東急池上線久が原駅を降り、夕焼け通り商店街を抜けた住宅街の一角に「昭和のくらし博物館」がある。博物館とはいうものの、外観はごく普通の民家そのものである。それもそのはず、この建物は1950年(昭和25)にはじまった政府の住宅政策、住宅金融公庫の融資を受けて翌1951年に建てられた、いわゆる公庫住宅であるからだ。知るための資料になるのではと考えて、保存し公開することに決めたという。門をくぐり、玄関を入るとすぐに応接間兼書斎がある。ここでは館長の父である小泉孝氏が設計した家具類がそのまま保存されている。この部屋は床がフローリングになっているが、かつて洋間のある家はかなりめずらしかったという。書斎の奥は茶の間と台所になっている。茶の間には丸いちゃぶ台があり、その上には茶碗やお皿が行儀よく並べられている。そこに座り古い真空管のラジオから流れる放送を聞いていると、当時の家族団欒の風景がよみがえってくる。また台所には、ネズミ取りや蝿帳、そして戦前はこれを持っている家はお金持ちとされていた氷で冷やす冷蔵庫が置かれている。 2階には子供部屋と下宿人に貸していたという部屋の二間がある。日当たりのよい4畳半の子供部屋には各国のままごとセットやブリキのおもちゃが展示されている。またこの部屋の本棚には、家庭の医学書や医薬品が数多く残されている。当時は今のようにいつでも医者に診てもらえる時代ではなかったため、家庭での手当てがとても重要だったという。2階のもう一方の部屋は現在企画展示室となっており、1年ごとに昭和のくらしを見つめ直すテーマで展示を行っている。8月末までは「洋裁の時代」というテーマで、和服から洋服への移り変わりや、洋裁の普及、ミシンの歴史などがパネルや実物によってわかりやすく紹介されている。この家が博物館として一般に公開されるようになった当初は、ここに残されているものと同じものを使い同じような生活をしていた人たちが、昔を懐かしむために訪れるのがほとんどだったが、今では当時の生活を全く知らない小学生や若い人たちの訪問も増えてきているという。物を無駄なく大切に使う工夫や、自分たちの生活を手作りしていこうという昭和庶民の文化や精神が随所に見られるこの博物館では、安堵感ともいうべき、独特の温かみを感じた。学生編集委員(白金通信2001年3月号)
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