色なうえに、どれも珍しいものばかりなので見ていて飽きがこない。その所蔵点数は3000点近くあるという。この博物館のメインは、日本の代表凧ともいえる江戸凧である。「江戸錦絵凧」は畳ほどの大きさに武士の姿が鮮やかに描かれている。展示品は江戸凧師の橋本禎造氏によるものだが、この大きさに17本の凧糸、染料や顔料を使った豪華な色使い、大胆なデザインが施されており、観る者を圧倒する。他にも日本各地で親しまれてきた伝統凧も展示されているが、代表的なものでは青森のねぶたを思わせる「津軽凧」や、香川県坂出市で作られた形がユニークな「大黒凧」などが挙げられる。また創作凧や、世界各国の凧も展示されているが、東南アジアのヤシの葉で作った魚釣り用の凧などは、もはや生活の一部となっている。館内を歩き回るうちに、面白いエピソードを見つけた。御主人がパリを旅行した折、エッフェル塔近くの広場で凧を揚げ、あまりによく揚がりすぎて周囲の人々を大いに驚かせたのだという。その凧は中央に龍と書かれ、ちょっとした装飾がされた六角形のシンプルなものであったが、歴史を物語るような古色がついてどっしりと存在感があった。揚がってゆく凧を見て唖然として見上げる人々、さっそうと凧を揚げる御主人、さぞ気持ちの良かったことだろう。「ある日、街を歩いていて、凧を見たことがないという子どもに出会いました。物心ついてから凧を知っている私には、たまらなく寂しいものがありました。そこで、自分が今まで収集した凧をみんなに見てもらおうと思ったのです。」この博物館設立の経緯である。ふと、こんなことを感じた。私達の記憶のパネルは、一体どういったものから形成されているのか。とりわけ遠い昔から残されている記憶とは、何をもとに構成されているのか。――記憶の糸をたぐりよせてみる。そうした時に私達の記憶の中枢にあるのは、実は色や形や音、または楽しかった、嬉しかったなどの単純なもので、懐かしいという感情を喚起させられるのは、そうしたものと同時に「時」そのものに触れるからだ。この博物館は、そんな記憶を詰め込んだ玉手箱だ。伝統文化の記憶が過去の遺物となり、そしてそれもまた喪失してしまった時、私達はその文化そのものを失うことになる。この博物館の意義とは、私達が記憶の中で温めていた日本的な懐かしさを再認識し、そして子供達に遊ぶことの可能性を広げて欲しい…至極単純でありながら、深い願いあってのことなのである。学生編集委員(白金通信2001年12月号)
http://www.taimeiken.co.jp/museum.html