ワールドカップというものはさまざまなスポーツにおいて開催される。しかし、ほとんどの人がサッカーのワールドカップしか想像しない。そんな世界最大イベントの決勝戦が、横浜市港北区小机町という町で行われる。今回は横浜国際総合競技場を訪ねてみた。 JR横浜線小机駅で降り、徒歩で向かった。駅周辺は住宅地で、どこにでもある普通の町だった。ここに決勝戦の日には七万人が集まるということを想像すると、今、自分が平然と歩いていることが不思議な感じがした。 競技場に着いて、元はNHKで高校野球、オリンピック放送などの実況解説をしていた西田善夫場長(写真)にお話を伺った。場長がワールドカップに求めているものは、経済効果、知名度などではなくもっと大きなものだった。 多くのスポーツにおいて、見る側は応援するチームがあり、それを基準にそのスポーツを見る。ワールドカップも例外ではなく、多くの人が自分の国を中心に見る。もし、自国が予選で負けてしまったら、その国のワールドカップは六月中旬で終わってしまう。 ところでスポーツには『共感』というものがある。選手が喜ぶと、自分も嬉しくなる。選手が悔しがると、自分も悔しくなる。その『共感』が『感動』へつながる。 ワールドカップには、世界中から一流選手が集まる。その選手たちが僕らに『共感』を通じて伝えるものはとても大きい。にもかかわらず、自分の国が負けたからといって、TVのスイッチを切ってしまってはあまりにももったいない。 相手国であれ、すばらしいプレーには拍手を送る姿勢が大切。場長はワールドカップを通して世界全体を見てほしいと語っていた。『スポーツのグローバリゼーション』と表現していた。 今、世界中で国際化が叫ばれているが、ワールドカップで本当の国際化というものが試されるのではないだろうか。首相や大統領同士が会談を行ったり、戦争に協力するために軍隊を送ったりする、形式上での国際化なんかではなく、全ての国の人々が壁をなくし、互いを尊重しあえる『心からの国際化』がそこにあるのかどうかということについて、考えさせられた。 ここを訪れ、日本がワールドカップに対してのみ盛り上がっているということに気づかされた。ワールドカップ熱があがってきているがサッカー熱はあがっていない。日本の結果ばかり気にし、スポーツの大切な部分を忘れている。しかし、この競技場のスタッフは違うと感じた。ワールドカップ後、スポーツ全体を見ていた。 例えば国体用に競技場を作ると、国体後は利用者が全くいなかったり、取り壊されてしまったり、税金の無駄遣いになることが多い。しかし、横浜国際総合競技場は、今後、野球場やテニスコートを作り、横浜市最大のスポーツ公園「新横浜公園」となる予定だ。ワールドカップは目標ではあるがゴールではない。 そんな広い視野を持つ人たちが作る横浜国際総合競技場。そこでのワールドカップ決勝戦を見に、ちょっとより道してはどうでしょうか。 学生編集委員(白金通信2002年6月号)
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